リオンさん、クーガーさんによる親子喧嘩が繰り広げられた次の日。

約束通りリオンさんが住み家を訪ねてきてくれた。結局昨夜はフクーベに泊まったらしい。

「クーガーは、二日酔いで潰れている。アイツは、ケンカだけでなく酒も弱い。言うことすこと口ほどにもない娘だ。ウォルトにはすまないことをした」

「何がですか？」

「せっかく泣かせたアイツを抱きたかっただろ？」

「そんなこと思ってません」

ボクにそんな嗜好はない。親なのに、無茶苦茶言うなぁ…。

「グワハハ！！冗談だ。そんなことより、獣人の力について教えてくれ」

「はい」

まず、力を纏って視認してもらう。これは、獣人でも見えるよう魔力で模倣したもの。

「面白い。俺達はこんな力を纏っているのか」

「治癒魔法を使える者にしか見えないようです。リオンさんはこの位、ボクはこの位の量を備えています」

量を増減して見せる。

「差は大してないように見えるな」

「るとなれば全然違います。これでも數倍の差があります」

「ほぅ。で、どうすればれる？」

「まず、マードックにも伝えた方法でやってみましょう」

「頼む」

リオンさんの背中にれて、の力を作する。量が多いので楽だな。

「ぐうっ…！？なんとも気分が悪いっ！」

「この覚で力をかします。ボクの合図に合わせて、自分で作する覚を摑んで下さい」

「わかった」

何度も繰り返していると、リオンさんは汗をかいてきた。弱音は吐かないけれど、やはり辛そう。

「し休憩しましょうか？」

「いや。まだ続けてくれ。何か摑めそうな気がする」

「わかりました」

リオンさんが汗だくになるまで続けた。

「ちょっと摑んだ気がする。やるから見てくれ。…ハァァ！！」

気合いと共に、微かに力が流れた。

「どうだ？」

「きました…。凄いです…。マードックもこんなに早くはなかった…」

「々考えているからな。アイツは人の話を聞かずに、反抗してばかりだろ。ところで、この力を使うと実際どうなるかじたいんだが、可能か？」

「できます」

毆りたいと言うので、リオンさん自の力を作して拳に集中させた。

「ウォルト。お前を毆らせろ」

「わかりました」

やっぱりマードックと同じなんだな。予想はできたけど、一応木人もあったりする。

一応あるんだ。

ただではすまない可能が高いので、『筋力強化』を最大限に纏ってからにしてもらお…

「ドラァァァ！」

「ぐうぅっ！！」

完全に纏う前に毆られた。

辛うじてガードしたけど……また骨が折れたな…。しかも、この痛みは両腕…。とにかく『治癒』だ。

「…加減しているのに相當な力だ。これは……もはや革命だぞ…」

手加減していることのほうが驚き。

「俺の絶対量で、何回使える？」

「今の威力なら、三回はいけると思います。鍛えて何処までいけるのかは、ボクにもわかりません」

「この歳で…新たな力を手にれる可能があると思うだけで、昂ぶって仕方ない！ガハハ！まだやるぞ！に覚えさせねば！」

リオンさんの向上心は見習うべき。

「しかし難しい…。イライラするな」

