「こんなに買ってもらって良いのかい？」

「はい。ありがとうございます」

「それは、こっちの臺詞だけど…」

久方ぶりにタマノーラのナバロ商會に顔を出して、生地や生活必需品を買い込んだ。

ナバロさんは々換をしてもらえる唯一の商人なので、茶葉や薬、織なんかを持參した。

「必要なら屆けたのに」

「いつも思ってたんですが、普通なら住み家までの配達料が加算されるはずですよね？でも、取られている風じゃないので、大量のときは買いに來ます」

「まぁそうなんだけど、たまには足を延ばしたいだけで、好きで森を歩いてるんだ」

持參したモノからナバロさんが選定して、々換は終了。魔石への魔力封もお願いされたので、さっと終える。

「足りないんじゃないですか？コレもどうぞ」

「いや足りる。充分すぎるよ」

必要以上にけ取ってくれないけど、ボクの覚だといつもナバロさんが割を食ってる気がするんだよなぁ。

「売れない可能もあります。せめて、コレだけでも。今までの配達料ということで」

「大丈夫。ちゃんと計算してるし、売れ殘らない。配達料も必要ないから。ウォルト君…。あまり言うようなら…」

…説教される前に帰ろう。

ただ、外から見えない袋の中に、こっそり茶葉を忍ばせておいた。いつものお禮に、このくらいは許されるはず。

★

「うぉるとだぁ！！」

「おかえりぃぃ～！」

「ただいま。みんな、元気だった？」

「「「「うん！」」」」

訪ねてきたのはタオの集落。

外で遊んでいた子供達は、変わらず元気そう。直ぐに顔までよじ登ってくる。いつもの如く、視界も鼻も塞がれた。

息苦しい。でも、決して嫌ではない。

「もご…　アイヤばあちゃん…　もご…」

「くすぐったい！アイヤはすもうだよ！」

「ウォルトがやめろって言って！」

「それは…　もご…　無理だよ…」

ばあちゃんが相撲をとらなくなったら、もはや熊じゃない。ぴくりともけないくらいの重病だ。そうなってしくない。

「みぎ！」

「ちょっとひだり！」

頼んでも退いてくれないので、子供達の指示通りに歩く。障害がほとんど無いタオでは、大覚でわかるけど。

「おらぁぁ…！くうぅ…！びくともしねぇ！」

「はっはっ！まだまだだねぇ！！」

「おわぁぁっ！！」

聲だけが聞こえる。ばあちゃんが誰か投げたな。

「あいや！」

「うぉるとがきたよ！」

「なんだって～？！」

スタッ！ドトドド…と足音が近づいてくる。

「みんな！危ないから、退けてくれない……ぐはぁっ…！！」

『筋力強化』してけ止めるつもりだったけど、勢を整える前にぶちかまされた。予想よりかなり速い。

「とう！」

「はっ！」

ボクは倒れてしまったけど、子供たちは上手く著地した。

「久しぶりだねぇ！元気だったのかい？」

もちをついたまま見上げると、笑顔のばあちゃんが立ってる。

「元気だよ。ばあちゃんも変わりなさそうだね」

「いつも通りさ！」

起き上がって土俵に目をやると、ばあちゃんに好意を持ってるらしいアルクスさんの仲間、シンバさんが目を回していた。

格差もあるし、中々勝つのは難しいだろうな。でも、頑張ってしい。

「アルクスさんと相撲してたわけじゃないのか」

「アイツは狩りに行ってる。相撲は朝に終わって、今は食後の運さ。生意気にかかってくるもんでね」

二人とも元気だなぁ。

「今日はなんだい？」

「タオで必要そうなモノを、々と買ってきたんだ。使ってしいと思って」

「そうかい。家に帰ろうかね。シンバ！またかかってきな！」

「へぇ～い…」

子供達を肩に載せたりしがみつかせて、ばあちゃんと並び歩く。

「アイヤとウォルト、やっぱりにてない！」

「そう？ボクは似てると思うんだけど」

顔や格はさておき、格は似てるところが多々あると思う。

「アンタはサバトにそっくりだからねぇ！アタシには似なくていいんだよ！」

「じいちゃんと母さんは似てないよね」

