《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》34話 ラキの村(イアン視點)
イアンはイザベラのように箒(ほうき)で飛べないから、泥沼を歩かねばならない。泥の上に二枚の板を互に置きながら、ピョンピョン飛んで渡った。軽なラキは足をほとんど汚さず、泥の上を跳ねている。目の端に映るラキが消えたり、姿を現したりしているのは面白かった。泥の上についた足跡や空気のきで、イアンには居場所がわかるのだ。
──カッコゥと同じなのか。姿を消せるなんて便利な能力だが、力の弱い小人にしかできないんだろうな
泥濘地を抜けると、だだっ広い荒れ地に出た。暗い中、荒漠とした大地を進むのはあまり楽しいものではない。ときおり、痩せた木が亡霊みたいにぼんやり立っているのは不気味である。風に揺られて、ギシギシ鳴くのは耳障りだ。
だから、淡いを放つカラフルな巨大食植の森に著いた時、イアンは心踴らせた。赤や黃、橙(だいだい)、ピンク、青、紫……闇の中、発する彼らはしい。以前、晝間に見た時は発してなかったし雰囲気がちがった。草たちはうごめいており、意志を持っているかに見えた。
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イアンが前に立ったとたん、彼らはサワサワとめき立ち、を點滅させた。
──王だ
──エゼキエル様よ
──すてき
囁く聲がイアンの耳腔を心地良く揺らす。草たちは首を垂れ、道をあけた。
「ははは。俺のことを王と思ってるのか? 俺って、どこへ行っても人気者だな」
草たちのなかにはひれ伏す者もいて、イアンはなんだか申し訳なくなってしまった。
「おい、顔を上げろ。そんなに恐されてしまっては俺だって困る。俺は王じゃないのだし」
「グギグギグギャギャ」
「ラキ、なんて?」
「イアンサマ、ツヨイ。オウサマトオナジ」
ラキの代わりに、肩の上のダモンが答えた。ダモンに妖族の言葉などわかるはずもないのだが。
「ふっ……まあ、おまえらがそう言うなら……でも、噓はよくないな。俺はイアン・ローズ。魔王エゼキエルので魔人となった」
そう言うと、草たちはようやく顔を上げ、親しげにイアンのにれてきた。
袋の形をしたウツボカズラが順番に発しながら、澄んだ音を響かせる。ハンドベルみたいに可らしい音だ。筒狀のサラセニアが笛の音を奏でれば、それに合わせてハエトリソウが真っ赤な口を開ける。開閉音は時計の音のよう。カチカチとリズムを刻んだ。他の花たちも音に合わせて花弁を閉じたり、開いたりし始めたので、イアンも楽しくなってきた。
「歓迎してくれてるのか? 手ぶらで來てしまって申し訳ない。さっき釣った魚を持ってくればよかった」
小さな花たちがキャッキャッ言いながら、イアンの足元から肩へよじ登ってくる。イアンの肩はたちまち満席となった。
……そんなじで、退屈することはなかったため、イアンにはどれぐらいの時間が経っていたかわからなかった。実際には凄い距離を移したのかもしれなかった。草花たちに囲まれていたため、どこをどう歩いたかなんて思い出しようもない。
食植は一所に留まることなく、き回っている。景が常にいているというのは奇妙な験だった。彼らが蟲食いのような効果をもたらしている気もする。
気づくと、イアンは大きな巖山の前まで來ていた。巖山にはたくさんのが空いており、ラキとそっくりな緑のをした小人が出りしていた。ものづくり産業が盛んなのかもしれない。どこからかカンカンと金屬を打ち鳴らす音が聞こえる。鋳を叩く音だ。
「ここがラキの村か」
言ってからイアンはを強ばらせた。強い魔力をじたのである。花たちがポトポト、イアンの肩から飛び降りた。
「グギグギ、ギャンギャン!」
ラキが興してび、小人たちがわらわらイアンのもとへ走り寄ってきた。さっきの草花たちより激しい歓迎だ。足元に縋って涙を流されたり、ベタベタをられて、イアンはびっくりしてしまった。
「メズィーア、ギョ、メズィーア……」
しきりにメズィーアを繰り返しているが……
「イアンサマ、タスケテクレル、イッテル」
「ダモン、言葉がわかるのか?」
ダモンは小首を傾げている。だが、ニュアンスはダモンの言っていることで間違いなさそうだ。
「メズィーアというのはメシアのことか。すまぬな。俺はメシアじゃない。サウル(サチ)は俺の友達だけど」
イアンがサウルの名を出したことで、小人たちはいっそう沸き立った。
「ザウル、ザウル!!」
「ザウーーール!!!」
ギャアギャア騒ぎ始めたので、イアンは戸った。
「いや、俺はサウルじゃなくて、サウルは俺の友達だけど……てか、今そのサウルを探してんだよ! 俺はエゼキエルの……あー! もういいや、めんどくさい! おまえら、なんかわかんないけど困ってんだろ? 俺が助けてやる!!」
イアンは小人たちに腕を引っ張られ、巖山の真ん前までやってきた。強い魔の気配はこの巖山の中からだ。小さなからはがれている。のぞいてみると、壁に松明がかけられてあった。
イアンは怖い知らずだ。何も考えず突っ走る。導かれるまま、の中へろうとした。すると、別ののほうから聲が……
「おや? 騒がしいと思ったら、來客かしらん? だーれ??」
聞いたことのある聲。し低めのの聲だ。聲だけ聞いたら、いやに艶っぽい。巖山の下で待っていた食植たちが小さな悲鳴をあげて散っていった。イアンは冷や水を浴びせられたようになる。
