《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》48話 ドゥルジ(サチ視點)

ゴリラの次の客は抵抗せず、おとなしく金を出した。おそらくタイガの荒いやり方が知られているのだろう。

「さっちゃん、慣れだよ、慣れ。やっていくうちに慣れるって」

「でも俺、タイガさんみたいに強くないし。人間相手なら、なんとかなるけど」

「チッ……意気地がねぇなぁ。いいか。これは仕事なんだ。割り切れよ? どももみんな、きっちり割り切ってやってる。さっちゃんが不良客を放置したらどうなる? はただ働きさせられる。ウチは暴な客をお斷りしてるから大抵は大丈夫だけど、それでも完璧じゃねぇよな? 客の中には頭のおかしいド変態もいて、に無理を強要しているかもしれねぇだろ? の安全を確保するためにも、時間超過には厳しくあたらねばならねぇ」

タイガの言い分は的をている。見た目はチャラくても、道理をわきまえているようだ。サチは素直にうなずいた。

「よし、いいねぇ。さっちゃんの武はその素直さだ。今度、不良客が現れたら、自分でやってみ? さっちゃんのやり方でな」

Advertisement

ふと、サチを指導するタイガに近づく影が一つ。下働きのだろうか。兎耳の可憐なの子だ。だが、どこかしらおびえた空気を醸し出している。

「タイガさん……」

がタイガに耳打ちしたとたん、張が走った。

「さっちゃん、上客のお出ましだってさ」

「上客?」

「魔國の名士さ。ドゥルジ様という。人間を見たら、一口で平らげるようなお方だからな。さっちゃんは見た目人間だから隠れてたほうがいいかも」

ドゥルジ──

兄エドアルドを奴隷にして傷つけた魔人。魔國を牛耳る元締め。サチを狙ってきた張本人ではないか。

「オレは挨拶してくっから、さっちゃんはベッドメイキングとか、下男の仕事でも手伝ってて」

タイガはそれだけ言って髪を整えつつ、慌ただしく階段を駆け下りた。

さすがにサチが姿を見せるのは危険だろう。だとしても、ドゥルジがどんな顔の魔人か確認しておきたい──とサチは思った。

──危険かな? でも、ドゥルジは俺の顔を知らないはず

小柄でエデン人風の顔という報は渡っている。だが、面識はない。

「俺もドゥルジを見てみたいんだけどな……」

つぶやいたところ、ピコンと兎耳のが反応した。つい、さわりたくなってしまうふわふわの耳をピッとばし、赤い瞳をキラキラさせている。兎耳はサチの腕を引っ張り、導した。

「え??」

「いいから付いて來て」

娼婦たちのとりどりのドレスが目をさす。連れて來られたのは裝部屋だった。あんまりケバケバしいは目に毒だ。サチは目を細めた。

はアクセサリー類が収納されているチェストを開け、髪留めを取り出した。左のこめかみから右のこめかみへ、頭にぴったりはまるように作られた髪留めである。飾りには、かわいらしい狐の耳が付いている。

「これを著けて行けば大丈夫。あ、あたしはウサちゃんだよ。よろしくね、さっちゃん……そうだ! 尾もあるよ」

「ありがとう……」

サチは鏡臺の前に座り、その髪留めを裝著した。小柄なサチは頭部の大きさもサイズだ。弧を描く針金部分はサチの頭にぴったりだった。留めてある部分を髪で隠したら、できあがり。鏡にはダーラのような狐の亜人が映っていた。

「かわいいい!! よく似合うよ! 尾も著けてみよう」

ウサちゃんに譽められると、悪い気はしない。尾のついでに、ボリュームたっぷりのジャボ※も著けてみた。※ジャボ……レースをたくさん使ったタイ。

「わあああ……!! さっちゃん、かわいすぎる!!……もう……お化粧もしてみる?」

調子に乗って、危うく承諾するところだった。サチは頭を振った。

「変裝は完了したから早く行こう」

「あーあ、殘念。さっちゃん、今度ドレスも著て見せてよ? 絶対似合うと思う」

「また今度な」

の子にチヤホヤされるのも悪くないものだ。が適度に緩んだところで、サチは一階へ下りた。

一階は想像以上に々しかった。他の客は端へ移し、嵐が過ぎ去るのを靜かに待っている。娼婦たちも張した面持ちで選ばれるのを待っていた。

供は魔人二人。広間の中央に堂々と立つその姿は、今まで見たどんな魔人より異様だった。

顔立ちは極めて醜悪である。どこがどうとは、はっきりわからないが間違いなくそう言える。顔の兇暴な特徴をとことん吸い出して凝したじ……だろうか。その巨大で醜悪な顔に人間の手足が付いていた。ダイレクトに。

