《モフモフの魔導師》498 まだ引っ張っていた問題

ココンコンコンと軽快にドアをノックする。

床に吸い付くような足音が近づいてきた。

「よぉ」

ドアが開いて、顔を出したのはラット。久しぶりに家に遊びに來た。

「忙しくなかったか?」

「大丈夫だ。ちょうど何も描いてない」

「でも、ボクやリンドルさんじゃなければ無視してるだろ?」

「…さぁな。いいかられよ」

…と、中にって直ぐに気付く。

「リンドルさんが來てるんだな。帰るよ」

奧から匂いがする。

「いいかられ。ちょっとだけ相手してくれ」

「お前がいいならいいけど…」

「お前からハッキリ言ってやれ」

「何を?」

ラットは答えず奧へと進む。

付いていくと、やっぱりリンドルさんがいた。マルコの件で治癒院で會ったとき以來だ。

「お久しぶりです」

「久しぶりだな、ウォルト…」

なんか……いつもと様子が違うな。

「ちょうど良かった。話がある」

「何でしょう?」

「前にも言ったが、資格を取って薬師にならないか?」

「それはお斷りしましたよね?」

即答したはず。

プルプルと震えるリンドルさん。

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「なぜだ!なぜ、そうなんだ?!ラットも、ウォルトも!」

「ちょっと落ち著きましょう。お茶淹れますね」

「とりあえずいらない!後でもらうが!」

もらうんだ…。

なぜ、こんなに興してるんだろう?

ラットを見ても、疲れたような顔をしてるだけで反応しない。

「誤解があるかもしれない。ゆっくり私の話を聞いてくれ」

「わかりました」

とりあえず椅子に座る。

「なぁ、ウォルト。君の薬學の知識は、絶対世のためになる。是非とも生かしてみないか?」

「生かすって…どうするんですか?」

「薬屋になってもいいし、治癒院で働いてもいい。それだけで、多くの人が救われる」

「大袈裟ですよ。ボクの薬にそんな力は無いです。々自分で使うか、知り合いに渡すくらいで」

「私はそう思わない」

「有り難い評価ですけど、リンドルさんはボクの作った薬を飲んだことないですよね?」

「無い」

「それじゃわからないと思うんですが…」

「わかる。長年やってるからな。ウォルトは薬師に相応しい」

う~ん…。わかってもらえないなぁ。

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「薬學で過大評価は危険です。素人は何処までいっても素人なので」

薬と毒は表裏一。だから、ちゃんと學んで資格を持つ薬師がいる。そのことを知ってるはずなのに。

「私は君の人となりをじてる。慎重で、確実な仕事をする男だ」

「結構適當なんですが…」

「心持ちの問題だよ。正式に薬師になれば、気も引き締まる。心配してない」

そんなもんかな?違う気がするけど。

「ボクを勧するくらい人手不足なんですか?」

「人手は常に足りてない。薬師はいくらいてもいい」

「それはそうですね。いすぎても仕事の奪い合いのような気がしますが」

「それでも、いて困ることはないだろう?」

「ごもっともです。でも、お斷りします」

「なぜだ!?そんなに嫌なのか?!何がそんなに嫌なんだ?!」

「嫌じゃないんですが、なりたいと思いませんし、なれるとも思いません。ただそれだけです」

リンドルさんは何が言いたいんだろう?それ以外に斷る理由がいるのか?

