《【書籍化決定】公衆の面前で婚約破棄された、無想な行き遅れお局令嬢は、実務能力を買われて冷徹宰相様のお飾り妻になります。~契約結婚に不満はございません。~》帝國宰相と筆頭の答え。

「【魔王】の直系……?」

彼のあまりにも予想外な言葉に、イースティリアは微かに眉をひそめる。

「ええ。帝王位を継ぐ者が、瞳、、髪の三種が揃っていなければならない理由は、それが【魔王】の力を継いでいる証だから、と伝えられています」

「……申し訳ありません。そもそも【魔王】とは、人なのですか?」

イースティリアの知る限り、そんな事実は、現存する文獻のどこにも記されていない。

研究の一部として『魔人王が人から変異した存在である』とする推測は一応あるが……それも『人間と同一の言語をり、ある程度意志疎通が出來た』という事実からの曖昧な結論であり、深く研究しようにも基本的に対象が存在しない。

魔人王や魔獣王が出現しているということは、災厄が発生しているということであり、捕獲に功した事例など目にしたことがなかった。

「【魔王】がかつて人であった、というされた伝承は殘っています。言い伝え通りならば、子を生(な)せたという事実も」

「帝室直系が、【魔王】の子孫であるとする拠としては薄いですね。『子を生せた』も事実ではなく、伝承と容姿からの推測では?」

イースティリアがそう切り返すと、彼は小さく頷いた。

「疑問は當然ですが、【紅玉の瞳】と特別な沢を持つ黒髪が、平民を含めても帝室の者以外に存在したという事例はございません」

「なるほど」

他にない要素、という點で、反証としては正しい。

確証には至らないものの、イースティリアは彼の言に信憑があると判斷した。

彼は墓を見つめたまま、さらに言葉を重ねる。

「さらに、南東の島國アトランテにも似たような事例が存在していると、私は推察しております」

「それにも、何か理由が?」

「ええ。彼らの出自も我らとほぼ同様……『【魔王】かそれに類する者を始祖とする統』だと考えられるからです」

「確かに仰る通り、南西の島國アトランテの王家は、かの國の初代が魔獣使いであったとされ、稀に魔獣使いの魔眼の持ち主が生まれますね。魔法生學者として名を知られる公爵令息が現在、その瞳を持っています」

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「その上で、彼らはおそらく、【魔王】ではなく魔人王の統だとも思っています。帝室と違って、常に瞳を持つ者が生まれ続ける訳ではないことから、こちらとは違い『力』の影響が低いか、封印の方法が違うのでしょう」

「『力』、とは?」

「その話は後にしましょう。今重要なのは、この二國以外は、北の王室も、南西の大公國も、帝國の屬國である聖教國も、それぞれに神の慈けた者たちの統だと言うことです」

彼はそこで、ようやくこちらに視線を向けた。

「宰相閣下は、不思議に思われたことはありませんか。中央大陸に存在する王家、そのほぼ全てが歴代〝の騎士〟、あるいは〝桃の髪と銀の瞳の乙〟を始祖としていることに」

「【魔王】の話以外は、聞き覚えがあります。疑問を覚えたことはありませんが」

単純に、國を興す程の能力と統率力がある人だからこそ、災厄にも対処出來るのだと考えていた。

例えば南のライオネル王國は一度王朝が変わっているが、前王朝と現王室共に、〝の騎士〟を輩出した記録がある。

の騎士〟を輩出したから、當時のライオネルの統が辺境伯として守りの要になった、とされているからだ。

他にも、前王朝が『子孫である自分達の統が神から見放された』と危機を覚えて、中央からライオネルを遠ざけたのでは、という説も、有力視されている。

それが事実なら、結果として正しい危機ではあったものの『ライオネルを蔑ろにしたことがと王位簒奪の発端』とも言われているので、卵が先かニワトリが先かという話にもなるのだが。

