《モフモフの魔導師》503 後生一生
「ウォルトさん!お土産です!」
住み家を訪ねてくれたアニカとチャチャが、お土産を持ってきてくれた。
なにやら植木鉢にびっしり生えている草。
「ありがとう。これは…何の植?」
「貓草っていう植らしいです!貓が好んで食べたり、食べなかったりするらしいです!」
どっち?
「アニカさんがギルドで報を聞いたみたいで、安かったし興味があって買ってきたんだけど」
「この森には自生してないと思う。初めて見るけど、香りは…良いね」
とても味しそうな匂いがする。
ボクは貓人であって貓ではないけど、祖先の好の味は気になるな。
「料理にも使えないかと思って!」
「なるほど」
ほんのし生で齧って、味を確かめてみる。人にとっては毒の可能も捨てきれない。
「…おそらくエン麥の仲間かな?サラダに向いてそうな気がするけど、二人の味覚には合わないと思う」
これは、どう調理しても二人が好む味を出せる食材じゃない。
「それでも食べてみたいです!」
「私も」
「わかった。々試してみようか」
貓草を調理して、晝ご飯に添えてみた。
「う~ん…。いまいちです!」
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「味しいけど、そこまでじゃないですね」
「この草は、人が食べるには向かないかもしれない。中々エグ味が抜けなかった。時間を掛けたら何とかなると思うけどね」
ボクは味しいと思う。でも、一般的な食用には向いてない気がした。ただ、もらった貓草を使って試してみたいことがある。
「これでよし。手伝ってくれてありがとう」
「食べてくれると良いですね!」
「そうなったら凄いことですよ」
殘しておいた貓草を、しだけ森に植えてみた。
場所は、以前貓に遭遇したところ近辺で、何箇所かに分ける。もし貓が好むなら、姿を現したときに食べてくれるかもしれない。
「この辺りで一度遭遇してるんだ。元気にしてるなら、また來ることがあるかもしれない」
「いいなぁ。私は猿に會ったことないから」
「ボクも他のに遭遇したことはないよ」
「中々出會えないんですね!」
「會えたら、かなり幸運なんだ。希だからね」
「ほぇ~!もし冒険中に見掛けたら、二人に教えますね!……あっ!」
何か見つけた風のアニカ。
「これは……貓じゃらしですね!」
「貓じゃらし?」
手に持っているのは狗尾草。犬の尾のような形から名が付いたと云われてる穀の穂。
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「これを振ると、貓がじゃれてくれるらしいです!やったことないですけど!」
「へぇ~。それは知らなかった。アニカは博識だね」
「貓については、々と勉強してます!」
アニカが貓じゃらしを振る。
………。
……………。
揺れる貓じゃらし……。もの凄く気になるな…。どうしても目で追ってしまう…。
「ウォルトさん。どうかしました?」
「い、いや…。なんでもないよ」
「噓だね」
ギクッ!
チャチャも貓じゃらしを一本摘んで、ニヤリ…と笑った。
「ほらほら、兄ちゃん」
やっぱりか。予想通り振って見せつけてくる。遊ぼうとしてるんだろうけど、そうはいかない。
「ボクは貓じゃないから、じゃれたりしないよ」
「ふ~ん。気になってるみたいだけど?」
くっ…。読まれてる…。
「ウォルトさ~ん」
「兄ちゃ~ん」
二人して振り始めた。とりあえず、外方を向いてやり過ごそう……と思ったんだけど…。
「ほらほらぁ~!」
「ちっちっちっちっ!」
絶妙に視界ギリギリの場所で貓じゃらしを振ってくる。気になって仕方ない。
こんな時は、『頑固』に限る。
「あっ!『頑固』を使った!」
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「間違いないですね。兄ちゃん、卑怯だよ!」
「勝ち負けじゃないし、卑怯ではないよ」