「マードックもそうでした。魔法の修得もそうですが、ひたすらコツコツやるしかないです」

「それが無理なら覚えられない、というわけだな」

「はい」

「慣れると、お前のように相手にれずとも吹き飛ばすようなことができるのか？」

「できます。そして、ボクはこの力を使って獣人にしかれない魔法を編み出すつもりです」

「獣人のみが扱える魔法か…。想像しただけでが沸く」

「死ぬまでできないかもしれませんが、目標なんです」

「できると信じてやれ。できないと思えば、何一つできん。そんなもんだ。あと、試したいことがある」

「なんですか？」

リオンさんの要を聞いて、ボクも気になった。早速やってみよう。

「いくぞ」

「いつでも」

「ドラァァァ！！」

リオンさんの全力の拳を『強化盾』でけ止める。

すると…弾かれることなく『強化盾』にヒビがった。

「これは…新発見です」

「どうやら対魔法の効果があるようだな。…一つ思いついたことがある」

「何ですか？」

★

「とりあえず腹が減った」というリオンさんに料理を拵えて、共に食事する。

「リオンさん。思いついたことって？」

「力の使い道じゃないが、過去にこの力を使っていた獣人がいるんじゃないかと、ふと思ってな」

「過去に…？」

「圧倒的な力で、數多の戦場を駆けた獣人の英雄。知っているだろう？」

…まさか

「フィガロだ」

「フィガロが獣人の力を…」

その可能は……充分ある。

以前、マードックと話していたとき引っかかったのはこれだ。フィガロの並み外れた強さの原力が、獣人の力である可能。

銀狼のギレンさんも言っていた。「フィガロの皮は炎で燃えたし、雷で痺れもした。けれど、構わずに向かってきた」と。

魔法耐を向上させることに力を使用すれば、魔法や狼吼にも耐えるだろう。化けのような能力も説明がつく。

「フィガロは俺達の憧れ。獣人離れした力を持った異次元の獣人だが、この力を自在にったとすれば納得がいく。むしろ、可能大だろう」

「確かに…」

一どうやって會得したのか。どうやって力のことを知ったのか。々な疑問が浮かぶけれど、答えはわかりようもない。

「仮にそうだとして、俺はしている」

「ですか？」

「この力を自在にるまでに、フィガロはどれ程の努力を重ねているか。たった一日ではあるが、それをを以て知った。変わらず…いや、今以上に尊敬に値する獣人だ。生まれつきれるのでない限りはな」

「まさしくそうですね」

誰より力に恵まれていたとしても、磨き上げなければ強くなどなれはしない。もしかすると、フィガロは求道者だったのか？そうだとしたら、凄い獣人だ。

「そんな仮説も、お前に習ったからこそ思いついた」

「ただの偶然です」

「フィガロは、お前以前の……獣人初の魔法使いだった可能もある。もしそうなら、先祖みたいなものだ」

「恐れ多いですが…そうなら嬉しいです」

い頃から憧れているフィガロが、獣人の魔法使いだとしたら昂る。ただ、フィガロはその一つで數多の敵を蹴散らしたと言い伝えられていて、魔法の類をった事実は確認できない。