それはともかく、イースティリアは質問をけて、彼の言わんとしているだろうことを口にする。

神の祝福をけた統の者たちが、帝國を囲むように存在しているのは、帝室が魔王の統であるからだと?」

東には、聖テレサルノ教會の総本山有する、クルシード聖教領國。

西には、〝桃の髪と銀の瞳の乙〟の統が四公に別れた、ノーブレン大公國。

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南には、〝の騎士〟を祖とするライオネル王國。

北には、同様に〝の騎士〟を祖とするバーランド王國。

彼の言を全て正とした場合、帝國は文字通りそれらの國に『囲まれて』いるのだ。

「あるいは【魔王】の生まれやすい土壌だから、とも言い換えられますね。この地は、特に帝都辺りの『舊バルザム王國領』と呼ばれる辺りは、特に瘴気が濃くなりやすい……魔獣王や魔人王の生まれやすい地域だというのも、理由の一つです。では、何故生まれやすいのかと言えば」

「『力』が、帝都に存在しているから、ですか。他には、龍脈の位置関係も重要かと思われます。帝都の地下は、四方からの龍脈が最も接近する位置にありますので」

その富な魔力が累積する土壌によって、土地がかになり、太古に大地の恵みを求めて人々が集った、とも考えられる。

イースティリアの返答に、満足そうに彼は頷いた。

「素晴らしい。宰相閣下は、噂に違わず有能な方だ。……『力』は、正にその龍脈を利用して封印されている、と考えられています」

「封印……」

「ええ。その封印の一部が、バルザムの統なのですよ。【魔王】の子孫が、かの地を治めることが封印の條件なのです。それ故に、三種のが揃った者だけが帝位を継げるとされている」

そこまで明かされれば、イースティリアとしては彼の言わんとしていることがはっきりと理解出來た。

帝室の歴史を紐解けば、瞳を継いだ者がと髪のを異にした例はない。

そしてシルギオ殿下のみならず、瞳を含む三種の特徴を持つ者は、どれほどの罪を犯そうとも『幽閉』以上の刑に処されたことがない。

ーーーそれが、萬一にも【紅玉の瞳】を持つ者を絶えさせない為、と考えるのならば。

「帝都の地下に『魔王の力』が封じられている、というのが事実であれば、その『力』の存在が、タイア子爵の移手段が帝室の者にしか使えない理由でもあり、災厄の條件である瘴気が溜まりやすい理由であり、帝室が存続し続けなければならない理由でもある……ということですね」

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「ええ」

満足そうに頷いた彼は、晴れ渡った空を仰いだ。

「常ならぬ災厄が、幾度起こったのか正確には分かりませんが。初代〝の騎士〟は【魔王】を打ち倒しました。しかし幾度目かの騎士は討伐に失敗し、『力』を封じることしか出來なかったそうです。しかも封じはしたものの、れ出た『力』によって、地は広く瘴気に犯された。その際にこの世に生まれ落ちたのが、神の祭司……『神爵』であると伝えられています」

〝桃の髪と銀の瞳の乙〟に癒しの力で劣り、浄化の力で優れると言われるその人、聖ティグリが、帝都の大地を浄化せしめたのだと。

「……我々の認識する伝承とは、々齟齬があるようです。それら全員は、神代の代に全員揃っていたと考えていましたが」

「どちらがより正確かは、それこそ神のみぞ知るところでしょうね」

「もう一つ、疑問があります」

「ええ、何なりと」

「『力』が封じられているのに、【魔王】が今代に出現するという拠は? 封印が緩んでいるということでしょうか?」

「いいえ」

彼は、イースティリアの疑問を明確に否定した。

「玉座に帝王陛下の在る限り、封印は保たれます。強大な魔力を帝室の者たちが有するのは、筋以外に、れ出た『力』が瘴気となる前に取り込み、それを薄め、魔力として消費する役割を擔っているからです。源となる『力』がすり減ることはありませんが、れ出た瘴気が、封印に影響を與えぬように……帝室の者たちは、その介となっているのですよ」