バレないように使ったのに、勘づかれてしまった。魔力の隠蔽がまだまだ甘い………いや、表や仕草で見抜かれてる可能大だな。
実は、落ち著く効果はほぼなかったりする。これは本能的なもので、やっぱり跳びつきたい。
「なるほど。効果は薄いんですね?」
「やりましょう、アニカさん」
即バレた。の察知が早すぎる。
「も、もうやめよう!貓人にも効果はある!それは認めるから!」
「ウォルトさんがじゃれてくれるまでやりますね♪」
「ですね!」
全く話を聞いてくれない…。
こうなったら……実力行使だ。
「…うっ!?」
「急にが重く…!?」
二人に無詠唱で『鈍化』を付與して、けなくなったところで両肩に擔ぐ。
「揶揄うのはこの位にして、このまま帰ろう。しばらく大人しくしてて」
「くぅ~!躱せなかった!」
「悔しい~!!アニカさん、なんとか無効化できないんですか?」
「まだ無理!めちゃくちゃ難しい魔法だから!」
「そんなに悔しがらなくていいのに。ボクがじゃれて跳びついても、嬉しくないだろう?」
小さな子供なら可げもあるけど。
「やりたかったんですっ!!」
「兄ちゃんはわかってない!!」
「恥ずかしいから遠慮しとくよ」
「この格好も恥ずかしいですよ!抱えられて運ばれるって!」
「魔法を解いてよ!」
「ダメだよ。また貓じゃらしを振るだろう?」
「むぅ…。だったら、ウォルトさんが何かしてくれてもいいのに…」
「兄ちゃんは何もしないですよ。期待するだけ無駄です」
「言ってる意味がわからない」
何かって何だろう?けない二人に悪戯するつもりはない。
「チャチャ!もっと上手くやれば食いついたんじゃないかな!」
「かし方が甘かったですね。まだまだ未でした。兄ちゃんが狂喜舞するかし方を研究しましょう」
「魚じゃないんだから。やらなくていいよ」
なんだかんだ、楽しく會話しながら帰った。
★
數日後。
鍛錬ついでに植えた貓草の様子を確認に向かうと…。
「齧られた痕がある…」
ほんのし、先だけを齧ってる。
アニカとチャチャの話では、貓草は嗜好品らしい。獣の可能もあるけど、もしかしたら食べてくれたのかな。そうだと嬉しいけれど。
それから、度々訪れてみたものの立ち寄った形跡もなく、偶々だったのかもしれないと思っていた矢先、事件は起こる。
「大丈夫かっ!?」
ある日、貓草の傍を通りがかると、傷を負った黒貓が倒れていた。傍に寄っても逃げる気配もない。
傷を診ると、かなり深くて出している。牙や爪で付けられたような痕。薄ら瞼を開いて、辛うじて意識はありそうだけど目は虛ろ。
とにかく治療が最優先。
全力の『治癒』で傷は綺麗に塞がった。『浸解析』して、臓にも出がないことを確認する。
「傷はこれで大丈夫。水は飲めるかな?」
「………」
掌に水を溜めて顔の前に差し出すも、飲もうとしない。けれど、舌先を出しているから飲みたいのだと判斷した。
「ちょっと顔にれるよ」
「………」
顎にれて、そっと水を口に流し込む。ゆっくりだけど、飲んでくれてる。慌てずに、飲めるだけ飲ませた。
し落ち著いたように見えるけれど、を失いすぎたのかけそうにない。このまま放置するという選択はないから、やることは一つ。
「ボクは貓の獣人ウォルト。嫌かもしれないけど、今からボクの住み家に運ぶよ。君を助けたいんだ」
「……」
目を細めてボクをジッと見つめ、ふいっと目を逸らされた。『好きにしろ』と言われた気がする。
抱きかかえても、暴れずに大人しくしてくれてる。抵抗する元気すらないのかもしれない。
とにかく、先のことは住み家で考えよう。
★
「著いたよ。此処がボクの住み家だ」
腕の中にいる黒貓に話しかけても、鳴き聲一つ上げない。
中にって直ぐにベッドに寢かせると、ゆったりしたきで床に降り、丸まって目を閉じた。暑いのかな。
さて、これからどうしたものか…。
かなり出していたから、意識が朦朧としているのかもしれない。とにかく力を戻す必要がある。そのためには、休養と食事が不可欠。
