《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》40話 ザカリヤの日常(サチ視點)

まともな待遇をけるようになってから、サチの手足はたちまち回復した。上腕しかなかったのが、二日で前腕まで回復し、その翌日には大部が形される。一週間後には元通りの見た目になり、ベッドの下の尿瓶を取って自分で用を足せるようになった。メグいわく、再生を促す薬や栄養面の改善、に當たることが功を奏したのだという。

「でもね、なにより神的なものが大きいわ。気持ちが前向きになったこと、これが一番の薬」

メグの言うとおり、サチは神面でも回復した。失われていた自我が戻ってきたのだ。地下にいる時は無気力、だったのが、を自分からかすようになった。止まっていた思考もき出し、今後のことも考えられるようになったのである。

無論、地下から出すことにザカリヤがすんなり納得したわけではない。サチが助けられた日、部屋の前でメグとザカリヤは口論になった。

「勝手に出すんじゃない! 俺が拾ってきたんだ!」……と。完全な犬扱いだが、支配から抜け出したばかりのサチはビクビクしていた。しかし、

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「醫療品を勝手に持ち出したことについては? あの子をまた地下に戻すんなら、治療に協力しないよ? このままだと手足は元に戻らない可能もあるけど、それでいいの? ずっと介護し続けるつもり?」

メグのこの一言でザカリヤはおとなしくなった。サチの介助は診療所から來た看護士が代で行うようになり、サチは心とを取り戻していった。

一番の楽しみは一日に一回、メグが様子を見に來てくれることだ。命の恩人でもある彼はサチをすっかり虜にしてしまった。よく笑う眼鏡の奧の目も、沢ある桃の髪も、耳の上のグルグルした角も、薬の匂いも全部大好き。彼はサチが今まで出會ったの誰よりも知的で賢い。そのうえ、かわいらしくて優しいときている。目覚ましい回復はメグによってもたらされたと言っても、過言ではない。メグを喜ばせたい、褒められたい、笑顔が見たい、サチの脳は八割方それで占められていた。自我を失い、生きることすら放棄しようとしていたサチにとって、メグは突如として舞い降りた神だったのである。過酷なリハビリもメグのことを思えば、頑張れる。

手が再生してからは這って居間まで行き、テーブルやソファーにつかまって歩行の練習をする。手はすぐに戻っても、再生した足はなかなか使いにならない。メグの話だと、歩けるようになるまでは相當時間がかかるとのこと。痛みもあるし、目に見えて効果が出るものではない。汗水垂らしてリハビリに取り組むのは苦痛であった。

そんなサチの様子を薄笑いで眺める者がいる。ソファーの縁に寄りかかって休んでいたサチは、向かいのソファーで寢そべるマーコールの角の魔人をにらんだ。

「グランディス、なんだ? その目つきは? このザカリヤ様はおまえの命の恩人だぞ? もっと敬しろ」

サチは無視した。この魔人に対する恐怖は薄れている。あの地下室での生活は異常だった。今は晝間から何もせず、ゴロゴロしているこの男がドクズであると認識できる。

亜人のが二人。ザカリヤの橫で笑っていた。ザカリヤのそばは常に數人のがいて、その顔ぶれも日替わりだ。そして、この男は普段何もせずとイチャつくか、こうやってごろごろしている。なりも最悪。素にローブを羽織っているだけなので、いつも前がはだけて見事な筋が見えている。まとわりつくたちはときおりこの筋に手を這わせたり、頬をくっつけたりもする。サチから見て、非常にだらしない姿だった。

──こんなのが実の父親だなんて……

養父のエリクも相當のクズだったが、それを上回るのではないか。飲んだくれの暴力男でも、エリクは口屋として働いていたからまだマシだ。このザカリヤときたら、亜人のを自の経営する娼館で働かせ、または手下の魔人に危険な闇の仕事をさせ、自分は毎日何もせず遊び暮らしているだけなのだ。つまり完全なるヒモ。