「『力』との親和……それが、帝室が【魔王】の筋であるという真の拠なのですね」

「はい。『対人間での魔力のけ渡し』に関する研究は、近年盛んですね。魔力の減に伴うの不調などに効果があると言われていますが」

「論文には、目を通しています」

基本的に、同一の統であれば魔力の質や得意とする分野が似通うのは、統計的に示された事実だ。

『魔力のけ渡し』は近親者であればより容易く量をけ渡すことが出來、遠縁や赤の他人になるほどに難しくなる、という実験結果を鑑みるのなら、『力』の取り込みはそうした事例の一種とも捉えられる。

「そして、先ほどの質問の答えですが。封じられているのに【魔王】が現れると考える理由は、単純です。魔人王や魔王獣が幾度打ち倒されても複數出現すること、またそれぞれの個に関連がないこと、長い時をいで現れることを加味すると……【魔王】という個も、條件が揃えば複數同時に存在し得る、と考えるからです」

ーーーかつて現れ倒されたモノ、帝都の地下に封じられたモノ、そしてこれから現れるモノは、別の個……。

現狀を楽観視しないのであれば、彼の推察は筋が通っている。

「理解しました」

「宰相閣下の助けになったのなら、私も嬉しく思います。対策なども、思い浮かんでおられますかな?」

「ある程度は」

出現のプロセスについて、彼の言葉には多くのヒントが眠っていた。

鍵となるのは、おそらく瘴気。

そして魔人王や魔王獣がこの近辺に現れる可能が高いというのなら、増大した瘴気はおそらく、封じられた『魔王の力』に呼応するのだろう。

「浄化の力に関しては、帝國はおそらくどこの國よりも解明を進め、利用出來るようになっております。タイア子爵の行の理由も理解出來ました」

ペフェルティ領の上下水道。

そこに設置された魔導陣式浄化裝置。

國家間橫斷鉄道から得られた知見を応用した魔導機関(エンジン)によって休みなく稼働可能な、畫期的な裝置。

それは、量産可能な〝浄化の力〟なのだ。

用意された技を學び、できる限り多くを各地に設置し、浄化によって瘴気の影響を抑え込むのは。

その行を引き継ぎ、瘴気の発生を抑え込む事業を、し遂げることが出來るのは。

「ーーーこれ以降は、帝國宰相である私が引き継ぎます。貴方がたの努力を、無駄にはしません」

おそらくは、帝王陛下も、この件があったからこそ、タイア子爵に會うように勧めたのだろう。

道は敷かれている。

帝室に関わり、それぞれの道を歩んだ三人の兄弟は、その全員が、帝國の未來だけを見據えて敷いた道が。

もしかすると、王太子であるあの馴染みも、今頃、陛下の薫陶をけているかもしれない。

彼らの努力に応えるのが、イースティリアの仕事だ。

帝室の方々が敷いた道を整備し、広げ、人々の生活が脅かされぬよう、より健やかに在れるよう努めること。

それがイースティリアが……ひいては宰相という役職が、存在する理由なのだから。

「貴重なお話を、ありがとうございました。敬稱をお呼びすることは、控えさせていただきます」