つまり、仮にそうであったとしても、力を強化や耐強化のみに特化していた可能が高い。元來の能力が優れていれば、魔法のようなり方は小細工にじるかもしれないな。

「お前は、既にフィガロの境地に足を踏みれた」

「何故ですか？」

「力を自在にっているだろう。強さは違えど、フィガロと同じことをしている」

「まだまだ未者です」

「長して追い抜け。獣人の力を使えるのも、使い方を教えることができるのも、この世でお前だけだ」

「そんなことない気がしますが」

「他にそんな獣人がいるなら、世界中で話題になってる。獣人は自慢好きな種族。そして、噂というのは広まるのが早い。そうだろう？灼熱のサバトよ」

ニヤリとボクを見てくる。

「リオンさんも知ってるんですね…」

「グワハハハ！隣國まで聞こえてきた！お前達が武闘會で力を示したと聞いたときは、最高の気分で酒が進んで仕方なかった！」

喜んでくれたのは嬉しいけれど、やっぱり噂は怖いなぁ…。知らぬ間に何処までも伝播する。そして、わかる人にはバレる。

マードックとエッゾさんと組んでいて、白貓の風からボクがサバトの中だと連想したに違いない。

「負けるつもりはなかったんですが、噂になるつもりもなかったんです」

「気にするな。噂はお前のことを正確に表していない。戯れ言の範疇だ」

「そうだといいんですが」

「サバトの正についても、このままなら誰にも真実不明のまま時が過ぎる。それこそフィガロのように」

「誰の記憶にも殘らず、忘れ去られるのが理想です」

「それは無理だぞ」

「えぇっ？！」

「絶対に無理だ。命を賭けてもいい。お前がやったことは、カネルラの歴史に殘る。俺はお前達の闘いを見ていないが、見た者の心に深く刻まれたと言い切れる」

「珍妙な見た目で目立っただけなんですけど…」

「目立って何が悪い。それと、俺はお前が言う【獣人の力】を、今後クティノスと呼ぼう。グワハハ！」

「それは…」

ボクが付けたマードック達と組んだパーティー名。

「いい名だな。お前には名付けのセンスがある」

「マードック達にも褒められました」

「俺も、もっと若ければお前達と組んでみたかった」

ボクもそう思う。年齢など関係なく、リオンさんから學ぶことは山ほどあるに違いない。

「マードックからキリアン攻略にわれてます。エッゾさんもです。その時は、リオンさんも一緒に行きませんか？」

「お前達とキリアン攻略か。面白そうだ」

「アイツは、獣人だけで何処までいけるか試したいと言ってました」

「グワハハ！いい…。お前らは、期待通りの獣人だ。最高峰のダンジョンに獣人だけで挑む。心躍る行為だが…高確率で死ぬぞ」

「冒険はそういうものだと思ってます。ボクらは、誰が死んでも人のせいにしたりしません」

「俺もえと言っておく。それまでに、この力をれるようにならんとな」

リオンさんが満腹になったところで、修練を再開する。

「ウォルト。お前がるクティノスの最大威力を見せてくれ」

「大した威力ではないですが、いいですか？」

「俺の力を吸収して放て。できるんだろ？」

「できます」

昨日の闘いを見て気付いたのか。勘が鋭い。

「要は、俺の力を俺自がじたい。現時點で、どの程度の威力があるのか」

「わかりました。では…」

リオンさんに、腕をの前で差してガードの姿勢をとってもらう。ボクはリオンさんの力を吸収して、差した腕に対面から掌を添える。

「その態勢からでいいのか？」

「純粋な力の威力をしてもらうには、このやり方が最善です。毆ったりしたら、違う威力も加算されます」

「そうか。頼んだ」

「いきます」

ぐっと踏ん張ったことを確認して、吸収したリオンさんの力を掌に集め…魔力弾のように放つ。

「グウゥゥゥッ…！！」

吹き飛ぶことはなく、踏ん張った足裏が地面を削りながら後方へと押され、やがて止まった。

「これがリオンさんの包する力です」

「……痺れた。腕が両方イッたな…」

「直ぐに『治癒』します」

『浸解析』すると、骨にヒビがっている程度。ボクなら魔法で強化しても完全に骨が折れて後方へ吹き飛んでいる。耐久の高さが羨ましい。

リオンさんはその後もひたすら修練を続けて、夕方に住み家を後にした。

★

フクーベ。場末の酒場にて。

「よぉ。リオンさん。元気だったかよ」

「あぁ」