「もういいだろ」

ラットが口を開く。

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「だから言ったろ?言っても無駄だって」

「聞いてみないとわからないだろう!」

「あのな、お前の言ってることは真っ當だ。ウォルトの薬で、何人も救われるだろう」

「ボクの作った薬は、大したことないぞ」

「俺が言ってるのは、軽い怪我でも病気でも、治れば救われるって意味だ。要するに、治癒と救いが同義だな」

「なるほど。それならそうなるか」

軽度の病気や怪我ならボクの薬でも効くから人に譲ってる。効果は完全に保障できないけど。

「リンドルは、救われる人を一人でも増やしたい。だから薬師になってはどうか?と、我が儘を言ってる」

「その通りだが、我が儘じゃないだろ!救われる人を増やして何が悪い!崇高な思想だ!」

「悪くはない。ただ、お前にその自覚がないなら、話が噛み合わないって言ってるんだよ」

「人を救いたい気持ちを我が儘と言われるとは…。信じられない…」

ラットに言われて気付く。リンドルさんとは、そもそもの思考が違うんだ。

「ボクは『やりたい』か『やりたくない』かの二択で考えるので、『人を救え』と言われて薬師になる選択肢はないですよ」

「そうなのか?!じゃあ、なぜ薬學を學んだんだ?!」

リンドルさんなら『人を助けたいから』と言うのかな。本人が言ったように、人間には崇高な思想を持つ者が多いし、それを理由に技量や知識の向上に勵んでるイメージがある。

でも、ボクは違う。

「興味があったからです。それと、自分のために必要でした」

森に住んでるから、病気や怪我したときに使えると思った。今のように魔法をれるようになる自信も無かった。

「知り合いには薬を作るんだろう?」

「頼まれたり、自分が作りたいと思えば」

「それは、薬師と同じじゃないか?なってもいいだろう」

「でも、薬師じゃなくてもできますよね?違うのは稼げることくらいで、お金がしいとも思いませんし」

「む~ん…」

治癒師や薬師は、世の中になくてはならない職業。必要は理解しているつもりだ。でも、自分がなりたいか?といえば話は別。

「なりたい理由があれば、資格を取るために頑張ると思います。でも、われるだけでは無理ですね」

リンドルさんは、高い志をもつ立派な治癒師だ。あらゆる人を救いたいという理想があって、そのために盡力してるんだろう。

理想を実現するためにボクをってくれたのなら、選ばれたことを栄に思う。でもそれだけ。

「獣人は、お前が思ってる以上に頑固だぞ。自分の好きなようにしかかない。要するに、我が儘なんだ」

ラットの言葉は的をている。ただそれだけのことなんだけど、あとは理解してもらえるかどうか。

「……ふぅ。よくわかった。いつもラットが私のを舐めるように見るのも、好きなように行してるということか」

「そんなことしてないだろ!おかしなことを言うな!…ったく」

微妙に焦ってるな…。

「ウォルト。いつか治癒院に來てくれないか?そうすれば、きっと思うことがある。説明するより早い」

「機會があれば伺います」

「今はそれで良しとしよう!」

