《モフモフの魔導師》495 気になって再訪

「久しぶりに來てしまいました。いきなり訪ねて、すみません」

「來てくれて嬉しいよ。中にってくれ」

「お邪魔します」

朝から森を駆けて、久しぶりに聖地カンノンビラのブライトさん宅を訪ねた。

急な訪問にも関わらず、笑顔で迎えてくれて有り難い。

「お土産に、ボクが作ったハーブ茶を持參しました」

「ありがとう。早速淹れよう」

居間に通されて、とりあえず待つ。

しばらくして、ブライトさんは諸手にコップを持って戻ってきた。

「どうぞ。飲んでくれ」

「ありがとうございます。執筆に忙しかったのでは?」

「新刊の構想が煮詰まっていてね。誰かと話すのは、気分転換に丁度良いよ」

「そう言ってもらえると助かります。いきなり本題なんですが、フィガロの日記を手しまして」

「フィガロの日記…?手記ということか?」

「はい。それについて、ブライトさんの意見を聞きたいんです」

「どうやって手にれたのか聞いても?」

「友人が王都の競売で購したモノを譲ってもらいました。フィガロ研究家の品らしいんですが」

「おそらく、ストラタムさんの品だ。フィガロ研究家で、し前に亡くなったと聞いた。俺も何度か取材させてもらったけど、彼の品なら本の可能が高いと思う。フィガロの話をすると、何時間も終わらない人だったよ」

「是非、話を聞いてみたかったです」

「大酒飲みで、付き合わないと教えてくれないから、次の日が辛かったね」

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それだと、ボクには無理だったな。

「今日は…現を持ってきました」

フィガロの日記をテーブルの上に差し出す。

「中を見てもいいかい?」

「もちろんです」

ブライトさんは、丁寧に一枚ずつめくって目を通す。

「これは………なんて書いてあるのか全くわからないな…」

「見たこともない文字なんです。あらゆる取材をしてきたブライトさんなら、何かご存知じゃないかと」

「わからない…。けれど、この文字には法則があるから、おそらく意味はあるはず」

「ボクもそう思います」

解読不能ではあるけれど、羅列された文字に法則じる。ただ、読むことはできない。

「例えば、エルフにはエルフ文字という種族特有の文字が存在する。であれば、獣人にも……いや、それならウォルトが知っているか」

「一番可能が高いのは、『原始の獣人』の使う文字じゃないかと推測してます」

「その可能はある。ただ、この文字に最も近いとじるのは…」

「古代文字」

「その通り」

古代文字は、魔導書にも使われている言語で、既に解読もされている。世界各地の跡から発見されていて、言い換えると太古の世界共通言語。

名前は荘厳だけど、実際に読むのは難しくない。法則を記憶してしまえば、文字の構が単純なのでさらっと読める。

丸や三角、四角の図形と數本の直線で表される古代文字。フィガロの日記に書かれているのは、この文字に近い。

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「太古より変わらぬ暮らしを続ける『原始の獣人』ならば、古代文字をったとしても何ら不思議ではないけれど、この文字は古代文字とは異なる。あるとすれば、獨自に進化を遂げたのか…?」

「カネルラ建立以前でも、様々な言語が存在したという文獻を見たことがないです。知る限りでは、この地方における現在の公用語リン・フランだけ。そして、フィガロはカネルラ出であることは間違いない。辻褄が合わないんです」

「そうなると、書がフィガロの日記である前提で話を進めているが、違う可能も捨てきれない…か」

「フィガロは日記を書くような人だったのか?と想像したとき、獣人の覚ではあり得ないんですが、彼はそもそも埒外。なくはないと思えます」

「「う~ん…」」

二人して首を傾げる。

住み家で獨り々と推測してみたものの、どうにも結論が出ず、いてもたってもいられなくなって、ブライトさんを訪ねた。

無理難題を押しつけるようで申し訳ないけれど、相談するとして真っ先に思いついたのがブライトさんだった。

「表音、表意と文字の解読には時間がかかる。もしウォルトが良ければ、數頁だけでも筆寫させてもらえないか?」

「もちろん構いません」

「ありがとう。そっち方面に詳しい知り合いに聞いてみる。何か手掛かりが摑めるかもしれない」

「譲ってくれた友人の話では、解読できないと言われているようです。研究家だったストラタムさんも、識者に依頼しているはずですが、それでも判明してないということは……何なんでしょう?」

