《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》41話 ザカリヤとメグ(サチ視點)
その日からサチはザカリヤたちとテーブルを囲んで、食事をするようになった。同席するのは日替わりの數人とメグ。ザカリヤの家族はメグだけのようだ。食事と言っても、ザカリヤはほとんどワインしか飲まない。が口まで運ぶのをお想程度に咀嚼するだけだ。食事前のお祈りもここでは省略。彼ら魔國人は悪魔教なのだろう。サチは一人で祈りを済ませた。
「へっ。魔人のくせに祈ってやがる。俺たち亜人には神様なんかいねぇのにな?」
「ザカリヤ、そんなこと言わないの。アニュラス神様はあたしたち、亜人の神様でもあるよ」
「魔人に神様はいねぇ。こいつ、魔人のくせに稽だぜ」
メグがたしなめても、このクズ鳥人間には効果ない。相手にしないのが一番だとサチは思った。
「サチは隨分、回復したね。あたしも治療の甲斐があるよ。リハビリは無理し過ぎないで。ストレスになると逆に良くないから」
「全然無理じゃないです。しずつけるようになるのが嬉しいんです」
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「ふふ。スプーンもちゃんと持ててる。あとで手の筋をマッサージしてあげるね。もうちょっとしたら、ストレッチのやり方を看護士に指導させる」
「ありがとうございます!」
サチとメグのやり取りをザカリヤは目を細くして眺めていた。不満げな表だ。
「メグ、こいつに変なこと吹き込んでないか?」
「え? 変なことって?」
「グランディスの奴、俺に対するのと百八十度態度がちがうじゃないか! 最初は俺のことを天使様と崇めていたのに……」
「うーん……そのうち、慣れてくるよ」
メグは困り顔だ。サチはザカリヤのほうをなるべく見ないようにした。
見れば見るほど腹が立つ。男には長い睫も高すぎず真っ直ぐな鼻梁も、いたずらっぽく笑う茶の瞳も彫像のようなも……うっかり見とれてしまう姿形すべてが憎たらしい。サチは下を向いて、食事に集中しようとした。は焼いただけ。スープは味が薄い。食事はたちが代で作っているのだが、はっきり言ってマズい。
「そうそう、聞いておかねば。サチは治ったらどうしたいの?」
率直な質問にサチは戸った。顔を上げた拍子にメグと目が合う。髪と同じ桃の澄んだ瞳がこちらを見ている。理由もなく、目が合っただけで顔が熱くなってしまう。
「診療所の手伝いを……」
「うーん、それはありがたいんだけど、お禮とかは気にしなくていいのよ? 帰る所があるなら、帰ってもいいし……」
帰る所──その言葉はサチのをえぐった。グリンデルにはもう帰れないし、主國は……戻ったところで迷をかけるだけだ。
騎士団に戻れば、快くけれてくれるかもしれない。ユゼフとシーマの力を借りて、ディアナと一緒にグリンデルを取り戻すことも考えた。だが、これにはリスクを伴う。まず、シーマが納得して協力してくれないと駄目だし、戦爭は不可避だ。そのうえ、イアンに話したとおり、シーマが目覚める可能は低い。
──このまま俺は死んだことにして、いなくなったほうが皆のためになる。
サチがいなければ、グリンデルだって執拗に戦爭を仕掛けないだろう。シーマは目覚めず、ディアナが正式に王として即位する。ユゼフが王配として采配を振るったらいい。これで完璧ではないか。
「まず、一緒に襲われた仲間の安否が知りたいのです。その後のことは決まってません」
「そうか……帰るあてがあるならいいんだけど。もし、行く所がないなら遠慮なく言ってね。ここで一緒に暮らしてもいいし」
「いいんですか……」
「うん。診療所の手伝いをしてくれたら助かる」
神の微笑みはを高鳴らせる。サチは顔をほてらせ、メグの大きな瞳に見った。
「勝手に決めるな。ファルダードは俺の従者にするんだ。それなら、チビで弱そうでも役に立つだろう」