「ミーナはアタシに似たのさ。貓なのに、妙に力も強いだろ」

「そうだね」

小さいのに、父さんすら持ち上げる力持ち。

ばあちゃんの家に著くと、子供達はまた遊びに行くと言う。

「勝手に森に行くんじゃないよ」

「わかってる！」

家にって訊いてみる。

「ばあちゃん、怪我してるだろう？左足と背中かな？」

「お見通しかい。アンタは凄いねぇ」

「庇って歩いてるからわかるさ。診るから橫になって」

「頼もうかね」

橫になってもらって『浸解析』する。骨には異常なさそうだ。ただ、筋が切れているような箇所がある。『治癒』で治療しよう。

「ふぅ～。気持ちいいねぇ」

「何をして怪我したんだ？」

「あの子達が森で魔に遭ってね。アルクスと助けに行ったんだよ。デカいヤツだったもんで、ちょいと無理したかね」

「そうか。お疲れ様」

無理はダメだ、とは言わない。ばあちゃんの立場なら、ボクも同じことをする。

「もう大丈夫さ。相変わらず溫かいねぇ」

「他にもちょっと気になるところがある。全部治療しておくよ」

「大したことないからいい。年寄り扱いするんじゃないよ」

「ばあちゃんじゃなくて、子供達の安全のためだよ」

「はははっ！そうかい！それじゃあ、頼もうかね」

黙って治療をけてくれたらいいけど、ばあちゃんだからな。

全を治療したあと、ばあちゃんがお茶を淹れてくれた。

「相當が軽くなった。々もらって悪いねぇ。薬や服もあるじゃないか。酒まである」

「気にしなくていいよ。好きでやってるんだから」

「はぁ…サバト。アンタの孫は、困ったお人好しだよ」

ボクが描いた絵に語りかける。

「ところで、アンタに頼みたいことがある」

「なに？」

「タオにはジジババばかりで、みんなにガタが來てるのさ。魔法で診てやっておくれよ」

「構わないよ」

「早速行こうかね！」

ばあちゃんが案してくれるみたいだ。

「おぉ！ウォルト！來てたのか！」

「やかましい！さっさと橫になりな！」

「き、急になんだってんだっ？！」

「ばあちゃん…。ちゃんと説明しますね」

信じてもらえるかわからないけど、手技療法(マッサージ)を學んだので、いつもばあちゃんがお世話になってるお禮に、やらせてもらいたいと言ってみたら…。

「そうか。有り難いぞ…。優しい男に育ったなぁ…。サバトに似たおかげだ」

「なんだって～！どういう意味だい！」

「ばあちゃん…」

さっき自分でも言ってただろう。

とりあえずうつ伏せになってもらい、マッサージしながらゆっくり『睡眠』で眠らせて、魔法で治療する。

「気持ち良すぎて、いつの間にか寢てた…。…ん？が軽い！」

「良かったです。何日かは無理にかないで下さい」

「たいしたもんだ。ずっと膝と腰が痛くてなぁ。これならけるぞ」

「じゃあ、明日土俵にきな」

「嫌だ！またけなくなるだろ！」

タオの家々を巡って、次々治療する。

目、肩、腰と癥狀も様々で、治癒魔法の修練になっていい。効果的な魔法は、人それぞれ違う。

「ウォルト。助かったぞい」

「最高に気分が良い。ありがとうな」

「背中がシャキッとした。ありがとうねぇ」

「あははは！アンタら、長生きしな！」

「ばあちゃんもね」

最後の家を出て、これで終わりかと思っていたら…。

「おう、ウォルト。來てたのか」

獣を擔いだアルクスさんが帰ってきた。

「お久しぶりです」

「元気そうだな。アイヤ、晩飯のだ」

「今日の飯は、ウォルトに頼もうかね。あと、お前も診てもらいな」

「はぁ？」

アルクスさんの家に向かって、を診る。背中の古傷は完治してるけど、肩と太の裏に治療が必要。筋が腫れて、肩関節は微妙にズレてる。

みんなそうだけど、痛みに強いな。

「ふぅ…。助かるぜ」

「この怪我は何で？」

「相撲だ」

やっぱり。

「直ぐ怪我するんだよ。男のくせにだらしない」

「うるせぇ！お前が無茶するからだろうが！」