顔(・)から手足が生えているのだ。首、なんてはない。顔は巨大蟹(カルキノス)の子供サイズ。それこそタイガの言うとおり、人間を軽くひと呑みにしてしまいそうだ。

──いったい、どうなってるんだ?

顔だけでができるのだろうか? 選ばれた娼婦は無事で済むのだろうか……。なにより、そんな異様な見た目に反し、不気味なほど魔力がじられなかった。サチやユゼフと同じように、強い力を普段は封じているのかもしれない。これでは強さを推し量ることができない。

サチの懸念を顔から読み取ったのだろう。ウサちゃんがこそこそ耳打ちしてきた。

「びっくりした? 怖いよね」

「選ばれたの子は大丈夫なのか……」

「ああ、それは平気だよ。普通の男とやることは一緒。でも、力が強すぎて、一人じゃ相手しきれないんだ。だから五人くらい選ばれる」

「五人!?……でも、あのでどうやって……」

「うーん……さっちゃんは純そうだからなぁ。わからないかぁ。ああいうのは絶倫なんだよ。が気絶しちゃうこともあるらしい」

「そ、そうなんだ……」

こんなに上から目線で行為について話されるとは。ウサちゃんは馴れ馴れしく腕を絡ませてくる。タイガに報告した時、おびえていたのはドゥルジを恐れていたからだろうが、サチが隣にいれば怖くないらしい。サチたちがいるのは広間の端だ。他の客のうしろにいたから、小聲でおしゃべりしても気にされなかった。

「ねーねー、さっちゃんはヤったことあるの?」

ウサちゃんの無邪気な目がを帯びてくる。サチの手に指を絡ませてきた。「ヤった」というのは、話の流れだとあのことか。こんな所で働いているし、多な年頃の子には興味のあることかもしれない……にしても、答えに窮する質問だ。

「えっと……そういうことは話さない」

「ウサはね、まだなんだ。でも、あと何年かしたらお店に立つようになるよね。それまでに経験しとかないと」

「へっ……?」

サチはウサちゃんからを離し、そのい顔をまじまじと見つめてしまった。まだ十歳くらいだろうか。かわいい顔だ。妹はこれぐらいの時、まだ初も來ていなかった。

──そうか。こういう所で働かされるということは、いずれはそうなるのだな

あどけなくウサちゃんは小首をかしげる。サチが驚いているのが不思議なのだろう。彼にとって當たり前のこと、それ以外の世界をウサちゃんは知らない。汚れぬその姿にサチはを痛めた。

「お店に立つようになったら、綺麗なドレスも著れるし、の回りのことは見習いの子がやってくれる。髪も大人っぽく、前髪を全部うしろに上げちゃうんだ。今はこんな、パッツン前髪だけど」

「今のままのほうが、かわいいよ」

サチは眉の上で揺れるウサちゃんの前髪にれた。大人に憧れるのはいいとしても、こんなかわいい子が消費に使われるのは嫌だ。

ウサちゃんの話に気を取られている間、ドゥルジは五人選び終えた。さぁっと人が切れて、ドゥルジが真ん前に姿を現したので、サチは心臓が止まるかと思った。

大慌てでウサちゃんと壁際にを寄せる。幸運にも、ドゥルジはサチたちには目もくれなかった。ボサッと立っていた下働きのがたまたま視界にった、それだけ。地面を這う団子蟲くらいの認識なのだろう。汚い濁聲が耳に屆いた。

「しかし、つまらん店だな。無料でなければ訪れん」

そんなことをブチブチ言いながらを引き連れ、ドゥルジは二階へ上がっていく。タイガが引きつった笑みを浮かべ、案しているのが見えた。

──無料……だと!?

    人が読んでいる<ドーナツ穴から蟲食い穴を通って魔人はやってくる>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください