《【書籍化決定】公衆の面前で婚約破棄された、無想な行き遅れお局令嬢は、実務能力を買われて冷徹宰相様のお飾り妻になります。~契約結婚に不満はございません。~》古文書の意味を読み解きます。

「……イース」

「何だ?」

浴を終えて部屋に戻ったアレリラは、イースティリア様に問いかけた。

「これは、どういう狀況なのでしょう?」

就寢前に古文書に関する話をする、と聞いていたのだけれど。

「何か問題があるのか?」

「明らかに仕事をする姿勢ではないかと」

アレリラは、ベッドに腰掛けたイースティリア様の足の間に座らされていた。

就寢前であれば、最近よくこうした形で話をするので問題はないのだけれど。

「どんな姿勢でも話は出來る」

「それはそうですが」

「夫婦の時間は大切だと考えるが」

「それもその通りだと思いますが」

「必要なことを一度に済ませれば合理的だろう」

言われてみればそうかもしれない。

あまり納得出來ない気はしたけれど、不都合があるかと言えば特にない……強いて言えば、アレリラが落ち著かないという點くらいだろうか。

「ロンダリィズ夫人は」

本當にこのまま古文書に関する話を始めるつもりらしく、イースティリア様の吐息が耳にかかる。

しかしそれをくすぐったく思っていては話が進まないので、アレリラは無理やり意識を手元の書類と話の容に集中した。

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「確実の高い拠として、魔の強大化に加え、竜脈のきと魔力溜まりの移などが古文書と連していることを伝えて來た」

「そうですね」

×××

來るべき災厄。

常(つね)なるは神の巫と聖剣の騎士、慈悲の一滴。

常ならざるは霊のし子、神の祭司、黃龍(こうりゅう)の賢人。

神の竜が群れ集う様(さま)、二粒目の奇跡。

常ならざる者現れし時、大地は警戒を唸り、滅びの足音が響く。

竜を迎え、破邪の銀を孕みし母山、三の恵み。

常ならざる寶庫は、黒き影差す予兆。

常なる、獣ならざるモノ、人ならざる者。

王の名を騙(かた)り在ると知れ。

真なる滅びを前にして、人はそれを魔の王と呼ぶ。

×××

この文章の、前3行は特に疑問に思うこともない點である。

來るべき災厄も、〝の騎士〟と〝桃の髪と銀の瞳の乙〟も、過去と現在においてその事象と存在が確認されているからだ。

「慈悲の一滴、というのは、【生命の雫(エリクサー)】のことですね」

「そうだろう。數字のついているものは、何らかの道を指し示している。二粒目、というのが【復活の雫(フィロソラピドロ)】、三の恵みが【魔銀(ミスリル)】だろう」

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どれも、日常生活よりは魔に対抗する為に重要なものである為、災厄に関する伝承だということを加味すれば、アレリラもその推察に間違いはないように思える。

神の竜、というのは、ヒーリングドラゴンでしょうか?」

「おそらくな。【復活の雫(フィロソラピドロ)】の製には、【生命の雫(エリクサー)】よりも大量のエリュシータ草が必要である可能が高い。大地、神、竜の三つの言葉は連している。それらは、人に手助けを與える神の所業を指し示しているように思える」

ヒーリングドラゴンはエリュシータ草の生育に関わり、大地の鳴は竜脈の唸り……つまり魔力溜まりの移を示している。

「これは先ほど質問を控えた點なのですが」

「聞こう」

「魔力溜まりの移が、【魔銀(ミスリル)】の生に関わっているように読み取れます」

「そうだろう」

「どういう原理なのです?」

魔鉱や、魔薬に使用する水の生に、大地に含有される魔力の多寡が関わっていることは知っている。

けれど。

「鉱というものは、長い時間と圧力により生されるものだと認識しています。それが魔力溜まりの移のみで、急激に増えることなどあり得るのでしょうか?」

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【魔銀(ミスリル)】が他の鉱とは違い、魔導のとして優れていることと、何らかの関係があるのだろうか。

魔導陣を編み込める魔導糸が、絹糸からのみ作り出せるのと同様に。

「最新の魔導理學においては」

イースティリア様は、アレリラの頭に鼻先を押し付け、髪先を指でりながらそう口にする。

「【魔銀(ミスリル)】、金、銀の三種は、自然生の他、魔力の作用によって形される可能があると示唆されている」

「魔力の作用……?」

「數年前のスロード氏の論文だ。目を通したことは?」

「申し訳ありません。おそらく業務に関係したことはなく、私費で手を出せる類いのものではありませんでした」

「では簡潔に説明しよう。そもそも魔導學、とりわけ魔導科學の前となっているのは?」

「錬金學です」

それは貴族學校の授業で習う初歩の部分である。

卑金屬から貴金屬を生する手法の解明、並びに不老不死の実現、そして完全なる叡智(アカシックレコード)への干渉とその端末であるフラスコの中の小人(ホムンクルス)の創造などを目的とした學問だ。

「そこから派生した、卑金屬からの貴金屬生に関わる分野で、スロード氏は名を上げている。【魔銀(ミスリル)】から【聖白金(オリハルコン)】を作り出したのは、その研究が功したからだ」

「それは存じ上げております」

「同様に、彼は【魔銀(ミスリル)】が生される條件についても調査を行い、幾つもの仮説を立てて実証している。その一つが、『土壌への魔力干渉による金銀魔銀の生について』という論文だ。彼は【魔銀(ミスリル)】という質が、そもそも土壌の中で、金銀という貴金屬が変質したものだと述べている」