納得してもらえてよかった。

「ときにウォルト。まだ人はできてないのか?」

まずい話題を蒸し返されてしまう。

何て答えるのが正解なんだ?とりあえず、下手な噓で誤魔化してみよう。

「できたと言っても差し支えないような気もしたり…」

「下手な噓だな!またまた良い子がいるんだが、會ってみないか?」

「いや……その……ボクは獣人の中でも特にモテないので……相手が嫌がると…」

「そんなものは関係ない!ラットもモテないぞ!モテようもない暗講釈垂れ獣人だ!」

「………」

ラット…。飛び火させてすまない…。

「治癒院に治療の勉強に來ている真面目な娘で、モフモフも好きらしい!しかも、とびきり可いぞ!」

「ソウナンデスネ…」

「けしからん男に捕まりそうで、私は心配なんだ…。ウォルトと付き合ってもらえるなら、私は安心できる!」

拠はないですよね。因みに、けしからん男というのは?」

「公衆の面前で、何人ものと抱き合うような不屆き者なんだ!テムズという名前なんだがな!私はいい男だと思っていたのに、とんだ恥をかかされた!」

「それは逆ギレだろ。お前の見る目がない」

「なにを~!!」

…ボクのことだった。

「……ん?」

…ということは、もしかして…。

「あの……そのは、若いんですか…?」

「若いぞ!まだ19だったか?」

「もしかして…治癒師を目指して、田舎から出てきてたり…?」

「その通りだ!普段は冒険者なんだが、同時に治癒師も目指している。二足の草鞋を履いて、日々進している!偉いだろう!」

「本當に偉いですね…」

「妹もいるんだが、二人揃って可くて良い娘だ。滅多にいないぞ!」

…間違いない。

リンドルさんが言っているのは、ウイカのことだ。

人な上に格も良くて、もの凄くモテるのに、どうもその下らない男に惚れているみたいでな…。私は見てられないんだ!」

聲を出さずに笑うラット。

テムズは変裝したボクだと知ってるから當然か…。

ボクのことを好きだというのは大きな勘違いだけど、ウイカのことは紹介されなくても知ってる。

まさか、変裝した自分の問題行がこんな形で我がに降りかかってくるとは…。

「まぁ、本人に聞いてみないと會ってくれるかわからないんだがな。とにかく真面目で、男にわれても食事にすらいかない」

「じゃあ、ボクにも會ってくれないでしょうね」

「いや!ウォルトならば、會ったら気にってくれる。そんな気がする!」

絶対拠がないのに、リンドルさんは何故か自信満々。

會ってしまったら、知らない人のフリなんてできない。多分、ウイカもできないだろう。

友人だということを、ちゃんと伝えておこう。別におかしなことではないし、なにより噓はよくない。

「あの、実は…」

正直に伝えようとしたところで橫槍がる。

「リンドル。まず、相手に聞いてみろよ。ウォルトって獣人に會う気はあるかってな」

「ほぅ!お前がそんなことを言うのは珍しいな!てっきり「ウォルトは人見知りだ。やめとけ」とほざくと思ったが」

「俺だって勘が働くときはある。これは…いい話だと思えた」

「そうだろう!そうだろう!」

納得しないでほしい。

ラットの奴…。さては面白がってるな…?

