食事の後、兄さんはウォルトと魔法での手合わせを所した。

ウォルトは快諾して、既に更地で対峙している。

「ウォルト。今日は負けない」

「ボクも負けません」

私はのんびり見學させてもらおうかしら。

「いくぞ…。『炎舞』」

兄さんの放った炎魔法を皮切りに、２人の魔法戦は始まった。

のっけから激しい魔法の応酬。武闘會とやらも、こんなじだったのかもしれない。防いだり躱したりと忙しい。

端から２人の魔法戦を観戦して気付いたことがある。

「くっ…！『雷火』」

「こちらからもいきます。『逆巻雨』」

フレイ兄さんは、本當に凄い魔導師に長した。

里を出た頃は、ウークでも凡庸な魔導師だったのに、今では父さんに匹敵する技量。既に超えているかもしれない。

昨日、ウークで軽く魔法戦を繰り広げていたけど、父さんは実質押されていた。「もっと勵め」と、強がっている姿は格好悪かった。

フレイ兄さんは父さんに憧れていて、なんだかんだ優しい。兄妹で一番の常識人でもある。

里長という立場と、恵まれた才能に胡座をかいて、最近の父さんは修練をサボり気味だから、徹底的にやって目を覚まさせればよかったのに。

とにかく、今の私ではフレイ兄さんに屆かない。２０年なんて、エルフにとっては微々たる年月だけれど、そんな短期間でここまで長できたことが純粋な驚き。

ウークの次期里長に相応しい実力を持つ目標とすべきエルフ。

「ぐぉぉっ…！！……っ！！」

そんな兄さんの魔法を、ウォルトはじっくり観察しながら冷靜に対処する。常に後攻を選択しながら、反撃の魔法は質が高く、付け加えるなら重い。

そのしさとは裏腹に、け止めるとの芯に響く魔法は、確実にフレイ兄さんの魔力と力を削っていく。

ウォルトが自分を負けず嫌いだと主張することに異論は無いけれど、魔法戦限定で言えば『勝つ必要は無い。負けなければいい』と考えているはず。

格上である魔導師の魔法を存分に分析、吸収し、己の糧とすることが最大の目的で、負けずに手合わせを終えればそれで満足。

互角に渡り合えたら自信に繋がる。勝つことより、負けないために奧の手を見せることはない。

彼の戦法は、基本的に相手の魔力切れを狙っているかのようで、そもそも倒そうという意気込みがじられない。

自分の放つ魔法に、魔導師はどう対処するのか？新たな手法や、鍛え上げられた魔法を見たい。じるのは、ただそれだけ。

至って真剣に魔法戦を行っていると主張するから、相手の力量に合わせているのは無意識なのだと思うけれど、とんだ勘違い。

見學したからこそ気付けたこと。魔法戦の當事者になると余裕がない。兄さんも対抗することで一杯のはず。

悔しいけれど、今の私達ではウォルトを本気にさせることすらできない。唯一可能な手段は、激怒させることね。

『火焔』

「ぐうっ…！一段と威力が…！」

人間の魔法は、ウォルトの本領。エルフの魔法も私達と遜ないのに、更にり輝く魔法。

「これで…どうだぁぁ！！」

兄さんの発に近い魔法すら見事に捌ききって、ウォルトは笑った。

「フレイさん。ありがとうございます。もの凄く學ばせてもらっています」

「そうか…」

「突然なんですが、エルフであるフレイさんやキャミィに、見てもらいたい魔法があるんです」

「俺とキャミィに？」

「はい。ありふれているかもしれませんが、エルフ魔法に敬意を込めて、自分なりに考案してみました」

考案…？

ウォルトは瞬時に魔力を練り上げ、兄さんに向け手を翳した。

『嶺颪(グラスヴェント)』

途轍もない量の冷気を含んだ暴風が兄さんを襲う。『聖なる障壁』で防いでも、広範囲の冷気は徐々にを覆う。

「うぅぅぅっ……。寒いっ…！」

なんとか防ぎきったけれど、兄さんの半と髪や睫まで薄ら凍ってしまった。

ゆっくり歩を進める。

「ウォルト。手合わせの邪魔をするけれど、しだけ時間を頂戴」

「どうしたの？」

「急いで兄さんに伝えなきゃいけないことを思い出したの」

「そっか。ゆっくり話していいよ」

そんなはずないのに信じてくれる。この狀況でニャッ！と笑える友人。

…好よ。

