ある日のカネルラ王城。

國王の寢室にて、夜更けに議論がわされていた。

議題は、『國王は噓つきであるか？否か？』

「お父様…。いくら娘が相手であっても、噓はいけないと思うの」

「人聞きの悪いことを言うな。俺は噓など吐いていない」

白々しい…。そして、腹立たしい…。

カネルラの王リスティアは、約束を守らぬ父ナイデルに立腹していた。

「私は心をれ替えて、勉學や作法の修得も怠ってないよ。元々怠ってないけど。それでも外出の許可はもらえないの？」

「時期を見て許可を出すと言っているだろう」

「じゃあ、いつ頃？」

「まだ未定だ」

「しの時間でも？城下町だけでも？」

「今はダメだ」

「よくわかりました」

「言っておくが、走を発見した場合、今後一切の外出を認めん。肝に銘じておけ」

「…畏まりました。第二十九代カネルラ國王ナイデル様の金言、心に沁みります」

ふんだっ！

お父様の寢室を出て、自室へと向かう。

私は、とても気分が悪い。

何も考えず、ひたすら暴れたいくらいに。

★

「あの子にしては珍しく、かなりが昂っていましたね」

リスティアがあれほど怒りをわにするのは稀有なこと。ナイデル様に親友のウォルトを貶されたとき以來かしら。

何故なのかは、わからないけれど。

「「お前など、もはや他人だ」という口振りだったな」

それでもナイデル様は平然としている。親子であるというのは當然だけれど、互いに信頼関係があるから。

「何か思うところがあるのでしょうか」

「ルイーナも知らぬのか？」

「何も聞いていません。ウィリナやレイも同じかと」

「そうか。今は認めるわけにはいかぬのだ」

「以前仰っていた、例のき…ですか？」

「そうだ。國籍不明者がり込んでいると暗部が報を得た。王都に目的不明の不遜な輩が潛んでいるとすれば、リスティアを外出させるわけにはいかん」

攫われでもしたら、目も當てられない。

「理由を伝えればよろしかったのでは？」

「ちゃんと伝えている」

「え？」

「現狀の危険を伝えているのに、「外出させろ」と駄々をこねているのだ。こんな我が儘は初めてかもしれん」

「それはおかしな……」

「緒不安定にじているのだが、俺には理由がわからない」

リスティアには、何か理由があるのかしら…？

最もあり得そうな理由は、ウォルトが王都を訪れているということだけれど、過去にも數回王都を訪れていると聞いた。

そんな時でも、リスティアが我が儘を述べたことはない。特別な理由があれば別でしょうけど。

「とにかく、しばらくリスティアには監視を付ける」

「それがよろしいかと」

★

部屋に戻り、ベッドに寢転んで天井を見上げる。

…こんなは初めてかもしれない。

むしゃくしゃして、全てを投げ出したい。この城から抜け出して、誰も自分のことを知らない場所で、好きなことをして好きなように生きてみたい。

そんなことを、ここ一週間ずっと考えてる。

何があったわけでもない。いつも通りの生活を送っていた。不満に思うことが起こったわけでもない。ただ、お父様やお兄様達の言うことが全て腹立たしく聞こえて、口を開けば文句を言いたくなるけど。