そこにいたのは下半がカラスの。アイローにそっくりなクロチャンだった。サチをさらった張本人が今ここにいる。
「お、おまえっ!! こんな所にいたのか!?」
「ん? だぁれ? 私の知ってる子? いやに人間臭いんだけど、人間??」
「ええい、黙れ、黙れ! 前に會った時ビビってたのは、不意打ちだったからだ。今はおまえなんか怖くない! この、わるものめ!!」
イアンは足場の悪い巖山から地上へ飛び降りた。クロチャンはすぐにその場をこうとはせず、首をひねってイアンを見下ろす。片手に持っていた半食べかけの小人族をポイッと捨てた。
哀れな小人族は地面にゴロゴロっと転がり、イアンの足元まで來た。背に棒を一本、それに手足をくくりつけられているため、全が真っ直ぐピンとしている。足をつかめば、串刺しと同じように食べられるというわけだ。半食われた小人族はまだ生きており、苦しげにいでいた。
「もうー、ゴブリンは食べ飽きた。こいつら、手先が用で道作りが得意らしいんだけど。あたくしにとっては奴隷と食用にするしか、たいして用途がないのよね」
「ここにいる小人族……ゴブリンって言うのか……ゴブリンは俺の仲間だ! 勝手に食うんじゃない!!」
イアンは腹をグルグル慣らしながら怒鳴った。空きっ腹のうえ、見上げている狀態では迫力に欠ける。上から見下ろされるのは嫌いだ。早く下りてこいと、イアンは指で合図した。
「あなた人間?……そんなわけないか。なんだか、変わった子ねぇ」
クロチャンは下りようと思ったのだろう。真っ黒な翼をバサァッと広げた。離れた場所からでも圧倒される。強き者はいつもそう。振る舞いだけで被食者が逃げ出す。イアンの肩の上で、ダモンがこれでもかってぐらいを小さくした。
しかし、クロチャンは下りてこなかった。直前で思い直したのだろう。
猛烈な速度で飛んできたのは黒い鏃(やじり)。イアンは抜刀し、薙払おうとした。
──くそ……なんて速さだ。全部は避けきれない
避けきれなかった鏃はイアンの上腕を削った。
「いったっ……」
普通に刃で傷つけられた時とは全然ちがう。熱いし、痛みはの中樞にまで響く。シューシュー音を立て、斬られた所から黒い煙が昇った。
「あら? 避けられたとは。やっぱり、人間じゃない?」
クロチャンはトンと巖場を蹴る。ふわり、イアンの前に舞い降りた。一つ一つのきに無駄がない。普通の人間の目では瞬間移したとしか見えないだろう。
クロチャンは上から下までイアンを舐めるように観察した。この目つきは的なものをはらんでいる。イアンはアイローを思い出し、ゾッとした。好きは魔人には発しないのだ。同に発されたみたいな気持ち悪さがある。
よく、アイローもイアンを好な目で見てきた。敵將を連れてきたら、キスをしてくれと迫られたし。じつはあの時、いつ押し倒されるのではないかと戦々恐々としていたのである。しかもその後、アイローはイアンの人のライラを殺してその首を自分に付けている。アイローをアキラが倒した時はホッとしたものだ。
「ジロジロ見るんじゃない。俺はおまえみたいな魔人のは嫌いなんだよ。扱いしないからな」
「魔人のと寢たことないからそんなこと言うんでしょう? 教えてあげようか?」
「う……そういうとこだよ。獣じみてる。俺はそういうの萎えるから」
「ふぅん。面倒くさいのねぇ……まあいいや、無理矢理すればいいことだもの。事があってこんな蔵にを潛めて、最近ゴブリンしか食べてないのよ。ちょうど良かったわぁ」
目をギラつかせるクロチャンをイアンはにらみ返した。乾いた八重歯を舐め、気持ちは完全に切り替わる。互いに獲として認識した。
ダモンが肩から飛び立つ。戦いの始まりだ。
平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)
時は2010年。 第二次世界大戦末期に現れた『ES能力者』により、“本來”の歴史から大きく道を外れた世界。“本來”の世界から、異なる世界に変わってしまった世界。 人でありながら、人ならざる者とも呼ばれる『ES能力者』は、徐々にその數を増やしつつあった。世界各國で『ES能力者』の発掘、育成、保有が行われ、軍事バランスを大きく変動させていく。 そんな中、『空を飛びたい』と願う以外は普通の、一人の少年がいた。 だが、中學校生活も終わりに差し掛かった頃、國民の義務である『ES適性検査』を受けたことで“普通”の道から外れることとなる。 夢を追いかけ、様々な人々と出會い、時には笑い、時には爭う。 これは、“本來”は普通の世界で普通の人生を歩むはずだった少年――河原崎博孝の、普通ではなくなってしまった世界での道を歩む物語。 ※現実の歴史を辿っていたら、途中で現実とは異なる世界観へと変貌した現代ファンタジーです。ギャグとシリアスを半々ぐらいで描いていければと思います。 ※2015/5/30 訓練校編終了 2015/5/31 正規部隊編開始 2016/11/21 本編完結 ※「創世のエブリオット・シード 平和の守護者」というタイトルで書籍化いたしました。2015年2月28日より1巻が発売中です。 本編完結いたしました。 ご感想やご指摘、レビューや評価をいただきましてありがとうございました。
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