「見ろよ、おまえら。このグランディスはな、俺が拾ってきた魔人なんだが、最初は腕も腰から下も全部食われた狀態だった。それがな、二週間ほどでこの再生力だ。すごいだろう? もうしばらくしたら、歩けるようにもなる。そうしたら、俺のために働かせようと思ってるんだ」

たちに話す得意気な橫顔を見て、サチの嫌悪は増した。誰がおまえのためなんかに働くかと思う。これが実の父親じゃなかったら、まだ寛容になれたかもしれない。だが、非業の最後を遂げた母に対して、この男の零落ぶりはひどすぎる。サチのなかにはランドルを通じて、母クラウディア王妃の記憶もわずかながらある。あの気高い人とこのクズ魔人を結びつけたくなかった。

「グランディス、あともうしだぞ……よし、がんばれ。もうし……」

テーブルの縁をつかみ、歩行練習をするサチに野次が飛ぶ。テーブル周りの椅子はメグがどかしてくれているから、練習できるようになっている。手もまだ完全にかせはしないのだ。力をれれば、指先に鋭い激痛が走る。汗を滴らせ、歯を食いしばり前進する。十人掛けのテーブルの端から端まで移するのは苦行だ。サチをかすのは強い意志のみ。

それをザカリヤはと戯れながら高みの見。気が散るし、そろそろ我慢の限界だった。

サチがテーブルの端まで移した時、バサァッと音がして白い羽が舞った。軽く飛んだザカリヤはサチの前に降り立ち、頭をクシャクシャとでてきた。

「よくがんばった! グランディス! 褒めてつかわす!」

とうとう堪忍袋の緒が切れた。プチっと。もう怒りを抑えるもの何もはない。サチはザカリヤの手を払いのけた。

「汚い手でさわるんじゃない! クズ野郎が!」

「グランディス? 今、なんて?」

「俺の名はグランディスじゃないし……あんたのペットでも、なんでもないからな? 変な名前で呼ぶんじゃない」

場は凍りつき、ザカリヤは時呆然とした。サチは何事もなかったかのように歩行練習を再開させる。一瞬、後悔はした。怒らせて暴力を振るわれたら抵抗できない。今のサチは非力だ。

「グランディスが……逆らった……」

「ザカリヤ様、落ち込まないで」

「そうよ。きっと可哀想な子なのよ。溫かく見守りましょ」

橫でどもとしゃべっているザカリヤは落ち込んでおり、サチに何かしようとする気はないようだ。ひとまず安堵したサチは、無視を決め込むことにした。

「名前が気にらなかったのかな……よし、グランディスはやめて、やっぱりファルダードにしよう! これなら、文句はないだろう」

とかなんとか、まだ言っている。頭の悪い男だ。

「ファルダード、がんばれ! ほら、あとし……もうちょっとがんばったら、ご褒を上げよう」

懲りずにザカリヤは応援を始めた。サチのなかでまた、沸々(ふつふつ)と怒りが沸いてくる。

「やたっ! ファルダード、でかしたぞ!」

テーブルを一巡した後、また飛んできたので、サチはでられるまえに手を振り払った。

「ファルダード、なんで……」

「クソ鳥人間が。俺に気安くさわるんじゃない」

「わかった。ファルダードじゃなくて、ダリウスにしよう。それなら文句あるまい」

「だまれ。俺の名前はサチ・ジーンニアだ。勝手に名前をつけるな。おまえなんかのペットには絶対ならないからな!」

ザカリヤ、絶句。おとなしかったが牙を剝いてくるとは思わなかったのだろう。たちも気まずいのか、居心地悪そうにソワソワしている。サチは間抜け顔のザカリヤをまっすぐにらみつけた。このクズ男を父親と認めることは絶対にない。このまま外に放り出されたら間違いなく死ぬが、こいつにびるくらいなら死んだほうがいいと思った。

不意に軽快な笑い聲が背後から聞こえた。

「ははは。ザカリヤの負けだ。サチを従屬させようとするのは、あきらめな」

扉の前にメグが立っていた。ザカリヤは苦蟲を噛み潰したような顔になり、ソファーの定位置へと戻る。唐突に現れた神が眩しくてサチは顔を赤らめた。

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