「……証明されたのですか?」

もしそうであれば、『錬金』という錬金の三大目標の一つに、スロード氏は近づいていることになる。

けれど、イースティリア様は頭を橫に振った。

「確実に再現出來た訳ではない。そもそも人の手によって【魔銀(ミスリル)】を生み出すには、竜脈に匹敵するほどの魔力が必要だが、それは人工的に溶巖流を作り出すに等しい話だからな」

「ですが、信用出來るだけの拠はあるのでは?」

「ああ。【魔銀(ミスリル)】が採掘された際の狀況を可能な限り再現した上で金銀を放置したところ、そのの一つが【魔銀(ミスリル)】に変質したことが報告されている」

「なるほど……」

知らなかった話を聞いて、アレリラはしだけ高揚を覚えた。

世の中に存在する謎が解明される、という話は、知識を刺激されるのだ。

「ですが、その話から何故、材料となる金銀も魔力によって生されると?」

「ロンダリィズ鉱山のような立地で、金銀が採掘された例がそもそもない。またスロード氏の調査によれば、世界各地で観測された不可解な場所での金銀の出土は、全て竜脈近辺で起こっているそうだ」

「だから【魔銀(ミスリル)】だけでなく、金銀自も魔力によって生されている可能がある、と」

「そういうことだ。その証左となりうる報告を、私はもう一つ知っている。君も知っている筈だ」

「……!」

言われて、アレリラは背筋が怖気立った。

「……まさか」

「ああ。ペフェルティ伯爵(・・・・・・・・)が発見した(・・・・・)金山と銀山だ(・・・・・・)」

ペフェルティ領で発見された銀山と、ウェグムンド・ペフェルティ・ダエラールの三領にる金山。

「あの土地から……【魔銀(ミスリル)】が産出される可能があると言うのですか?」

「ウェグムンド領南部で、以前から何度か軽い地揺れが発生していた。あの辺りは竜脈も通っており、元々土壌がかだ。しかし金銀が埋まっているのなら、もっと早くに発見されていてもおかしくはない。だが、発見されたのは最近だ」

「……」

「またペフェルティ銀山はかの領南部にあり、『作の魔薬』工房近くの魔力枯渇が起こった河川の水源は、銀山の橫にある」

「魔力溜まりの移……」

全ての要素が、【魔銀(ミスリル)】の生條件と、古文書にある記述に繋がっていく。

ーーー所有権が、わたくしにある、あの金山、が……。

その価値が、さらに上がる。

アレリラが目眩をじていると、イースティリア様は落ち著かせるように両腕をに回して抱き締めてくれた。

「大丈夫か?」

「正直……手に、余ります……」

「だが、れるしかない。しかし、あくまでもまだ仮説だ。それに」

そこで何故か、イースティリア様が笑いを含んだ聲音に変わる。

「金だけではなく【魔銀(ミスリル)】も採掘されるのなら、君の実家はさらに莫大な利益を得るぞ」

「それは良いことです」

アレリラは一気に落ち著いた。

「もしや、そうなれば実家が陞爵(しょうしゃく)する可能も?」

「そうだな、君も獨自に爵位を賜る可能が高いだろう」

「それは必要ありませんが」

爵位は基本的に領地持ちに與えられるものだが、爵位の保有は複數が認められており、功績の大きさによっては名譽爵位が與えられることもある。

イースティリア様も、幾つかの伯爵位と子爵位を別に保有しており、もし子どもが生まれれば領地の一部と共に譲渡することも可能である。

「わたくしには、侯爵夫人という肩書だけでも手一杯ですので」

「私は嬉しいと思う。アルがウェグムンド侯爵夫人というだけでなく、國家の功労者であると認められれば……帝國全てを敵に回す危険を犯してまで、君を狙おうと思う者は減るだろうから」

イースティリア様の聲音が低くなり、それが真剣な危機を含んでいるようにじられた。

きっと、祖父の出自を考えての話だろう。

「アルが他の何にも代えがたいからこそーーー他者の手や災厄によって君が、帝國が、そしてアルの大切に想う者達が躙されることなど、あってはならない」

「……はい」

どう答えて良いか分からず、アレリラはただ頷いた。

災厄が帝國を襲うのが由々しきことであるというのは、アレリラ自も思うことではあるけれど、それら全てと同じくらいイースティリア様にとって自分の存在が重いと言われると、分不相応であるという気持ちが拭えない。

帝國やアレリラにとって何にも代えがたいのは、イースティリア様のほうだ。

「これまでにない程の災厄……起こることは確実なのでしょうか……」

「楽観的な見方は出來ないだろう。私は、この古文書にある『常ならざる者』についても、一人心當たりがあるからだ。ここまで要素が揃えば、おそらく他の『常ならざる者』も生まれ落ちている可能が高い」

「どなたでしょう?」

祖父やグリムド様だろうか。

あるいは、帝室のどなたかか。

事の本質を見抜き、意識せぬまま最善の行を取り、富と幸運の象徴である〝黃竜の耳〟を持つ人だ」

「……!?」

遠回しな言いだったけれど。

アレリラの頭に浮かんだのは、能天気な笑顔を浮かべる、伝説的な存在とは程遠いふくよかな男の顔だった。

「私がこの地まで足を運ぶ切っ掛けとなった、君との婚姻の影にあり、タイア子爵との繋がりがあり、そして【魔銀(ミスリル)】に関係する可能のある金銀山を発見した。ウルムン子爵とエティッチ嬢を結んだのも、発端は彼の提案だ。この古文書に関連する多くの者の道行きや事象に、意識すらせずに関わっている」

イースティリア様は、冗談を仰っている訳ではないようだった。

ーーー信じ難い。

そう思う気持ちは大きいけれど、事実のみを羅列すれば、それは答えとして正しいようにじる。

「ボンボリーノ・ペフェルティ伯爵。ーーー彼がおそらく〝黃竜の賢人〟だ」

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