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「うむ…」

ブライトさんは一點を見つめて黙り込んでしまった。集中して思考を巡らせている。

ハーブ茶を味わいながら靜かに待つ。

「これは…日記ではないのかもしれない…」

「…というと?」

「日記にしては、文が短い気がする」

「言われてみると…そうですね」

単語のように數文字で切られていたり、中には數文字しかない頁もある。

「フィガロは幾多の戦場を駆けた獣人。仮に日記でないとしたら…。もし、日々を書き綴っているのではなく…戦功を書き込んでいるとしたら…?」

「この単語のような文字は…數字ということですか…?屠った者の數であるとか」

「ふと思いついた一つの可能だけどね」

フィガロは各地に赴いて闘いにを投じた。そうだとしたら、ボクには意味の無い記録に思えるけれど、もう一度日記に目を通してみる。

「例えば、この文字を1と仮定すると、線と丸で2、線が一本増えてこれが3…」

「そうなると、これが4でしょうか…?」

これは……読めないまでも、なんとなく前進したような気がする…。

「…し閃いた気がしたが、やはり解読できない。俺に解読できたら苦労しないか」

「いえ。閃きは重要だと思います。ブライトさんは発想が違って勉強になりました」

視野を広く構えて、俯瞰したり様々な角度から切り込む必要がありそう。迷にならない程度に、一人でも多くの意見を聞いてみよう。

こう思えただけでも一歩前進。

「日記だという拠を知りたいものだね。誰も容を理解できないのに、何故そう言い切れたのか」

「確かに。家族がいたとも伝わっていないのに、死後に誰が発見して保管していたんでしょう?」

品だと確定していたとしてもおかしな話だ。直接本人から聞いたのなら納得いくが、フィガロが言うだろうか?」

疑問ばかりが浮かぶ。何処まで行っても、仮定の話しかできない。それがフィガロという獣人。

「謎は深まりました。でも、考察するのは楽しいです。巻き込んで申し訳ありません」

「気にしないでくれ。俺も気になるから、教えてもらって嬉しい。ウォルトは研究者気質だね」

「もし解明できなくても、それはそれで仕方ないと思います。世の中に、解決できない問題は存在すると考えているので。ただ、フィガロ関連だけは、謎を解きたくなってしまって」

「焦ってるかい?」

「気長にやります。死ぬまでに知りたいことの一つになりました。今日のお禮に、料理を作りたいんですが」

「いいのか?是非お願いしたい」

料理を作るために、食材調達に向かう。

ブライトさんは「まだ晝まで時間があるから、し観してくればいい」と言ってくれた。フィガロ好きには堪らない町だから嬉しいけど、今日はそういう目的で來たわけでは…

…ちょっとだけ寄り道させてもらおうかな…。

名所に向かうためにウキウキしながら町中を歩いていると、急に聲をかけられた。

「あぁぁぁ~~!!ちょっと待ったぁ~!!そこの白貓~!!」

「ん?」

周囲は獣人ばかりだけど、どうやら白貓はボクだけ。聲の聞こえた方を向くと、屋臺の中に見覚えのある者が並んでいる。

「あんた、ちょっと待ちなさいよ!」

そのの一人が近づいてきた。

「久しぶりね。何しに來たのよ…?」

「なにって…知人に會いにきたんですが…。隨分変わりましたね」

「そりゃそうでしょ!あんた達のせいで、こんなになったんだからね!」

「そんなこと言われても…。自業自得でしょう」

「きぃぃ~!悔しいっ!」

目の前にいるのは、キャロル姉さんとサマラと旅行に來たとき、名所の門で悪事を働いていた輩の一人。

ボクが魔力回路を破壊した痩せた人間の男…なんだけど、妙にクネクネしてる。

「なんで、そんな喋り方なんですか?元々そうでしたっけ?」

「しらばっくれんじゃないわよ!!大事な息子が二度と起き上がれないようになったからに決まってるでしょ!」

「知ってます」

実行したのは、ボクではなく姉さんとサマラだけど。あれは、ある意味地獄絵図だった。

「おかげさまで、観客に発見されて、衛兵に事を聞かれて…このザマよ!」

「牢屋にもらず、立派に働いてるじゃないですか。何か問題がありますか?」

コイツらは、死刑に処されてもおかしくない重罪を犯した。ただ、これがボリスさんの言う法の裁き。ボクの覚とは違う。

「悲慘な目に遭わされたから、減刑されて町で奉仕させられてるのよ!タダ働き同然でね!何故か魔法も使えなくなって散々よ!」

「だから?」

「この恨み…晴らしてやろうと思ってね!」

恨み…?