唯一の不満といえば、アイリス達にウォルトが會いに來たときに、私も會いたかったことくらい。でも、そんなの初めてでもないし、頻繁に會えないことは理解してる。

ウォルトからもらったペンダントに『霊の加護』を付與すると、部屋一面に満面の星空が映し出される。

しだけ気持ちが落ち著いた。

「會いたいなぁ…」

なんだか疲れた。

気分転換に街に出たいというみも葉いそうにない。お父様から説明されて、事も理解しているから、ただの我が儘だという自覚はある。

「……あぁぁ～～！！もうっ…！！」

大きな聲を出すと、扉の外でカタンと音がした。

見張りがいるんだね。さすがお父様。そして、見張りの人……余計な仕事をさせてゴメンね。

せめて、外には出ないという意思表示をするため、扉に側から鍵をかける。そっとしておいてしいという意味でも。

機の鍵箱を開けて、魔伝送を手に取る。

愚癡をこぼしたくなかったから、ウォルトには連絡してなかった。でも、もう限界！

ベッドに移して布を被り、そっと白い魔石にれる。

『久しぶりだね、リスティア』

し待つと、優しくささやく聲が屆いた。

ウォルトは、私の部屋から男の聲が聞こえたと噂がたったらよくないと、いつも小さな聲で語りかけてくれる。

これだけで気持ちが落ち著いた。

私も小聲で返す。

「ウォルトと話したくて。夜遅くにゴメンね」

『大丈夫だよ。夜中でも朝方でも気にしなくていい。寢てたらゴメン』

「ふふっ。そんなの、寢てて當然だよ」

『リスティア……何かあったのか？』

「なんで？」

『聲に元気がない。ボクは耳には自信があるんだ』

凄いなぁ…。離れててもわかってくれる。

「魔法にはないのに？」

『ボクの魔法は、ありふれてるからね』

「それに、「ボクは親友だからわかるんだ」の方が格好いいよ」

『格好つけるのは苦手だよ』

とってもウォルトらしい。

「あのね。他もない話なんだけど…」

そこから、今の心境を吐した。

言い様もない焦燥に駆られていて、自分の気持ちすらよくわからない狀態で、緒不安定であることを。

城から逃げ出したい気持ちや、苛立ちを隠さず打ち明ける。ウォルトは時々「うん」と相槌を打つだけで、靜かに話を聞いてくれた。

「…というわけなの」

『そうだったんだね。教えてくれてありがとう』

「心配かけると思って、愚癡を言いたくなかったの。でも、我慢できなかった」

『我慢なんてしなくていい。こんな時のために魔伝送があるんだ。幾らでも話してしい』

「ありがと」

優しい親友を持って、私は幸せ者だ…。

「ウォルトに……會いたいよ」

また、困らせるようなことを言ってしまった。これ以上、むのは我が儘なのに…。

ウォルトは優しいから、答えに困るはず。

『じゃあ、目を瞑って十秒數えてくれるかい？ボクの魔法を見せるよ』

予想外の答えが返ってきた。

「ホントに？そんなことできるの？」

『初めて挑戦するんだけど、功する自信はある』

「それは見たいなぁ…。目を瞑ればいいの？」

『そう』

意味がわからないけど、言われた通り目を瞑って十秒數える。

ゆっくり目を開けて、ウォルトに語りかけた。

「數えたよ。これでいいの？」

「いいよ」

…魔伝送ではなく…背後から聲が聞こえた。

布を剝がして聲がした方を見ると、ウォルトが微笑んでいる。

「うそ……。本……？」

「本だよ。これがボクの見せたかった魔法。上手くいって良かった。驚いてくれた？」

ニャッ！と笑う。

……本だ。

「ウォルト～～！！」

しゃがんだウォルトのに飛び込む。首に抱きつくと、いつもの皮の。

涙が溢れる。

「うっ…うぅ～～！」

ウォルトはいつものように、溫かい掌で頭を優しくでてくれる。

「泣きたいときは、泣いて良いんだ。我慢すると、余計に辛くなるからね」

「うぅ～～！うぅ～っ！」

私が泣き止むまで、何も言わずに抱きしめたまま背中をさすったり頭をでてくれる。

