《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》30話 イアン × クリープ(イアン視點)

イアンの手からニュッとびる刀アルコ。艶めかしくもしい剣。それを見て、クリープは目を剝いた。驚愕すること、ものの十分の一秒。

「練習用の剣はあっちですよ」

と、一秒も満たないうちにクリープは冷靜さを取り戻した。イアンは無論納得できない。生の刃をクリープの首元に突きつけた。

「許さないんだろう? 早く、そのなまくらを抜け!」

「嫌です。練習で命を懸けるつもりはありません」

クリープは練習用の木剣を手に取った。木剣といえども、木を割って長さを揃えただけの棒切れだ。これで、イアンを牽制できると思ったのだろうか。クリープはイアンの格をよくわかっていなかった。

「なら、殺す」

ポッキリ、乾いた音を立てて棒は真っ二つになる。イアンのアルコは木剣を叩き斬った。

イアンは本気だ。やる時はいつだって命がけなのだ。クリープはを守るためになまくらを抜かざるを得なくなった。

次にアルコを打ち下ろした時、大好きな金屬音がイアンの耳腔を揺らした。

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キィイイイイイイン……

ニヤリ、イアンは頬を緩ませ、剣(アルコ)を反転させる。を狙って薙ぎ払おうとした。

キィイイイン……

クリープは難なくける。イアンの攻撃はやまない。その後は縦橫無盡に斬り込んだ。これぞ、クリープに學ばせたい燕返し。クリープはそれをヒョイヒョイける。

──なんだ。できるじゃないか

魔力を読めば、こんなにもスムーズにくことができるのだ。型にはめ込もうとしていたのが馬鹿らしくじられた。

──そうか、で覚えているのだな、戦い方を。素晴らしい

イアンはスピードを上げた。クリープはついていけている。

「正気の沙汰じゃない。狂ってる。どうしてこんなやり方を……」

「わからないか? おまえがいつも本気じゃないからだよ。建て前だけで戦ってる。戦いっていうのは、いつだって本気でやるんだ」

的に剣を振り回すのが正しいとは思えません」

「それこそ、おまえの足りないところだよ。を思いっきりぶつけろ! 復讐でもいい。母上を殺した奴らを殺すつもりでかかってこい!!」

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クリープの目つきが変わった。やはり、母のことを言われると弱い。これがクリープの原力。

──そうだ、押さえ込む必要なんかない。放出しろ! イカれてる? そんなのいつも言われてきたことだ。命のやり取りをするのに普通でいられるかってんだ!

戦いのなか、イアンが我を忘れるのは常である。例によって楽しくなってしまった。イアンはしも抑えることなく、魔力を放出していたのだろう。クリープは容易に軌道を読むことができた。打てば答える。イアンはそれが嬉しくてたまらない。

しかし、人間の力には限界が來る。楽しい時間には終わりが用意されている。クリープの息があがってきたところで、イアンは攻撃をやめた。

猛攻が終わり、クリープはがっくり膝をついた。立てなくなるほど、疲労させていたのである。

「おい、休むなよ? 憐れみは不要と言ったのを忘れたか? 俺は甘くないからな? 本當に倒れるまでやる」

今の戦いでわかったことがある。魔力を読んで戦えば、クリープは強い。問題はスタミナだ。人間ゆえにへばるのが早い。本番は短時間で決著をつけさせなければ。

型をに覚え込ませるのは有効だろう。これは魔力を読んで本能的にくのとはちがう。戦い方に応用力を持たせることができる。脳で理解させ、それをに覚えさせる。もたらされる結果が同じでも、過程は全然違う。問題はこの型をどうやって覚えさせるかだ。

──エンゾ先生なら、どうするか?

エンゾはイアンとカオル、まったく違う教え方をした。イアンにはひたすら厳しく、カオルには基礎的なことばかり教えていた。

──自信のない奴はたくさん褒めて覚えさせる。だが、クリープには自我がほとんどない。褒めるのが効果的かどうか

では、アスターならどうする??

煽って敵愾心を持たせる。戦う気を起こさせる。憎むよう仕向ける。

──あんまり、褒められるやり方じゃないな。俺は俺のやり方でいこう

ほどよくかしたおか、イアンは冴えていた。試行錯誤を繰り返し、これまで雲をつかむようだった指導法が、今は的に考えられる。

──獣の戦い方と人間の戦い方、両方を磨く。仕上げにそれらをすり合わせる。

イアンはにわかに自分の手首を切った。溢れ出るは生命の源だ。

「これを飲めばいい。回復する」

無造作に差し出した。イアンはを與えることに抵抗がなかった。自を傷つけることもそう。大きな目的がある時、それ以外のことには頓著しない。

クリープはし呆けた後、素直にを啜った。最初は遠慮がちに、だんだんと貪るように。なんだか、親鳥が雛へ餌を與えるのに似ている。死なせてしまったが、イアンは雛鳥を拾って育てていたこともある。