「いくらでも相手になってやる」

一度は気が済んでる。だから普通に対応できたけれど、更に絡んでくるのなら話は別。

「お前らがフィガロの聖地を汚したことは忘れてない」

「ふふっ!あんた、何か勘違いしてるんじゃなぁ~い?」

「勘違いだと?」

「今から毆り合いでもするつもり?そんなわけないでしょ?私達が問題を起こせば、即刻牢屋行きよ」

「だったら何が言いたい?」

フィガロの日記くらい意味不明だ。

「男を捨てた私達が、力であんたに敵うわけないでしょ。あんたの意味不明な怖さは知ってるわ。…付いて來なさい」

「斷る。何で付いていく必要がある?」

「いいから早くきなさいよっ!」

面倒くさいな…。まぁ、おかしなことをする気なら、それ相応に対処するだけ。

奴らの屋臺の前に辿り著いた。

痩せた元魔法使いは、中にいる仲間から料理をけ取る。

「ほら。食ってみなさいよ」

「…どういうつもりだ?」

「いいから黙って食べなさいよ!!」

「さっきからうるさいな。何で食べなくちゃならない」

「あんた達のせいで、商売に目覚めた私達の汗と涙の結晶…。食らうといいわ!」

「意味がわからない。食べたくない」

毒でも盛られてるのか…?と疑ってみても、そんな匂いはしないし、むしろ味しそうな匂いがしてる。

「料理であんたを唸らせたら、私達の勝ちよ」

「なんでそうなる?」

「私達が牢にって、罪を償うと思ったでしょ?けれど、幸運なことに監視されながらも外で暮らしている。この商売を足掛かりに…上り詰めてやる!結局、あんたは悔しがることになるのよ!」

そう上手く事は運ばないと思うけれど。あと、別に牢にろうとそうでなかろうと知ったことじゃない。

「そこまで言うのなら、食ってやる」

「ふんっ!恐れおののけ!」

料理でそんなことになるわけない…と、口に運んで、一口食べた瞬間…。

「……ぐっふぅっ!?」

「あっはっは!かかったわね!」

なんだコレっ!?

見た目や匂いと違って、めちゃくちゃ不味い!吐き出してしまいそうだ!

けれど、料理好きの意地で無理やり飲み込む。中々を通らない。

し気が晴れたわ。不味いでしょう?」

「…とんでもないモノを食わせてくれたな…」

こんなの……料理に対する冒涜だ。

コイツらは許せない。

「真面目に作ってるのよ」

「なんだと…?」

「私達は真面目に作ってるのに、こんな味になるの!!」

「噓つけ。あり得ないぞ」

二度と食べたくないくらい不味い。これは、食べと呼んじゃいけない代。平然と食える奴がいたら見てみたい。

「一日の売り上げは、ほぼ無い。稼ぎを町に納めることでいずれ釈放されるのに、ひたすら料理を作るだけ…。これでも真面目にやってるんだよっ!!この苦労がわかるかっ!?」

完全な逆ギレだ。

でも、逆に気になる。驚きですっかり怒りも失せてしまった。やっぱり一度は気が済んでるからか。

「ちょっと調理の過程を見せて下さい」

「あんたに見せてどうなるのよ。獣人に料理がわかるとは思えないんだけど」

「貴方達より、ボクの方が料理はできます」

「面白いこと言うじゃない…。だったら腕前を見せてもらおうじゃないの!!不味かったら、あんたの玉も取ってやるから!」

「いいですよ」

取られてたまるか。

「うんまぁ~~!!」

「信じられないわ!味すぎっ!」

「あんた、ホントに獣人?!」

彼ら?彼ら?

どっちでもいいけど、作りたいであろう料理を想像で作ってみた。もちろん、食材は屋臺にあるものを使って。

「わかってもらえましたか?」

「わかった!あんたは凄い!頼むからアタシらの調理を見てよ!」

張り切って調理を始める一同。ちゃんと役割分擔して、切る、煮る、焼くなどの調理をこなしている。やる気をじるし、皆がクネクネしているところ以外、変わったところはなさそう。

元魔法使いが最後に味付けして調理終了。

「どう?おかしかった?」

「いえ。一口食べてみていいですか?」

「どうぞ!」

「……まっず!!」

「やっぱり?」

何でだ…?