兄さんに近寄って、治癒魔法をかけながら呟く。

「今のは、エルフ魔法の合ね」

「あぁ…。『旋風』と『淺蔥の氷雨』の魔力…。信じられないことを軽々と…」

「大丈夫？」

「もう大丈夫だ…。ふぅ…。助かったよ」

「ここで退くのをお勧めする。ウォルトにとって、今のが『ありふれた魔法』なのよ」

２つの魔法を合したことで、単純に威力が倍増してる。加減されていても、何度も防ぐのは困難。

「エルフ魔法の…新たな可能を目にして、心底ワクワクしてるんだ。退くという選択はできない」

「そう言うと思った。けれど、次に危ないと思ったら即刻止める」

「わかってる。ウォルト！闘いの最中に水を差してすまない！」

「いえ。全然大丈夫です」

「俺は…最高に楽しい。もうちょっと付き合ってくれ！」

「はい。喜んで」

フレイ兄さんは、言葉通り全力で魔法戦を楽しんでいる。

気持ちがわかりすぎる。

ウォルトがどんな思考や願を以て魔法戦に臨んでいるとしても、彼との魔法戦で心が躍らない魔導師などいない。

毎回驚かされ、勝てないと理解していても何度でも闘いたい。そんな魔導師が、彼の他に存在するのかしら。

その後も健闘したフレイ兄さんだったけれど、魔力切れで力盡きた。ちゃんと格上ぶって、平然としている風だけど、足はガクガクしてる。

「お疲れさまでした。ありがとうございました」

「こちらこそ。また魔法戦をやりたい。その時はけてくれるか？」

「もちろんです」

「ウォルト。私も手合わせしたいのだけど」

「構わないよ」

が疼いて仕方ない。やらなければ治まらない。

「連戦だぞ？休んだ方がいいんじゃないか？」

「ウォルトは大丈夫よ。ね？」

「いけます」

「本當か…？」

「兄さん。心配無用よ。無理ならウォルトはちゃんと答える」

『わかってるニャ～！』とでも言いたそうね。

わかるのよ。友人だから。

★

私との魔法戦も終えたウォルトは、住み家にると「お茶を淹れてくる」ということで臺所に向かった。

「キャミィ。ウォルトは、想像以上の化けだ。俺の想像の斜め上をいってる」

「そうよ。今頃気付いたの？」

「俺とお前が連戦して、歯が立たないような魔導師がいるなんて、普通思わないだろ」

私もウォルトに軽くあしらわれてしまった。しかも、敗因は魔力切れ。まだまだ鍛え方が足りないわね。

「魔導師じゃなくて、魔法使いね」

「どっちでもいいけど、エルフの合魔法について訊いていいと思うか？」

「いいに決まってる。結局、私達の問題だから」

「どういう意味だ？」

「訊けばわかるわ」

ちょうどウォルトが戻ってきた。

「花茶をどうぞ」

フワリと椅子に座る。この所作も好きなのよ。

「ありがとう。ウォルトに教えてしいことがあるんだ」

「なんですか？」

「さっき考案したと言って見せた魔法は、どういった魔力作をしてるんだ？」

「普通にで魔力を混合して、詠唱してるだけです。皆さんがやっているように」

やっぱり予想通りの答えね。

「普通にって…。魔導師なら誰でもできると？」

「はい。ボクは師匠からそう教わってます」

兄さん。そんな困った目で私を見ないで。

助け船が必要かしら。

「ウォルト。エルフには複合魔法を詠唱する技法は伝わっていないわ」

「そうなのか？初めて聞いたよ」

「おそらく、魔法を磨けば自然に辿り著く境地…と考えられてるのかもしれない」

「なるほど。エルフならそれだけでにつくかもしれないね」

「だから、興味があって訊いてみたいの」

「それならボクのやり方を教えようか。まず…」

ウォルトは両掌を前に差し出して、それぞれ違う魔法を発現させた。『旋風』と『淺蔥の氷雨』を球狀に。

この時點で意味不明。絶対にできない魔法作…なのに、簡単にやってのける。

「このまま混合すると、屬と質の違いがあって反発するから、しだけ細工が必要で…」

「ちょ、ちょっと待ってくれ！まず、どうやって違う魔法を同時に発現させてるんだ？それを知りたい」

そう。まずはそこから。

「『割芯(スプリット)』と呼ばれる修練法でに著けたんですが、思考を分けて２種類の魔力を同時に作してます」