──たしか、を変えたものだと昔聞いたぞ? ならば、俺は子供にをやる母親だな。そうか、俺はクリープの母親だ。死にかけているところも救ってやったしな

そう考えると、口の周りを赤くするクリープがかわいく見えてくる。

「よぉーし、飲んだな。じゃ、休まず次いくぞ」

イアンは地下へ下り、細い縄を持ってきた。クリープにそれを両手で持たせ、長さを調節する。

クリープは無表に戻っていたが、イアンの不穏と思われても仕方ないきにも反発せず、おとなしく従った。心なしか、より従順になった気もする。

──もしかして、を飲ませた効果か? 巣から落ちた雛を手懐けるのと同じだな? よし、これからは毎日俺ので餌付けしよう

イアンはうまく餌付けすれば、自分のでクリープを眷屬としてれるのではないかとも思った。

「クリープ、切り返す際、おまえに足りないのはリズムだ。タイミングがちぐはぐだから、うまく切り返せない。魔力を読んでいている時は別だけどな……だから、縄跳びをする」

「縄跳び??」

「まさかおまえ、縄跳びをしたことがない??」

クリープは首肯した。イアンにとって普通の遊びをクリープは知らない。王族だからか? 王子がこれを嬉々としてやっているイメージは湧かない。だが、イアンはニーケとこれで遊んだ記憶がある。

クロス、三重跳び、側振跳び、お跳び……長縄二本を二人に持たせ、半周遅れで回させたり、さらにこれを何人もでこなしたり、イアンはいろいろやっている。

「縄跳びを知らないとは……母親として教えてやらんとダメだな。いいか、縄が回転してから飛ぶだろ? その後、また縄が足元に來た時、続けて飛べるかってことなんだよ。リズムだ」

母親云々には反応せず、クリープは神妙にうなずいた。手と足のきを連させるのにも、縄跳びを覚えるのは効果的だ。能力の高いクリープなら、簡単に習得できるだろう。

しかし、數分後……

「どんくさっっ!! ぺぺ……ユゼフだってこんなの簡単にできたぞ?……なぜか、あいつ縄に関することは得意だったな……まあいい。とにかくできるようになるまで特訓だ!」

前跳びすらできないクリープにイアンは苛立った。子供に教える時、否定や比較はしないが、クリープはあまりにもひどい。本來、普通の子供が経験して然るべきことをしも知らずに長している。

「くっ……リズムがないんだよ。おまえ、舞踴の経験は多あるんだろう? 楽は? マンドリンぐらいか? 思い出せ。音に合わせてくことを……そうだ、歌いながらやってみよう」

歌いながら、縄跳びをするという特訓は暗くなるまで続いた。

大人二人が歌いながら縄跳びをする景は異様かもしれない。しかし、イアンの目論見どおり、コツをつかめばクリープはぐんぐんびた。

「今度は五重跳びだ! それっ!!」

前跳びすらできなかったのに、たった一日で高等技に挑戦できるまで上達したのだ。イアンとクリープは歌の一節を歌い終わるまで、五重跳びを回し続けた。

しかも、その歌というのはグリンデル國歌。勇ましいオートマトンの大軍がどうとか、と闇の申し子、我らが英雄サウル様~とかそういう歌詞である。それか、子守歌しか覚えていないとクリープが言うので、仕方なかった。子守歌では眠くなってしまうではないか。

歌が終わるまで、一度も突っかからずにとうとう──

「ああ、我らがメシアーー サウル様ーー目覚めるその日までぇーーー……やった!!! 飛びきった!!」

跳び終わったあと、イアンは充実に満ちた。特訓を始めるまえ、死んだ目をしていたクリープが生き生きしている。一人の人間を縄一本でここまで変えることができた。涙しそうなぐらい、イアンのは一杯になっていた。

「素晴らしい!! 生きてるっていいことだな! おまえがいて、俺がここにいる。今朝のおまえは死んでいるも同然だったが、今は生きてる!!」

ところが、イアンがクリープの肩を叩こうとした時、思いがけない方向から返事が戻ってきた。

「なにやってるの? 縄跳び?」

聲の主はパン焼き釜の背面から姿を現した。うねり狂う髪はまるで蛇のよう。神話に出てくる蛇かとイアンは思った。

「バレエの次は縄跳び?? 呑気なものね。私が毎日この広大な土地を歩き回っているというのに」

捜索ルーチンを終え、帰ってきたイザベラだった。腕を組み、立つ姿からは怒気がほとばしっている。

「わたし、今日は熊も兎も食べたくないって言ったよね? 魚がいいって。もちろん、釣ってあるのでしょうね、魚は?」

「……釣ってない……こ、これはだな、ただの縄跳びじゃなくて剣の……」

「言い訳するんじゃないっ!! 今からでもいいから早く捕ってこい! この役立たず!」

最高まで高まった気持ちは、一気にどん底へと突き落とされる。その後、イアンは釣り道を持って湖へ向かった。

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