コイツらが言う通り、普通に作っていた。行程から味の予想もできる。味しい仕上がりになるはず…なのに、とんでもなく不味い。

そのうち、食べたショックで死人が出るんじゃないか?こんなの初めてだ。

「ちょっと野菜に塩を振ってください」

「はいよ」

同じ食材を並べて、共に塩を振る。そして食べてみると、ボクのは普通にしょっぱい。もう一つは激マズ。

つまり、問題は食材や調味料ではなく、味付けする人にある。

何か仕掛けがあるはずだ。そうでなければおかしい。

「ちょっと失禮します」

皆のをじっくり観察する。…と、手の甲に気になるところが。

「これは……魔法陣?」

「見えるの?あんた、凄いね」

明だけど、魔力反応で判別できる。かなり上手く隠蔽された魔法陣。

「何故、手の甲に?」

「衛兵に付與されたんだよ。罪人の証だってさ。町から逃げると痛みが走るんだって!」

それは噓だ。この魔法陣にそんな効果はない。逃がさないための脅しだろう。ただし、れるものを変化させる効果がある。

原因はこれで間違いない。食材の味を『変質』させる効果。

でも、何故…?

「そんなのいいから、料理を教えてよ!」

いい笑顔なんだよなぁ…。

どんな料理を作っても、必ず不味くなる。このことをどう伝えたものか。衛兵にも何か考えあってのことだろう。

正解がわからないので、とりあえずボクなりに味しいと思う調理法を伝えると、真面目に聞いてくれる。

「一つもらおうか」

教えている最中に、一人の衛兵が現れた。

「いらっしゃい!今日は、アンタに味いの食わせてやる!」

「それは楽しみだ」

どうやら顔見知りのよう。

「今日の私らは一味違うよ!腰抜かせ!」

「ほう。抜かしてもいいように、椅子に座らせてもらうか。おいしょっ…っと」

年配の衛兵は、休憩用の木の椅子に座って待つ。笑みを浮かべて調理の様子を眺めている。

「はいよ!一丁あがり!」

「……うむ。不味いな」

「だっはぁ~!」

「早く釈放されたかったら、まだまだ進しろ。だが、かなり腕を上げてる」

「そうでしょ!次は味いって言わせる!」

「楽しみにしておこう。もう近いかもしれんな」

去ろうとする衛兵を追いかけて、話しかける。

「すみません。ちょっと聞きたいんですが」

「なんだ?」

「答えられないなら答えなくて構いません。なぜ、彼等の手に『変質』の魔法陣が?あれでは、不味い料理しか作れません」

「…お前さんは何者だ?」

「彼等の知人です。といっても、あまり親しくないんですが」

「そうか。アイツらに言わないと約束するか?」

「はい」

「聞いたかもしれんが、アイツらは減刑により奉仕活をしている。観地で人手不足のカンノンビラではよくあることだが、殆どの罪人は真面目にやらない。だから、まず観察する」

「真面目に働くかどうかを、ですか?」

「そうだ。たとえ客が來なくとも真面目に働くか。一杯技量を磨くか。聲を掛けて商売をしようとするか。町から逃げずに頑張るか。それらは、更生への一歩となる。當然無視すれば捕まえるだけ」

「彼等は、そろそろ解除する頃合いでは?」

「わかっているな。次に來たときに解除する。長年やってると、味が不味かろうと手つきを見ればわかるでな。アイツらも最初は文句ばかり言っていたが、腐らず良くやっている」

「そうですか。教えてくれて、ありがとうございました」

「逆に教えてくれ。なぜ、お前さんは魔法陣に気付いた?アイツらから聞いたのか?」

「いくらなんでも料理が不味すぎて、観察していたら手の甲に魔法陣の魔力が薄ら見えたので、多分そのせいだと」

「あっはっは!いい目をしている。嫌がらせではないぞ。衛兵はそこまで墜ちていない。アイツらは気付いていないが、あの場所に出ている屋臺は、奉仕の罪人だと町の者は知っている」

「そうなんですね」

更生の手段として認識されているのか。

「よく見てみろ。屋臺の上の看板に、『クソ不味い屋臺』って書いてあるだろ?」

…本當だ。気付かなかった。

「怖いもの見たさの観客以外食べないんだが、不思議と気付かない。魔法陣の効力で文字が見えないというのもあるが。とにかく、あとしの辛抱。立派な商売人になってくれたら萬々歳だ」

衛兵と別れて、屋臺に帰る。

あんなに不味い料理を、顔一つ変えずに食べきるあの衛兵は大したもの。過去に何度も繰り返しているんだろう。それだけで発言を信じるに値する。

「あんたに習ったから、また挑戦してみるよ!」

「ありがとうね!」

「きっと、その味い料理が作れます」

コイツらに対するに変わりはないけど、味しい料理を作りたいという心意気は伝わった。

さて、思わぬ道草を食ってしまった。

ブライトさんに味しいと思ってもらえる料理を作ろう。コイツらに負けないように。

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