ウォルトの住み家を離れたあと、マードックを呼び出して飲むことにした。

「なんか言いてぇことがあるツラしてんな」

「よくわかったな」

「俺の直ってやつだ！ガハハハ！」

ふっ…。生意気な奴だ。

「ウォルトに、力の使い方を教えてもらった」

「そうかよ。で、やれるようになったか？」

「習ったのが今日だ。全然わからん。お前は？」

「まだだ。前に進んでんのかもわかんねぇ」

「だろうな。アイツはとんでもない奴だ」

ウォルトは、顔一つ変えず平然と力をる。どんなの構造をしているのか。

「今に始まった話じゃねぇだろ」

「まぁな。お前に頼みがある。キリアンに行くときは、俺もえ」

「アイツに聞いたか。別にいいけどよ、死ぬかもしれねぇぞ」

「その時はその時だ。ビビりながらダンジョンに行けるか！お前の先輩だぞ！グワハハ！」

「言っとくが、まだかなり先になる。それでもいいか？」

コイツも俺と同じで、『力をれるようになってから』と考えているな。

「構わん。ところで、お前らの武闘會での活躍が隣國まで聞こえてきた。詳しく教えろ」

「いいぜ」

マードックから優勝するまでの経緯を詳しく聞く。特に決勝戦の様子を。

「…っつうわけだ」

「噂の通り、相手のエルフはとんでもない奴だったわけか」

「あぁ。俺とエッゾが相手した奴らは、そこまで強かったわけじゃねぇ。けど、あのエルフは相當スゲェ部類だ。あんな魔導師は見たことねぇ」

「ククッ！ソイツに圧勝したと」

「アイツはマジでイカれてやがる。エルフの魔法だけで勝ったんだぜ。笑うしかねぇよ」

「愉快すぎるな。人々に忘れられるのが最善だと言ってたが」

「あんだけ派手にやっといて、何ほざいてんだって話だ」

エルフに魔法戦で勝てる獣人が現れるなぞ、世界で誰一人として予想できなかったに違いない。

いや…。ウォルトの師匠とやらは…。

「お前にもう一つ言っておきたいことがある」

「なんだよ？」

「俺の娘に、ウォルトの子を産ませたい。お前の妹に言っといてくれ。最強の獣人が誕生するかもしれんからな」

「なんだそりゃ？知ったことじゃねぇし、勝手にしろや」

「ほぉ。獣人のくせに、こういうことに堅いからあえて言ったんだが」

「けっ…！アンタの娘じゃ、俺の妹にゃ勝てねぇ。々気張れって言っとけや」

「たいした自信だ。妹想いだな」

「うるせぇ。そもそもアイツが良いとは言わねぇだろ」

「アイツも獣人。のが前に立てば獣になる。それが本能だからだ。強い子供は多い方が良い。お前の妹やアイツの弟子とも、どんどん子を作ればいい。お前も子は山ほど作れ」

「勝手なことばっか言いやがって…。誰もがアンタみたいになれねぇんだよ」

「俺のようになる必要などない。ただ、娘にも協力してもらって、獣人の明るい未來を見たいだけだ。グワハハ！」

「ろくでもねぇ親父だぜ」

「強制はしない。獣人に強制など無意味なのは、お前も知ってるだろ。俺は、娘がウォルトに惚れるのは時間の問題だと思っている。そして、アイツはを泣かせないタイプの男。番としては良いこと盡くめ」

「テメェのことを棚に上げて、急にまともなこと言いやがる…」

「當然だ。我が子の幸せを願わない親がどこにいる？お前だって、妹が変な男に引っかかるのは嫌で、ウォルトならいいと思ってるんだろ？」

「ちっ…！」

直に話して、そして武闘會の話を聞いて更に強くじた。

ウォルトの子種は、獣人がより強く進化する可能をめている。フィガロを超えるような獣人が、何人もこの世に生をけるかもしれないと考えたら……。

「グワハハ！酒が進む！おい、店員！もう一杯だ！」

「ただの楽しげなオッサンかよ」

「お前のおかげだ。謝してるぞ」

「あん？」

「お前がウォルトを紹介してくれたから、俺はこの歳でまだ夢を見ている。初対面から変わらずな」

「けっ…！」

自分が強くなる可能を知り、強い獣人が孫として産まれる可能もある。獣人だけのパーティーが、最高難度のダンジョンで記録を打ち立てる可能も。

楽しまず生きることなど誰ができようか。

とうにが衰え始めている齢五十になって、更なる強さを求めることなど馬鹿げているが、現にできるのはコイツらのお。

「…託すものじゃない。見るものだ」

「あん？」

「こっちの話だ。お前も飲め」

これからも良い酒を飲めるよう生きるだけ。