「ええ。今の私は、ロンダリィズ伯爵家の一執事にございますれば。さて、ここからは私事なのですが」

「はい」

「私はかつて、兄と呼んだ人間に『國とは王である』という旨の話をしたことがございます。優れた為政者の存在が、國をより良くすると思いましたので」

「はい」

「それに対して兄は『國とは民である』という旨の反論をなさいました。民の信頼なくば、王は王足り得ぬから、と」

彼は、私事と言いながら、先ほどの話を語った時よりも真剣な眼差しを、こちらに向けていた。

「帝國宰相閣下。貴方はこの二つの考えに、どのような答えを出されますかな?」

そう問われて。

イースティリアが思い浮かべたのは、馴染みである王太子レイダックと、その妻ウィルダリアの顔だった。

次代の帝王夫妻である彼らの、自由でありながら己の立場に自覚的な有り様を見れば、その問いへの答えは一つしかない。

イースティリアは、すぐさまその答えを口にした。

※※※

「アザーリエ様、あちらでございます」

「わぁ……本當に綺麗ですねぇ」

それはたった一だけれど、確かに鮮やかな青の薔薇で、常に朝に濡れたような沢を放つ、本當にしい逸品だった。

魔力を富に含んだ土壌が必要で、世話に手間がかかることに加えて、どうやら魔導の知識も要求される繊細な植らしい。

ラトニ氏も、開花に功したのは人生で數度、今季はこの一だけだと言っていた。

「これから訪れる隣國のサーシェス薔薇園では、この青薔薇が大量に咲いているのだそうです。きっと鮮やかでしいのでしょう」

「わぁ〜、見に行かれるのですねぇ〜! 楽しそうですぅ〜!」

そう會話には応えながらも、アザーリエ様の目は青薔薇に釘付けのようだった。

「相変わらず、爺やの仕事は惚れ惚れするほど丁寧ですねぇ〜」

「お分かりになるのですか?」

「ロンダリィズの土仕事は、ここを出て行くまではわたくしの分擔だったのですぅ〜。今はエティッチがやっていますけど〜」

「なるほど」

アザーリエ様の手のひらが固いのは、家事以外にもそうした長年の作業が原因だったのだろう。

『働き者の手』は、貴族社會ではあまり歓迎されて來なかったけれど、ロンダリィズ伯爵家では尊ばれる手であることは想像に難くない。

ーーーイースティリア様も。

アレリラは、自分の手を見下ろした。

今はグローブで隠れているが、右手の人差し指の関節には厚いペンダコがあり、し手の形が歪に見える。

けれど、その手をイースティリア様は。

『文字は言葉だ。この手が、君は人とは違う形であっても、真摯に人の言葉に耳を傾け、人に伝える言葉を綴ってきた証だ』

と、そう言ってくれた。

「……アザーリエ様は、そのようにお育ちになったことで、素晴らしい功績を立てられたのですね」

アレリラがそう言うと、アザーリエ様がキョトンする。

「素晴らしい功績、ですかぁ〜?」

「はい。アザーリエ様は隣國で、平民の労働に関する法を打ち立てられたと聞き及んでおります。実際に自らかし、使用人の働きを見ることで、新たなことをし遂げられた。それは、大変素晴らしい功績かと思います」