「…はぁ～～！！もう大丈夫！泣くだけ泣いたよ！！」

「そっか」

そっと手を翳して、私の瞼を治癒してくれた。腫れていたのにあっという間の出來事。

「ふふっ。これでセクシー？」

「まだまだ遠いかな」

「ひどい！たまには褒めてよ！」

「リスティアに気をじたら、危ない獣人だって」

「あと三年だからね！三年後には悩殺するから！」

久しぶりの下らない會話が楽しい！

……あっ！！見張りがいるんだった！

「ウォルト…！ごめん…！走しないように見張られてるの…！大きな聲を出したから、人が來るかも…！」

「小聲で話さなくてもいいよ。部屋に『沈黙』を付與済みだから、誰にも聞かれてないはず」

「さすがだね！」

十秒數えてる間に付與したとみた。私の行を先読みしてるんだから！

「ところで、どんな魔法を使ったの？…っていうか、何処にいたの？」

「もちろん森の住み家だよ。空間魔法の『次元』を使って來たんだ。リスティアの魔伝送と繋げている魔力を辿って、空間の切れ目からね」

「うん。言ってる意味がわからない」

いつものことだけどね！超絶魔導師の親友を持つと、驚かされてばかり！

「初めてだったけど上手くいったのは、リスティアのおかげだよ」

「なんで？」

「できる自信はあったけど、実際にやるには勇気がいる魔法だから、親友に會いたい一心で功した」

「私が魔法の功に一役買ったってことだね！」

「そうだね。それに、これでリスティアのみも葉えてあげられるかもしれない」

「私の願いって？」

「お忍びで外出したいって言ってたろう？もっとボクの魔法が上達すれば、バレずに自由に外出できるかもしれない」

冗談みたいに言ったのに、覚えててくれたんだ…。しかも、ただの夢語だったものが、一気に現実味を帯びてる。

「……もう！ウォルトの魔法は最高っ！」

「大袈裟だよ。そういえば、あげた星空を見てくれてたんだね」

「いつも見てるよ！落ち著いて眠れるの！」

それから、私はウォルトと話した。

會えなかった期間のことを、お互いに語り合って笑ったり驚いたり忙しい。

いつの間にか、漠然とした不安も苛立ちも消え失せている。

「私ばっかり話してゴメンね」

「大丈夫だよ。もっと聞かせてしい」

「甘えさせるね～！」

「ボクにできるのは、これくらいだから」

「…ねぇ、ウォルト」

「なんだい？」

「…私を……城から連れ出してしいと言ったら、どうする？」

私は…何を聞いてるんだろう？

「連れ出すよ。どんな手段を使っても」

「即答だね。罪人として追われるかもしれないよ？」

「そうかもしれないけど、ボクは思うように行する。ただし、リスティアにも覚悟は必要だ。どんな結果になっても後悔しないなら、いつでも連れ出す」

「今すぐにでも？」

「もちろん」

「逃げ出すなら……死なば諸共の覚悟がいるよね」

「それが親友らしくて、格好いいんじゃないか？」

『當然だニャ』とか言いそうな顔で笑う。

「私にとっては、最高に格好いい最期かも！逃避行の末に、親友の腕の中で死を迎える元お転婆王…。悲劇のようで喜劇…。いいね！」

「あははっ。良くないよ。ボクはどんな手段を使っても逃げ切るつもりだから、それは最悪の場合だ」

「もし逃げ切れたら、ずっと一緒に暮らしてくれるの？」

「もちろん。知らない國の山奧になるかもしれないけど、生きてる限り君を守るよ」

私が聞いてるのはそういう意味じゃないけど……ま、いっか！

そうなれば、ウォルトは私だけの騎士。これ以上ない幸せ。

「凄く心が軽くなった。今、城を抜け出したら負けだね！」

「何に？」

「自分にだよ！まだ死ぬ覚悟もできない！」

「そっか。ボクからリスティアに言っておきたいことがある」

「なぁに？」

「君はカネルラの王で、地の霊にされた者。でも、人の子だ。勝手な振る舞いは許されないのかもしれないけど、ボクは知ったことじゃない。君の選んだ道を信じる。助けが必要ならいつでも言ってほしい」