「リンドルさん。ボクはおそらくその娘と知り合いです。ウイカのことですよね?」

「そうだが、本當か?」

「仲も良いんです」

「ならば、何も問題ないな!あとは進展するだけだ!」

「ボクとウイカでは釣り合いませんよ。何も進展しないと思います」

「男の仲に、釣り合うとか釣り合わないとか関係ないぞ!私は『イケそう』か『イケない』かでしか考えない!獣人と同じだ」

そして、イケると判斷したのか…。

「ウォルト!お茶を頼む!今から長い話になる!」

「手短にお願いしますね…」

ウイカにはボクなんかより相応しい男がいるって理解してもらえるといいけど。

今日は冒険が早めに終わったので、午後から治癒院で勉強させてもらっている。オーレンとアニカは家でまったりすると言ってた。

急患や予約治療の手伝いを終えてホッと一息つく。

「今日は患者さんが多いですね」

「やっと一段落かな。本業でもないのに、いつも手伝ってくれてありがとね」

「いえ。我が儘で勉強させてもらってるので。邪魔なときは遠慮なく言ってしいです」

「そんなこと言うわけない。治癒魔法もできるし、凄く助かってるよ」

治癒師の先輩であるチーチェルさんは、いつも「治癒師一本でやっていったら?」とってくれる優しい先輩。でも、「まだ冒険者も頑張ります」で通してる。

治癒院は怪我の治療が主だけど、場合によっては病気も診察するから、総合的な治療を學べて、冒険にも役立つ。

治癒魔法使いだけでなく、薬師や施師もいたりして分業してる。無償とはいえ、部外者の私を快くれてくれて、知識を授けてくれる心の広い人達だ。

「お~い!ウイカはいるかぁ~!」

り口からリンドルさんの元気な聲が響き渡る。

「リンドル(うるさいの)が來たね。今日は休みだったのに、何だろ?」

「ちょっと行ってきます」

り口に向かうと、リンドルさんは楽しそうな笑顔。挨拶すると「外で話そう!」と連れ出された。

「どうかしましたか?」

「ウイカは、ウォルトを知ってるな?」

「ウォルト…って、白貓獣人のウォルトさんですか?」

「そうだ」

「知ってます。仲良くさせてもらってるので」

「今度、一緒に食事でもどうだ?」

………なるほど。

ピンときた。

リンドルさんは、村長の若い頃に変裝していたウォルトさんが私達とハグしているのを見掛けて、「アイツはろくな奴じゃない!」としばらく憤ってた。

アニカから、「お姉ちゃんがテムズのことを好きだと思ってるんだよ!」って聞いてたから、そのせいもあったはず。

どうやら、ラットさん絡みでウォルトさんに會って、気にったから私に薦めてきた、ってとこっぽい。人を見る目があるなぁ。

「ウォルトさんとは、食事したことありますよ」

住み家に行ったときは、いつものこと。

「そうかもしれんが、二人きりでどうかと思ったんだ」

「二人きりでも何度も食事してますよ」

これも本當。

「なんだとぉ~!?ウォルトはそんなこと一言も言ってなかった!」

言う必要がないと判斷したんだろう。困ってるウォルトさんの顔が目に浮かぶ。見たかったなぁ。

「ウォルトさんは、私のこと何か言ってましたか?」

「とにかく褒めていたよ。優しくて強くて良い娘だと」

嬉しいけど、もう一聲しいなぁ。

「ウォルトさんこそいい人なんです」

「私もそう思うんだ!あんな優しげで、賢い獣人はまずいない!にもがっつかない紳士だ!」

「奧手な人ですから。そこも魅力です」

「…もはや、余計なお世話だったようだな!私は嬉しいぞ、ウイカ!」

「何でですか?」

「その口ぶりだと、好ましく思ってるんだろう?ならば、黙って見守るのみ!テムズを見限ったウイカは、男を見る目がある!」

「ふふっ。ありがとうございます」

実際は同一人なんだけど。

もし、アニカもウォルトさんが好きだとバレたら、リンドルさんはどんな顔するのかな?四姉妹とハグしまくっているから、怒るかもしれない。

求めているのはこっちなんだけど、リンドルさんには理解してもらえないかも。

「私は薬師になれと勧めたよ。隠しておくには惜しい技と知識を、存分に発揮してほしいと思って」

「薬を作れるのは知ってます。でも、斷られたんじゃないですか?」

「そうなんだが、薬師になる日は遠くないかもしれない」

「もしかして…私と付き合えば心変わりするかも…ってことですか?」

「その通り!」

勢いで、言っちゃえ。

「そうなるように頑張ってみます」

「世のため人のためだ!頼むぞ!」

「私とウォルトさんのことは絶対緒にして下さいね。約束ですよ」

「わかってる!…そうだ。ウォルトはこうも言ってたぞ。「ウイカはボクにはもったいないです」と」

かなりの勘違い獣人なんだからっ!私を何だと思ってるの!ただの田舎娘なのに!

「手ほどきの必要がありますね。勘違いしてます」

「その調子だぞ、ウイカ!私は楽しくなってきた!」

私がウォルトさんを好きだってことは、遅かれ早かれバレること。事実だから、堂々としていよう。

ただし、ウォルトさんが変な目で見られたり、迷を被るのは耐えられない。知っているのはリンドルさんだけでいい。ラットさんの人であるリンドルさんなら大丈夫なはず。

「とても不思議なんだ」

「何がですか?」

「上級薬師に迫るウォルトの知識は、確かに素晴らしい。けれど、そんなこと関係なく治療の分野にわなくちゃならないと思う。まるで使命のように」

ウォルトさんに、何か並々ならぬものをじたのかな?そうだとしたら、リンドルさんの治療に対する熱かも。

「頑固貓ですから、そう簡単に首を縦に振らないですよ」

「そうか!だが、頑固さなら私も負けないぞ!懲りずに勧する!」

「私も頑張ります」

冒険も、治癒も、も。

「よし!ご飯でも食べに行くか!」

「まだ治療を手伝います」

「本當に真面目だな。倒れるなよ」

「倒れません。早く追いつきたい人がいるので」

そして、橫に並びたい人が。

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