貓の好と云われているものは、勿論知ってる。手早く作ろう。
獣を挽いて熱を通す。栄養がある野菜も、小さく角の細切れに。軽く炒めてらかくしてから、食べやすいようにに混ぜ込んで…と。味付けは必要かな?そこら辺の好みはわからない。
「ご飯を作ってみたんだ。食べれると思う」
完した料理を皿に載せて、水と一緒にそっと顔の前に置いてみると、スンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでる。
しばらく待っていると、警戒しながら一口食べた。しずつ食べる早さが増してる。食はあるみたいで良かった。
「味しいかな?不味かったらゴメンね」
ボクの言葉を無視して、ムシャムシャと無言で食べてくれる。しずつでも回復してくれると嬉しいけど、油斷できない。
綺麗に食べ終えた黒貓は、丸まって目を瞑る。
「お代わりはいるかい?」
「………」
反応がない。
とりあえず要らないっぽいから、ゆっくり眠ってもらおう。それと、しでも早く回復するように『治癒』をに巡らせておく。
居間でお茶を飲みながら思案する。
先祖と云われる貓にもう一度會えたら、とりあえず自己紹介するつもりだった。でも、今回はそれどころじゃない。崇めるとか、気分が高揚するなんてことは微塵もなく、焦ってしまって冷靜さを保つので一杯。
とにかく、元気になって森に帰れたらそれだけでいい。やれることを全力でやろう。
意思疎通が図れているかも怪しいのに、食事にはなんとなく満足してくれたような気がしてる。次の料理も考案しておこう。
目を離すわけにはいかないから、今日の修練は家でもできる魔力作にして、あとは魔導書を読むことに決めた。
貓と同じ場所で過ごせる稀有な時間ということもあるけれど、やっぱり心配だから。
夕方を迎えて、そろそろお腹も空いただろうと夕飯を持って部屋に向かう。直ぐにれるようドアは開けておいた。
「晩ご飯だよ」
呼びかけると耳がピクリとく。
皿を差し出すと、ゆっくり顔を向けてくれる。今度は目もしっかり開いて、順調に回復しているのがわかった。
また黙々と食べてくれる。
何というか……食べる姿を見てると癒やされるなぁ。なんでだろう?
食べ終えた黒貓は、ジッとボクを見つめてくる。
「どうかした?……もしかして…お代わり?ちょっと待ってて」
半信半疑でお代わりを持ってくると、また食べ始めた。
う~ん。嬉しすぎる。
元気になってくれたのも、ボクの作った料理を食べてくれるのも。きっと、一生に一度の経験。食べ続ける黒貓の姿を、靜かに見つめていた。
食べ終えた黒貓は、尾をピンと立ててスタスタと歩き出す。何処へ向かうのか後を付いていくと、玄関のドアの前で立ち止まった。
「外に出たいのかい?今日は、まだやめた方がいいと思うよ。治りきってないんだ」
振り返った黒貓は、ボクを見て鳴いた。
「ニャッ!」
……あぁ、そうか。
「気付かなくてゴメン。用を足したいんだね」
ドアをし開けると、スタスタと出ていく。足取りはしっかりしていて、心配いらなそう。言いたいことが何となく理解できるのは、やっぱり同じ貓だからなのか。
部屋でしても構わなかったのに、貓は賢いなぁ。
暗い森へとっていく黒貓。闇と同化して、ほぼ視認できなくなった。
このまま森に帰ったとしても、それはそれで仕方ない。心配だけど、回復力に優れているのかもしれないし、家が落ち著かないのかもしれない。
そう思っていたけど、し経って戻ってきた。
「ニャ~」
「スッキリしたかい?」
「ニャッ」
住み家にる姿は、家主のように堂々としている。戻ってきてくれたこととその姿に、つい笑みがこぼれた。
「良かったら水浴びしないか?に糊が付いたままだからね。も洗ってあげる」
自分ので皮がダマになってる。気を使ってにれないようにしてたけど、気持ち悪さもじているはず。
これだけ回復すれば、水浴びくらいはいいんじゃないかと思える。もちろん本人が良ければ。
黒貓は立ち止まってボクを見る。