「負け熊が吠えんじゃないよ。文句があるなら、勝ってから言いな」

「明日はぶん投げてやらぁ！」

…タオに來たときは、できるだけ皆のを診るようにしよう。

「「あいや～！あるくす～！」」

外から子供達の呼ぶ聲。聲が焦ってる。

「なんだい？！」

「なんだってんだ？！」

外に飛び出すと、集落にボアが侵していた。珍しくはないけど、興して鼻息荒く子供を威嚇してる。

『強化』して全力で駆け出す。

「わぁぁ！！こわいよ～！！」

「ブルルル！」

子供を抱えてボアの突進を躱す。間に合った。

「もう大丈夫だよ」

「うん！ありがと！」

見渡しても逃げ遅れてる者はいない。

「はっは！アンタはさすがだよ！追いつけやしない！」

「駆けんの速ぇな。こっからは、俺らでケリつけるぞ！」

ばあちゃんとアルクスさんは、ボアを捕まえてタコ毆りにしてる…。さほど大型でないとはいえ、魔を押さえ込める力が凄い。

結局、毆り倒してしまった。

「がっはっは！口ほどにもないねぇ！」

「バカか。魔が喋るわけねぇだろ。コイツも晩飯で食うか」

治療したばかりなのに、またり傷や切り傷を作って…。

…よし、決めた。

★

晩ご飯を準備して、集會所で宴會を始める。

「相変わらず味い！」

「酒も味いし、ご馳走だな！」

「お菓子もジュースも味しいよ！」

鍋や串焼きを作ったけど、口に合ったみたいで良かった。食材も買ってきて正解だったな。

「ウォルトのおかげでも軽くなったし！」

「胃の調子も良くなった気がするな」

楽しそうに食事を続ける皆のペースが、ちょっと落ち著いたところで切り出す。これ以上いくと、酔いが回るだろうから。

「皆さんに言っておきたいことがあります」

口を開くと皆に注目される。

「実は、ボクは魔法が使えます」

『何のことだ？』って顔してるのも當然。

見せた方が早いから、掌に炎や氷を発現させる。ばあちゃんとアルクスさんは、何も言わず黙っててくれる。

「おぉ！本當に魔法だ！」

「まほう、はじめてみる！」

「実は、皆さんのも治癒魔法で治療しました。噓をついてすみません」

「そうだったのか」

「悪い噓じゃない。凄いじゃないか、ウォルト」

優しい人達だ。

「皆にお願いしたいことがあります」

「お願い？」

「なんじゃい？」

「タオで暮らしてると、不便なこともあると思います。ボクに使える魔法で、しでも快適に暮らせるようにしたくて。その許可がしいんです」

「魔法でどんなことをする気なんだ？」

「たとえば…」

床に魔法陣を付與する。

「これは保存魔法陣です。上に置いておくだけで、食材を一年くらい保存できます。ずっと腐ったりしません」

「そりゃあ便利だ」

「他にも、壊れかけの家を魔法で崩れなくしたり、トイレや井戸水の浄化も魔法でできます」

「そんなことが本當にできるなら助かる。苦労してるからな」

「こっちから頼みたいくらいじゃ」

黙っていたばあちゃんが口を開いた。

「そうしてもらえると、アタシらは助かる。けど、なんで急に言い出したんだい？アンタは、魔法使いって知られたくなかっただろ？」

「そうなのか？なんでだ？」

「獣人に魔法使いはいないんだよ。珍しいんだ。誰だって見世にされたくないだろ」

「そりゃそうだな」

「儂もそう聞いとった。けど、違ったんじゃな」

「だから何でなのか気になるのさ」

「ばあちゃんやアルクスさん、村の皆のを診て…ボクにも何かできないか考えたんだ。やれることで、タオの力になりたい。それが魔法ってだけなんだ」

皆がまだ若い年齢なら、余計なお世話かもしれない。でも、に鞭打って頑張って生きてる。全力で、タオを守ってる。

そんな姿を目にして、此処に住んでいなくてもしでも助力になりたいと思った。

タオは、ボクのルーツなんだ。

「アンタは薬を作ってくれたり、服も織ってくれる。今日の酒も驕りだ。もう充分さね」

「ボクはやりたくてやってる。やりたくなければやらない。魔法もそうなんだ」