それはきっと、アレリラには出來ないことだ。

アレリラは『新たな発想をする』という行為が、本的に苦手である。

本を読み、知識を得ることは好きだけれど、その知識というのは『人の作り出す新たなもの』や『既に誰かが行ったこと』を學んでいるに過ぎない。

そうした、教科書に載るようなものでなくても。

日常において、例えば弟のフォッシモなどは、そうした発想力を持ち合わせていた。

水切り、という川に水平に石を投げて跳ねさせる遊びをした時、彼の投げたものが跳ねもせずに水面をスーッと流れて行くのを見て、不思議に思って尋ねてみると。

『重いものを地面の上で楽にらせる魔を習ったので、それを石にかけたのです!』

と、何でもないことのように答えてくれた。

たかが遊び、と言われればそれまでだけれど、アレリラには『目的を定めて作られたもの』をそんな風に応用してみる発想そのものがない。

は知っていても、石は重くもなく、石が跳ねるのは地面ではなく水なので、石にその魔をかけるという考え方が出來ないのだ。

それが出來ることを指し示すのが、『企畫力がある』というような表現である。

を上手く使えることと、道の新たな使い道を見つけることは、全く別の能力なのだ。

「新たな発想をし、それが多くの人々の助けになること。わたくしには、どれほど勉強してもし得ないことです。それが出來る方に、わたくしは尊敬の念を覚えるのです」

アレリラがアザーリエ様にそう伝えると、彼は照れてはにかむように顔を俯けながら、口元に曖昧な笑みを浮かべる。

「えへへ、そんな風に褒められると、凄く照れますぅ〜。慣れていないのでぇ〜」

「失禮致しました」

「全然失禮じゃないですぅ〜! でも、そんな風に褒めて貰ってから言うことでもないのですけれどぉ……」

「はい」

「わたくしは、全然新しい発想なんかしてないですし、何もしてないですぅ〜」

「それは、どういう意味でしょう?」

アレリラが首を傾げると、アザーリエ様は青薔薇の香りを嗅ぐように鼻先を近づけながら、微笑みのまま答える。

「だって、わたくしはお母様の使用人の使い方を、そのままダインス様にお伝えしただけなのですぅ〜。それ以上のことは、何もしてないのですぅ〜」

香りを楽しんだ後、アザーリエ様はを起こしてアレリラに視線をかして、後ろ手に手を組んだ。

「実際に法について話し合い、どうしたら良いかを考えて〜、皆に伝えて、生活を良くしたのは、ダインス様と、それを支えた皆様なのですぅ〜。思いつくだけなら、誰にでも出來ることですぅ〜」

「ですが」

「それに、わたくしが思いついたのですらないですぅ〜。思いついたのは……使用人を使うに試行錯誤して、皆が幸せになれる方法を作ったのは、お母様ですから〜」

アザーリエ様は、謙遜でも何でもなく、本気でそう思っているようだった。

「アレリラ夫人のような方々がいるから、思いつきに意味が生まれるのですぅ〜」

「わたくし、ですか?」

「そうですぅ〜。だってわたくしは何をやってもダメダメなのですぅ〜。そんな中で、ダインス様はわたくしの言葉を聞いてくれて、んな人といっぱいお話して、凄く凄く頑張って下さったのですぅ〜」

アザーリエ様は、し申し訳なさそうな顔をしながら、おそらくはダインス様が今いるのだろう方向に目を向ける。

「アレリラ夫人は、宰相閣下のをなさっておられるでしょう〜? わたくしはダインス様は、そうした方々ともたくさん難しい顔でお話をなさっていました……地道に、法を作ることで起こる問題について、一つ一つ解決して行かれるのは、思いついただけのわたくしではなく、思いつきを形にする方々なのですぅ〜」

つまり、と彼はにっこりと笑みを浮かべて、アレリラを手のひらで指し示す。

「アレリラ夫人のような方こそが、本當は凄いのですぅ〜」

アレリラは、「そのようなことは」と否定しようとしたけれど。

「だって、人は……特にわたくしは、一人では何役に立つことが出來ないのですぅ~。使用人の方々や、領民の方々や、ダインス様がいるから、ようやく生きていけるのですよぉ~」

アレリラは、その言葉に目を見開く。

「アレリラ夫人も、わたくしに出來ないことを出來る、凄い人の一人なのですぅ~!」

人が一人で出來ることには、限界がある。

イースティリア様でさえ、數多くの人々の手を借りて生活し、政務に勵んでいる。

自分とは違うものの見方。

イースティリア様の導きで。

ボンボリーノとの和解や、この地に至るまでにれ合ってきた人々の仕事を実際に目にして。

上下水道や祖父の示した未來、ロンダリィズの領地の素晴らしさに、それを主導した人々の華やかさや完したものにばかり目を奪われて來たけれど。

イースティリア様とは違うけれど、ボンボリーノやアザーリエ様も。

一人では不完全な面ばかりが目についてしまうことが多いけれど、人を惹き付け、世の中をより良くしていく人々の、裏には。

數多くの人々の努力があり。

彼らの仕事が、尊敬に値すると、思うのなら。

ーーーわたくし、も?