ザカリヤが水を差した。こめかみがヒクついても、サチは耐える。そっちは見ないようにして、メグとの會話を続けた。
「クロチャンという魔人の行方はまだつかめないのですか?」
「ごめんね。ザカリヤが使い魔たちに探させているんだけど、まったく足取りがつかめないようなの。ね、ザカリヤ、まだドゥルジの所にも帰ってないのよね?」
「そりゃ、戻れねぇよ。仲間の仕事をパクったあげく、ポカしたんだからな。それもこれもファルダード、おまえのせいだからな? おまえをドゥルジに差し出さないからこうなった」
「ドゥルジはサチがここにいるのは知らないのよね?」
「當然だろ。見つかったら、俺たちもただじゃ済まない。だから念のため、地下室に隠していたんだよ」
サチは甘えたことを恥じた。ここにいても迷をかけることになる。ドゥルジに見つかればめる。なんで、そんな簡単なこともわからなかったのだろう。
──良くしてくれたメグさんに迷をかけるわけにはいかない
「あっ……気にしなくていいのよ。ドゥルジはサチの顔を知らないでしょう? クロチャンはおおまかな特徴と居場所から襲ったと思うの。大丈夫よ。ほとぼりが冷めれば忘れられるわ」
うつむくサチの心を察したのだろう。メグは安心させようとした。一方のザカリヤは脳天気な聲を出す。
「だな? クロチャンはファルダードの報をたいして持ってなかった。日が経てば、ドゥルジの奴も忘れるだろう」
迷はかけたくないが、帰る場所もない。甘えたい気持ちと自制心がサチの中でせめぎ合っていた。
「置いてほしいって言うなら、置いてやってもいいぜ。ただし、それなりに役には立ってもらわないとな?」
不快なことにザカリヤはニヤニヤしながら、サチの顔をのぞき込んできた。この男にはデリカシーというものが欠けている。おかげで気持ちをはっきりさせることができた。
サチはスプーンを置いた。心を無にし、いったんここにあるすべてのを捨て去る。まっすぐにザカリヤを見據えた。
「助けてくださり、ありがとうございます。でも、俺はなんの役にも立てませんし、ご迷をおかけするだけかと。ご安心ください。歩けるようになったら出て行きますので」
「お、おう……」
ザカリヤはひるんだ。真っ向から挑まれると弱いらしい。その後は無言になり、皆まずい飯をせっせと口に運んだ。
サチがザカリヤの真意を知ったのは數日後である。
歩行練習で力盡き、居間のソファーで目を閉じて休んでいたところ、ふわっと布を掛けられた。その時、ザカリヤのそばにはいなかった。そして、もう一人新しい気配が居間にってくる。メグだ。
『ザカリヤ、その子のこと、どうするつもりなの?』
『しーーっ。起きちまうだろ?』
囁き聲が聞こえる。サチは寢たふりをし続けた。
『大丈夫だよ。ぐっすり寢てる。じつはずっと気になっててさ……この子、立ち居振る舞いがちょっとちがうじゃない? やっぱり命を狙われるだけあって、高貴な生まれなのかなって思ったり……』
『どうかな……』
『王子……とか?』
『まさか!』
聲のボリュームが大きくなり、ザカリヤは慌てて口をつぐんだ。
『王子じゃなくとも、そこそこ良いところのお坊ちゃんだとあたしは思うよ。で、跡継ぎ爭いに巻き込まれ、命を狙われることになったと』
『本人が何も言いたがらないのだし、詮索するのは無粋だぜ』
『でも、帰る所はないんじゃないかなぁ。この間、話した時の様子ではそうじた。戻ったところで、殺されるかもしれないでしょ?』
『それは俺も思ったが……』
『きっと、迷をかけると思ってあんなこと言ったんだよ。本當はここにいたいのかも』
『かもな。哀れな奴』
『ねぇ。足が治ったら、診療所の手伝いをさせていい? いさせてあげようよ。ここなら安全だし、ドゥルジもそのうち、探すのあきらめるよ』
『ああ、好きにしろ。なにがあっても、俺が守る』
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