《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》47話 ザカリヤの仕事(サチ視點)

飛び去ったマリィをザカリヤの使い魔は追っていた。マリィの住処は魔國の北東部。點在する廃村の一つに彼はいる。あちこち転々と拠點を移するのではなく、一所に留まるタイプのようだ。

「完全に元通りってわけにはいかないが、人間に近い姿形に戻すことはできる。しかし一回、魔の領域に踏み込んだら、二度と元には戻らねぇし、壊れてしまった心も取り戻せないぞ?」

「時間の壁を使って、元の狀態に戻せないだろうか?」

「うーん……難しいと思う。時間までれる奴は魔國にいない。それこそ、魔王エゼキエルとか……やはり、彼のことを思うんなら、殺してやるのが正だろう」

マリィにやられた傷は淺かった。簡単な手當てだけして、サチはザカリヤと一緒にエルフの村で指を換金した。魔國の行商人は組合を作り、各村に拠點を置いている。人が集まっている所へ行けば、必ず換金ができるというわけだ。その點は人間界と同じである。

帰り道、サチとザカリヤはマリィの扱いについて話し合った。ザカリヤの言い分はおおむね「息のを止めてやれ」だった。サチもザカリヤの言うことはわかる。だが、マリィを苦しみから解き放つにしても、ジャン(グラニエ)の役目だと思うのだ。それと、時間の壁を試してみたい気持ちもある。

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「まあ、おまえが甘い考えを持つのもわかるけどな」

ザカリヤは寂しげな笑顔を見せた。本人は意識してないのだろうが、表の変化一つとっても、ドキリとさせられる。サチは見らないよう目をそらした。

しさは罪だ。行いの醜さを隠し、すべての印象をに変えてしまう力がある。

──俺は強くなるために、こいつを利用するだけだ。父親とは絶対に認めない

翌日、診療所の勤務を休み、サチはザカリヤの仕事を手伝うこととなった。不本意でも致し方ない。剣を教えてもらう換條件だ。あんまりゲスい仕事だったら、拒否するつもりだった。

まず、連れて行かれたのは、ザカリヤ宅に隣接する娼館である。癒やしと救済と──ザカリヤ宅はサイドを娼館と診療所+宿屋に挾まれている。

娼館にサチが足を踏みれるのは、生まれて初めてのことだ。まず、裝が豪華なのに驚いた。ってすぐの玄関ホールには大きなシャンデリアがいくつもぶら下がっており、敷も細かく織り込まれた特産品。壁紙にも複雑な文様が描かれている。ホールのあちこちには寛げるソファーや椅子、スツールが置かれ、客は酒を飲みながら、を選べた。娼婦の何人かは見知った顔だ。姿を見るなり、聲をかけてくるもいた。

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「ボク、どうしたの? 筆おろし?」

「えと……仕事の手伝いで」

娼婦たちのサチに対する認識は、ザカリヤのペット。変な名前で呼ばれるより“ボク”のほうがマシではあるが。ホールの中央にいた、いかにも軽薄そうな虎耳獣人(雄)にザカリヤは聲をかけた。

「タイガ、新人だ。最近、若いのがやめたって困ってただろ? 一通り仕事を覚えさせたら、ホールの仕事はこいつにやらせろ。空いた時間でおまえはスカウトやら、請け先との取引とかいろいろやればいい」

「ぅす。あざます!! 人手が足りなくて、もぉ困ってたんすよぉ……でも、ガキっすけど大丈夫ですかね?」

「世間知らずだからな。教えてやれ」

ザカリヤはそれだけ言うとクルリ背を向け、さっさと行ってしまった。殘されたサチはチャラい獣人と向かい合い、しばし固まった。タイガというその獣人はサチのことを上から下までジロジロ見てくる。人を扱う仕事だからかもしれないが気分は悪い。

「ガキぃ、名前はぁ?」

「サチ・ジーンニアです」

「さっちゃんね。それって本名? なら、テキトーな偽名つけてやっから、それ使って……で、なんでおめぇは人間のふりしてるわけ?」

に変異が現れてないだけです」

「クンクン……匂いは人間じゃあねぇな……なんか変なじ」

近くにいた娼婦たちが橫槍をれ始めた。

「タイガぁ、新人さんいじめたら、かわいそうだよぉ。まだ、年じゃん」

「そうよ、優しくしなよー」

「この子、知ってる。ザカリヤ様が気にって、一緒に住まわせてる子だ。暴に扱うと怒られるよ」

「そうそう、料理がうまいのよねー」

娼婦たちが次々に言うものだから、タイガの不信は拭えたようだった。

「ふぅん。じゃ、仕事教えっから。來なよ」

サチはおとなしく従った。このチャラチャラした貓科の獣人は、サチからしたら異次元の生きだ。価値観や生き方、知能……何から何までサチとはかけ離れているのだろう。トラブルは起こさないに限る。せっかくザカリヤが戦闘技を教える気になっているのに、ご破算となっては元も子もない。タイガのうなじを眺めつつ、サチは自戒していた。うなじは頭髪と繋がって、たてがみのようながツンツン立っている。