アレリラ自も。

自分に出來ることをただこなしていただけの、補佐することしか能のない自分も。

しは人々の役に立ち、尊敬をけるに値するだけのことを、出來てきたのだろうか。

もし、そうなのであれば。

「嬉しい……です」

アレリラは、アザーリエ様の言葉をけ取った。

一般的な貴族とは、自分は別の生き方しか出來ないのだと、思っていた。

きっと心のどこかで、自分が落ちこぼれだと思っていたから……ボンボリーノに婚約破棄された時も、素直にれた。

自分の気持ちすら理解出來ない程に、見識の狹かった當時の自分。

その素直な承諾に『諦め』が含まれていたことを、今のアレリラには理解出來る。

「わたくしは……人に誇れるだけのことを……アザーリエ様にそう言っていただけるだけのことを、出來ていたのだと。教えていただいて、ありがとうございます」

アレリラは敬意を持って、淑の禮(カーテシー)の姿勢を取り、深く頭を下げる。

アザーリエ様と話してみるといい、と、祖父が言ったのは、きっと、彼の考え方がアレリラのになることだと、気づいていたから。

『アル一人で、それをす必要などない、と、サガルドゥ殿下であれば理解しておられるでしょう』

『そこが、君の弱點だ。他者の言葉が正論に聞こえる(・・・・)と、視野が狹まる。世の中には、一面の真理だけが存在しているわけではないから、あまり真っ直ぐにけ止め過ぎないことだ』

貴族として普通ではない、その行は常識的ではない、何かを思いつける者が一番優れている。

そうした多くの世に蔓延る『多くの常識』に、アレリラは囚われ過ぎていたのだ。

「はぅ……!? あ、頭を上げて下さい〜! そんな、大したことは言ってないですぅ〜!」

「いいえ、未なわたくしにとっては、大したことだったのです。お會い出來て、良かったと、心の底から思います」

どことなく晴れやかな気持ちで、アレリラは頭を上げた。

として、こうした生き方をしても良いのだと、頭では理解しておりましたが、気持ちが、どこかで納得出來ていなかったのです」

だから、という言い方はしたくないけれど。

イースティリア様も、以前の上司も、祖父も。

皆、アレリラの仕事がどういうものであるか、ハッキリと理解していたからこそ、認められていた。

アレリラを認めてくれたアーハを筆頭とする多くのは、貴族として『正しい』と言われる生き方をしておられる方々だった。

アレリラが凄い、という言葉も、ロンダリィズに育ち、異國で『仕事』として明確な偉業をし遂げたアザーリエ様だからこそ、きっとその言葉を素直にれられたのだ。

「これからも、アザーリエ様の認めて下さった自らの生き方を誇れるよう、進して參ります」

「え、あ、はい!」

答えに困ったのか、うんうんと頷くアザーリエ様はとても可らしくて、思わず顔がほころぶ。

「あの、アレリラ様のお仕事がどんなものなのか、教えていただいても良いでしょうかぁ〜?」

「はい。機に関わることでなければ、幾らでも」

そうして彼と話すうちに、話題が王族のことに移り変わって行った。

「ダインス様は、お父様のように一番の悪黨になりたいわけでもないのに、働き過ぎなのですぅ〜。だから時々思うのですぅ〜。皆を幸せにする側の人たちは、自分を疎かにし過ぎですよぉ〜って」

「それは……もしかしたらそうなのかもしれませんね」

陛下もレイダック様も、イースティリア様も、重い責務を背負ってにして働いているのは間違いない。

けれど。

「帝王陛下は妻家として知られておりますし、レイダック殿下もご自の時間やウィルダリア妃との時間を、蔑ろにしている訳ではありません。イースティリア様も、結婚して以後、わたくしとの時間を大切にして下さっております」

「それは、良いことですぅ〜!」

「ええ。そしてわたくしは、ロンダリィズ伯爵家の方々の姿を見て、アザーリエ様とこうしてお話をすることで、一つ思い至ったことがございます」

「そうなのですかぁ〜?」

「ええ」

破竹(はちく)のロンダリィズであろうとも、その実はごく普通の家族。

そうであるならば。

※※※

アレリラは、アザーリエに自分の考えを告げる。

「民を統べる陛下がたもまた、『王族』という為政者であらせられるだけではなく」

イースティリアは、彼に自の答えを告げる。

「『國とは民である』……私もそのようにじます。ですが、『王族』も、ただ為政者としてあらせられるだけではなく」

時と場所を別にして、二人は、同じ答えを口にする。

「「自らも幸せを得る権利を持つ、帝國の『民』の一人であるのだ、と、そう思います」」

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