２つの思考…？『割芯』…？

「通常、人がれるのは１種類の魔力のみだろう？２種類を同時に作できない」

「ボクも魔法を覚えたばかりの頃はそう思っていました。けれど、『そんなものは、何処かの馬鹿が広めた流言(デマ)だ』と、多重発を見せてくれた魔法使いがいます」

「貴方の師匠ね」

「そうだよ」

「修練をこなせば、多重発が可能になるのか？」

「なります。ボクでもできたので。ただ、不用だったので、相當な時間と段階的な修練が必要でしたが」

それは、おそらく勘違い。ウォルトの魔法修得の速さで、かなりの時間が必要ということは、相當な年月が必要になる。

エルフにはもってこいかしら。

「修練法を教えてもらうことは可能か？」

「構いません。あまりお勧めできませんが」

「かなり辛いの？」

「ボクはそうだった。ただ、エルフなら大したことないのかもしれない。…そうだ。一度、多重発を験してみるかい？それで、ある程度わかってもらえると思う」

験すればわかる？

「俺は、是非験してみたい」

「結構辛いと思います。大丈夫ですか？」

「大丈夫だ。後悔はしない」

「わかりました。その前に…しだけ待っててください」

何故かウォルトは桶を持ってきた。

「では、掌を上に向けて両手を前に出して頂けますか？フレイさんの魔力をで作して、さっきボクが見せた魔法を再現します」

「よくわからないけど、頼む」

ウォルトはフレイ兄さんの背中にれて神集中を始めた。

「では、いきます」

「………うっ！？うぅぅぅぅっ…！？！！」

フレイ兄さんの両掌から別々の魔法が発現した。確かに多重発できている。

…と、ウォルトは直ぐに手を離した。

「…うっぶ！！！」

「フレイさん！コレを使うかトイレに！」

兄さんは、渡された桶を持ってトイレに駆け出した。嘔吐している聲だけが住み家に響く。

「多重発に慣れてないと、こうなるんだ。エルフでも同じだったね」

「よくわかったわ」

「回復するよう魔力を作してくる」

「行ってらっしゃい」

しばらくして二人は戻ってきた。

フレイ兄さんは顔面蒼白。

「これはキツすぎる…。頭が割れそうなくらい痛い…」

「そうなのね」

「ボクも飲んでいた特製の痛み止めです。これを飲んで橫になっていて下さい」

「ありがとう…。助かる…」

兄さんは部屋に連れて行かれ、ウォルトだけが戻ってきた。

「ウォルトの言う『割芯』は、多重発にを慣らす修練ということなの？」

「それも目的の一つだし、多重発の手法にも関係する。だから段階的なんだ」

「兄さんのには何が起こったの？」

「頭が割れるように痛むのは、魔法作における脳の許容範囲を超えているからなんだ」

「負荷をかけ過ぎた、ということね」

「激しい頭痛をじてるだろうけど、実際は魔力回路も過負荷で損傷していたから直ぐにやめた。さっきボクが整えたけど」

聞けば聞くほど、ウォルトの異常に気付かされる。

「一朝一夕でにつかないのは予想していたけれど、辛い修練を経て可能になるのね」

「ボクは他の修練法を知らない。ただでさえ才能がないボクが、多重発を會得するにはそれしかないと教わった。でも、キャミィやフレイさんは違う」

「私が言ったように、エルフならいずれは…ということ？」

「そうじゃない。多重発に必要な魔力作の覚さえ摑めば、あとは耐えうるを作るだけ。たったそれだけで可能になる」

「無理だと思う。きっと、才能だけでどうにかできる問題じゃない」

「できるよ。多重発を覚えてから、逆行して修得法を考えたことがある。理論上は、それだけで可能なはずなんだ」

「そうなのね。私にも、多重発の覚を教えてもらいたいのだけど」

「いいけど、大丈夫？」

「何事も、やってみなければわからないわ。でしょう？」

『その通りだニャ』とでも言いそうなウォルトに魔力を作してもらい…２０年ぶりにフレイ兄さんと同じ部屋で寢ることになった。

ほんの……ほんの微かに、多重発の覚を摑んだ気がする。

この芽を大切に育ててみたい。そして、ウォルトを驚かせてみたいのよ。