……もう！また泣かそうとする！そんなつもりがないのは、わかってるけど。

森で師匠を待ちたいと言ってるのに、ここまで言ってくれる気持ちが嬉しい。

「ありがと！ウォルトも驚くお願いをするかもだけど！」

「何をするかわからないところも、リスティアの魅力だからね」

「ところで、私が地の霊にされた者ってどういうこと？」

「ボクの知り合いから聞いた話なんだけど…」

どうやら、カネルラの地の霊にされた存在として、王族に加護の力を與えられているらしい。力を貸すから、この地を治めてしいと。

王族なのに初めて聞いた。けど、ウォルトは噓をつかない。霊の友人がいるという非常識も、ウォルトならでは。

「リスティア。ちょっと來て」

「なぁに？」

窓際に立って、並んでこっそり中庭を眺める。走防止のために外にも見張りがいるからね。

「あの木をよく見てて」

「うん」

ウォルトが指差した木を見ると、風もないのに一本だけ揺れ出した。明らかにおかしい。

「どういうこと？」

「あの木にも霊が宿ってるんだ。し揺れてしいと魔法でお願いしてみた。大切にしてあげてしい」

「霊じゃなくても、私達は切ったり傷つけたりしないよ。信じてたけど、実際に見ると驚きだね！」

「遠目だけだと失禮だから、帰る前に挨拶していこうかな」

「そうなの？魔法で帰らないの？」

「今のボクは魔力がほぼない。ここに來るのに、九割方使い切ってしまった」

「そんなに魔力を使うんだね」

「だから、今は魔法を見せてあげられないんだ」

それも當然だと思える。空間移なんて、とんでもない魔法に違いないから。

「でも、気にする必要は無いんだよね。ウォルトは好きでやってるから」

「そうだよ」

『わかってるニャ！』と言いそうな顔。

「いつも來れないのは理解したよ！」

「今日は何の準備もしてなかったからね。今後は対策を考えておく」

その後も満足するまで話して、ウォルトは魔法で姿を消して帰った。「トイレに行く」と部屋を出た私に付いていく形で、誰にも気付かれず中庭経由で城を出た。

「泊まっていけばいいのに」とうと「さすがにこの部屋に泊まるのはダメだよ」って苦笑いして斷ったのに、ちょっとだけ添い寢してくれた優しさが嬉しい。

セクシーじゃないと言う割に、添い寢をするとウォルトの心臓の鼓はほんのし速くなる。ちゃんと私をとして見ているという矛盾。

言葉なんてなくても伝わるんだからね。困った親友だ♪

★

明くる日。

再び寢室を訪ねてきたリスティアは、自分の苛立ちをぶつけてしまったことをナイデル様に謝罪した。

「お父様！昨日はごめんなさい！暫くは外出したいって我が儘は言わないから安心して！」

「そうか。気にしてない」

「良かった！じゃあね！ご機嫌よう！」

「こら！扉を閉めていけ……ふぅ…」

私が扉を閉めに向かおうとすると、ナイデル様は手で優しく制して自分が向かう。

「たった一日で、あぁも元気になるか。不思議だ」

「如何に聡明であっても、まだ子供です。反抗期でもあるかと」

「ルイーナにもそんな時期があったのか？」

「ありました。鳥籠に閉じ込められているかのようにじて、広い世界に飛び出してみたいと…幾度か思いました。當然、実行できようもありませんが」

「そうか。俺には無かったように思う。そんな暇などなかったのもあるが」

ナイデル様がい時分から、先代國王様は調を崩されていた。だから、時機を逸しているのかもしれない。

「なんにせよ、あの子が元気ならばそれでいい」

「はい」

これは、私の勘であるけれど、リスティアの様子からして高確率でウォルトが一枚噛んでいる。

たった一晩……いえ、數時間しかないのに、城にもいない獣人に何かできるのか…？などと思案したところで、彼は規格外の魔導師。予測できるはずもない。

リスティアに関しては、私達にできないことを簡単にし遂げてしまう。家族ではなく、親友にしかできないことを。

「ナイデル様。此度のこと、誰かの助力によりリスティアが復調したとするならば、どう思われますか？」

「當然、禮を述べねばなるまい」

「そのお言葉、お忘れ無なきよう」

「うむ？」

私にできる禮はこのくらい。

おそらくだけれど、あの子の母としてお禮を伝えたい。

ありがとう、ウォルト。

「何もしていません」と貴方は笑うのでしょうね。