「客が來たらご挨拶して、その客好みのを勧める。目當ての子が接客中の時は別の子を勧めるか、待てる場合はサービス追加して待ってもらうか……まあ、一度に言ってもわかんねぇよな」

タイガは客一人一人に偽名でサチを紹介した。ホールにいた客は十人ほど。晝間からお盛んなものだ。娼婦も亜人だし、客も亜人魔人。翼や角、尾が生えているのは當たり前。全鱗で覆われていたり、獣そのものが二本足で立っているのもいる。ここは異形の店だ。宿屋で手伝い程度の経験はあるから接客できるものの、サチは張していた。

け答えや案はできるけど、の子を勧めたりは……」

「まあ、慣れだよな。何回か接客を繰り返していくうちに、客の好みも覚えてくる」

客への紹介が終わったあと、今度は二階へ移した。豪華だと思った室もよく見ると、偽だらけである。シャンデリアもガラスのカット部分が雑だし、絨毯は織り込まれているのではなくて印刷。壁紙も柄を盜用したスタンプのようだ。

──一時の夢を見させる場所だもんなぁ。紛いだらけなわけだ。

そう考えると悲しい。自分は互いに好き合っている人と結ばれたいとサチは思った。頭に浮かぶのはイザベラ……ではなくて、メグの顔である。

──メグさん、俺のことをどう思ってるんだろう?

そんなふうに考えるだけて、ドキドキしてしまう。しかし、イザベラに対して罪悪はあった。

──あいつが死んでたりしたら心苦しいけど。でも、ハッキリ好きだと伝えたわけでもないしな。キスも一回……キスというか、口移しで水を飲ませられただけだし。あいつがたぶん俺のことを好きだから、それに応えただけだし

都合の良い考えだろうか? だとしても、人を好きになる気持ちを抑えることはできない。サチはイザベラの存在を頭から追いやった。

二階は客室になっている。扉の向こうから聲が聞こえてきて、サチは顔を熱くした。

「これも接客に含まれるんだけどな……ってオイ、なんで顔真っ赤にしてんだよ?」

「だ、大丈夫です。続けてください」

「まったく、純だねぇ。だいじょぶかぁ? これから、ヤッてる所に突するんだが……」

タイガは言うなり、ドアを蹴っ飛ばした。

「オイ、こらぁっっ!! 時間、過ぎてんだよぉ! いつまで、ヤッてやがる! このドスケベ野郎が!!」

サチは唖然とした。タイガは制限時間をオーバーした客を追い出そうとしている。

「いいか? 今から二十秒數えるからな? 數え終わるまえに汚ねぇチ○ポ抜いて出て來いよ? そしたら、通常の追加料金だけで勘弁してやる。いーち、にーぃ、さーん……」

もう、ハラハラしながら見守るしかない。これは自分には無理な仕事だとサチは思った。普通の接客だけならともかく、強請(ゆすり)とか取り立ての類ではないか。

「じゅういーち、じゅうにぃー、ああ、たりぃな……十三十四十五十六十七十八十九二十!!」

數える速度が突如変わったと思ったら、終わると同時にタイガはドアを蹴破った。

ドアの向こうには獣が……いや、むくじゃら系の亜人が泡を食っている。サチは開いた口がふさがらない。

「はい、タイムオーバー。ドアの修理代もプラスな」

タイガは哀れな元客に短剣を突きつけた。客は非常に深く、大型猿のような外見をしていた。分厚い筋を持つ、ほとんど獣の亜人である。すんなり引き下がるとは思えなかった。

「ふ、ふざけるなっ! ぼったくり店のくせに、數分で追加料金取るつもりかっ!!」

やはり、牙を剝いてくる。見た目ペラッペラのタイガが太刀打ちできる相手とは思えないが……タイガは短剣を頭上高く放り投げた。

短剣が落ちるまでの間、牙を剝いて襲いかかってくるゴリラの顎に頭突きを食らわせる。続けて鳩尾(みぞおち)に強烈な一撃。ゴリラが崩れ落ちる寸前に間を蹴り上げ、短剣を口でキャッチした。

ズサァ……

顔から突っ伏したゴリラ、痙攣。ベッドにいた全の娼婦が苦笑いする。

「タイガぁ、やり過ぎだってぇ」

「あ? 気絶してやがるかぁ。ま、いいや。ぐるみ剝がして、外に捨てとこ」

タイガは事もなげに言うと、人間數人分の重はあるだろう客ゴリラをズルズル、窓まで引きずった。

「じゃあなぁー! またのご來店を!」

二階の窓からポイッと、ただのゴリラと化した客を放り投げた。

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