「行こうか。こっちだよ」
一緒にお風呂に向かい、湯船に溜めたお湯でゆっくりを洗ってあげる。
「お湯は熱くない?」
「ニャ~!」
「それは良かった」
どうやら気持ちいいみたいだ。
綺麗に糊を洗い流して、魔法で皮を乾かすと、見事な艶のある並みに戻った。ボクのブラシでを整えてあげると、の辺りをゴロゴロと鳴らす。
やっぱり音が鳴るんだな。
「これで良し。あとは寢るだけだよ」
「ニャッ!」
「じゃあ、おやすみ……って」
足下から離れようとしない。
「ボクと一緒に寢るかい?」
「ニャッ」
付いてきてくれるので、同じ部屋で寢ることに。床が冷たくて気持ちいいみたいなので、ボクはベッドに、黒貓は床で寢る。
丸まって瞼を閉じた黒貓を見つめる。
もう驚きはないけど、獣人にとっては信じられないこと。祖先と云われる存在と同じ部屋で眠るなんて、幸運という言葉で片付けられない。
でも、今日ともに過ごしてボクはじた。
祖先と末裔のように貓と貓の獣人を隔てるものは現実には無くて、この世に同じく生きる者だと。出會いが突然だったから、構えることなく自然に心を通わせることができたと思う。
貓を神のように崇拝していたけれど、実際は誰よりも近しい存在。そのことに気付いた。決して思い上がりじゃない。
溫は溫かくて、ボクらと同じ赤いが流れてる。そして、激しい生存競爭を生き抜いてるんだ。ボクらと何一つ変わらない。それを実できたことが何よりも嬉しい。
「おやすみ」
耳だけをかした黒貓。ボクもゆっくり瞼を閉じた。
★
次の日。
目覚めたとき、部屋に黒貓の姿は無かった。
どうやったのか不明だけど、玄関の鍵が開いていたので、自分で出て行ったみたいだ。
やっぱり賢いな。
外に出て朝の空気を吸い込む。
もう會うことはないだろう。でも、これでいい。同じ世界に生きているだけで、ボクは嬉しい。
「こらっ!あっち行け~!刺すぞ!」
「ニャー!」
ん…?
ハピーの聲と…。まさか…。
離れの方から聲が聞こえた。急いで向かうと、飛行するハピーを捕まえようとしてるのか、黒貓が跳び付いて狙っている。
「あっ!ウォルト!助けて!退避できるルートを上手く塞がれて、素早い上にしつこいの!」
「ニャ~!!」
「ちょっと待ってて」
興気味の黒貓に話しかける。
「蟲人のみんなは、ボクの友達なんだ。追わないでくれないか?」
「ニャ~…」
納得してない風だな。
「ボクでよければ、いつでも遊び相手になる。だからお願いだ」
「……ニャッ!」
「ありがとう」
納得してくれたみたいだ。
「ハピー。もう大丈夫だよ」
「ホントに?…まぁ、いざとなったらマタタビがある!」
確かに、あれはよく効くだろう。
あと、これは言ってもいいのかな…。……隔てるものは無いと思ったのは、ボクの正直な気持ちだ。
「ボクらも友達になろうか」
「ニャッ!」
黒貓は嬉しそう。ボクも嬉しい。
「ありがとう。そうなると、名前がないと不便かな」
う~ん…。自然で生きる貓に名付けていいものか…。嫌なんじゃないか…。
「ニャ~!!」
予想に反して、期待されてる雰囲気…。ちょっとプレッシャーをじる…。
「…そうだね。シャノ…って名前はどうかな?」
この黒貓はの子。ビロードのような皮が綺麗で、カネルラでのビロードの別名から連想して名付けた。
「ニャ~!!ニャッ!」
どうやら気にってくれたみたいだ。
「シャノ。これからよろしくね。此処にはいつでも遊びにきていいから」
「ニャッ!」
何度か振り返りながらシャノは森へと帰っていく。すっかり元気になった。
「またね!」
大きな聲で呼びかけると、ふいっと前を向いて森の中に消えた。
貓は気まぐれと云われているし、以心伝心ではないからハッキリ言えないけど、お互いに生き抜けばきっとまた會える。
その時のために、味しいものを準備しておこう。アニカ達に教えてもらった貓じゃらしも忘れずに。
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