「…そうかい。やりたいんなら頼もうかね。アンタらもいいかい？」

「せっかく言ってくれてるのに、斷る理由がないじゃろ」

「こっちから頼みたい」

満場一致で賛してもらえた。急な提案なのに有り難い。

「ありがとうございます。準備を整えて、直ぐにまた來るので、その時にやらせてもらいます。今日は、ちょっとした余興に魔法を見せたいんですが」

「おっ！そりゃいい！」

「相撲ばっかじゃ飽きちまって！魔法なんて、滅多に見れないしな！」

「アイヤの筋ばっか見て、つまらん！」

「やかましい！だったら見なきゃいいだろ！」

「大した魔法は見せられませんが、しでも楽しんでもらいたいです。では、始めます」

全力で魔法を披すると、皆は酒も飲まず口を開けてポカンとしてる。子供達は喜んでくれてるけど、年配者は反応が悪い。

ばあちゃんとアルクスさんも、皆と同じ表を浮かべてる。まだまだ魔法で楽しませるための修練と変化が足りないな。

「ウォルトのまほうは、すっごいね！」

「かっこいい！おもしろい！」

「それに、きれい！」

「ありがとう。魔法使いなら、誰でもできるんだけどね」

魔法披を終えると、ばあちゃんがそっと抱きついてきた。

「急にどうしたの？みんな見てるよ？」

「知ったこっちゃない…。アンタの魔法は…ホントに大したもんだよ…。アタシとサバトの……自慢の孫だ…」

「…ありがとう」

贔屓目でも、ばあちゃんに褒めてもらえるのは嬉しい。じいちゃんにも魔法を見てもらいたかったな。

ばあちゃんは、ボクから離れて皆の方を向く。

「アンタらに頼みたいことがある！ウォルトが魔法を使えるのは、タオの住人だけのにしておくれよ！タオのために教えてくれたのに…もし世間にバレたら、二度と此処に來れなくなっちまうかもしれない…。あたしゃ…それが嫌なんだ！」

みんな頷いてくれる。子供達も…。

「皆さん、ありがとうございます…。ボクはタオが好きで、これからできることをやりたいと思います。この頃から、タオの皆さんにはお世話になって…」

手を翳し、ボクが知る昔のタオの景を『幻視』で映し出す。

「うあぁぁ…っ！！なんて魔法だ…！信じられん…！」

今より集落は賑わっていて、家も土俵もまだ新しかった頃。若い人も何人かいて、行商も良く來ていた。

小さかったボクに優しくしてくれた、今は亡きタオの人達の姿も映し出す。外で洗濯していたり、ご飯を作っていたり、もちろん相撲をとっていたり。

あの頃のタオの匂いを思い出しながら、元気だったサバトじいちゃんの姿も映し出す。

タオに遊びに來るのは楽しかったから、鮮明に覚えてる。子供のボクの視點からの記憶で悪いけど、皆に謝を伝えたい。

と思っていたら…。

「死んだばあさんじゃ…！うぅぅ～っ…！」

「あの頃のじいさんが…まるで生きてるみたいにいてるねぇ…。懐かしいねぇ…」

「ウォルト…。この魔法はいかんよ…。涙は枯れとったのに…嬉しすぎて…また何処からか湧いてくる…」

「なんでないてるの？なかないで！」

子供達にめられる大人達。

「アンタは…どれだけ凄い魔法使いなんだい！なんだい、これは！？どうなってんだい！？」

ばあちゃんも泣いてる。アルクスさんや仲間達は、それぞれに昔からの住人をめてくれている。

どうやら、やらかしてしまったっぽい…。

「泣かせるつもりじゃなかったんだ。昔のタオを懐かしんでもらおうと思って、ボクの記憶を映してるだけで」

「ジジババばっかりなんだ！年寄りは、こんなの見せられたら誰でも泣くさね！！」

「でも、ばあちゃんは年寄り扱いするなって言うだろ？」

「やかましい！そんなことより…もっとサバトを見せなっ！！」

完全に個人的な要求…。

皆の反応は予想外だったけれど、映し終わるともの凄く謝された。

こんなとき、魔法が使えて良かったと思う。

ボクが魔法を使いたいと思える人達に喜んでもらえたときは。