《モフモフの魔導師》518 己を省みる

フクーベの街。

メリルの自宅兼工房を、衛兵のボリスが訪れていた。

「いい加減にしろ」

「忙しいのか?」

「忙しくはない。お前の依頼は、割に合わないんだよ」

先日け取った魔道について、更に改良を頼むために來た。実際に使ってみると、足りない部分に気付くもの。

「報酬は、お前の言い値で払う」

「じゃあ、100萬トーブだ。前払いでよこせ」

「無理に決まってるだろう」

「だったら言うな、バカタレが」

足下を見て、ひどい言い草だ。

「フクーベでは、お前にしかできない。なんとか機能の追加を頼みたい」

「他をあたるか、ウォルトに頼んでみろ。1日で完する」

「アイツが俺の依頼をけてくれるとは思えない」

歩み寄りを畫策したが、俺とアイツの間には見えない高く分厚い壁がある。どうしても反りが合わない。

「お前とウォルトの格が合わないのはわかる。関係を拗らせてるのは…お前が原因だろ」

「アイツから會わない方がいいと言われたが、俺は思ってもいない」

「気を使われて、恥ずかしくないのか」

「俺が気を使われてるというのか?」

「思考もも理解できないのに、わかったフリしてるだろ?だからそんなことを言われる」

「むぅ…」

本當に歯に著せない奴だ。雙子でもリリムとは違うな。

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「私がリリムに似てないと思ったな」

「そんなことはない」

似てないが、察力が優れているところは同じだ。それは認めよう。

「事実だから別にいい。だが、そういうところだ」

「何がだ?」

「腹を割って話さないから、相手に警戒される。人を疑ってかかる衛兵の思考すぎて話にならない」

「俺は衛兵だ」

「違うな。ボリスという人間であって、その次に衛兵がある。衛兵は付加価値だ。勘違いするな」

衛兵である前に、人間のボリス…。ウォルトは魔導師である前に獣人…。それを理解しろ…ということか。

「お前は、思い込みが激しすぎて危なっかしい」

「どこがだ?」

「一歩間違えば、己の正義を主張して犯罪を犯す輩と同じだ。道を踏み外す前に、自分を省みろ」

「お前が言うのか」

「私だから言える。だが、私はくことを優先する質だから、ウォルトに理解してもらえた。逆も然りだ。お前にもできるだろ」

「…言うのは容易いが、それを不用な俺に求めるのは、無理強いに他ならない」

人の心の機微に疎く、融通がきかない。その位は自覚している。

「ボリス…。お前はウォルトのことを賢いと思っているな?」

なんだと…?

「違うと言うのか?」

「ウォルトは賢い…が、狡賢くはない」

「どういうことだ?わかるように説明しろ」

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「普段、犯罪者とばかり接しているから、『何か裏があるんじゃないか?』…と勝手に深読みする。思い當たる節があるだろ」

「ある…が、だから何だ」

「クソ真面目なお前が、人の裏など読めるか。本來なら、お前のように不用な奴ほどウォルトとは親しくなれる。捻くれてるからできないだけだ。シャキッとしろ」

ハッキリと無茶を言う奴め。

「とにかく、これ以上私はやらんぞ」

「そうか。殘念だ」

「大、お前の姑息さが気に食わない。々言ったが、それが斷る一番の理由だ」

「俺のどこが姑息だと言うんだ」

腹立たしい言い。いかに毒舌でも、そんなことを言われる筋合いはない。

「ウォルトのような魔力付與ができる奴はまずいないが、友人ならすんなり頼める。それを見越して依頼してきただろ」

「………」

「普通なら數百トーブするような魔力封が無償だ。価値がわからんとは言わせんぞ。私は友人だから何かを返す。だが、お前はただの衛兵で、キチンと報酬を支払うべき。でなければ頭を下げろ。リリムの件での迷料代わりに引きけたが…良いように何度も利用するな。殺すぞ」

衛兵に向かって何て口を…。

……こういうところか…。

おかしなことは言ってない。俺はウォルトとメリルに期待した。…いや。言い方を変えれば利用した。

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「己の姑息さを理解したか」

「……邪魔したな。また來る」

「理解できないなら、此処には二度と來るな」

最後まで認めることなくメリルの家を後にする。

…慘めな気持ちだ。

責められて反論できなかったことではなく、口調厳しくメリルは俺に忠告しているのに、聞きれることができない。

思った以上に、衛兵という立場が俺という人間の大きなウエイトを占めていて、偉そうにしたがる自分がいる。

捻くれてる…か。

冒険者だった頃の俺は、こんなじゃなかったのか?もう忘れてしまった。

「お久しぶりです」

「頼みたいことがあってきた」

「中へどうぞ」

結局、メリルの家を出てからそのままウォルトの住み家を訪ねた。

旨いカフィを頂く。

「どうされましたか?」

「以前、メリルに依頼した魔道の改良を頼みたい。メリルからお前に頼めと言われた。既に詳しいからと」

「忙しいんですね。ボリスさんがよければ構いません」

即答…。メリルの言う通り、俺へのは関係ないのか…。

「お前は、俺が良く利用しているだけだと思わないのか?」

「何をですか?」

「お前の魔法と、用さをだ」

「たとえそうでも、自分が納得してるので問題ないです。その魔道を悪用するつもりなら斷りますが」

「するつもりはない。だが、先のことはわからないだろう」

「裏切られたと知った時に行します。どんな手を使っても、返してもらうので」

「息のを止めてでもか?」

「必要があれば、そのつもりです」

笑って告げるとは、どんな神経をしている?

「前回の魔力封に対する報酬を払いたいんだが」

「必要ないです。ボクはそれを生業にしてません。登録していない魔導師は、魔力付與を商売にしてはいけない。そうですよね?」

「その通りだ」

「依頼者であるメリルさんのためにやるのは、個人の責任と自由。換と同等の取引。ただし、そこから先の繋がりは話が違うことくらい知ってますよ」

俺は…確かにウォルトの賢さを利用している。そして、そんな考えを読まれた上で魔力を付與された。

「今回は俺が直接頼む。だから、禮をけ取ってもらうぞ」

「だったらやりたくないんですが…」

「ダメだ。何としてもけ取ってもらう。気が済まないんでな」

「…そうですか。それで構いません」

いやにあっさり退いたな…。

「改良って、どうすればいいんですか?」

「1つ機能を追加してもらいたい。『水撃』の効果だ」

「火事の現場用ですね。広範囲の放出ですか?それとも、一極集中ですか?」

直ぐに思い浮かぶということは、衛兵の仕事に理解があるということに他ならない…。

「火中でも飛び込めるよう、広範囲放出で頼む」

「わかりました。では、今から改良します」

「ゆっくりで構わない」

「直ぐに終わります。メリルさんは、簡単に予備機能を追加できるように魔道を組み上げているので。凄い職人です」

「そうか…」

アイツ…。そこまで読み切っていたのか…。

ウォルトの言葉通り、俺がカフィを飲み終える頃に作業は終わった。

微調整のために外で実際に試してみると、想像していた以上の効果に驚いた。予想より広範囲かつ威力も申し分ない。

これなら消火しながら火中に突できる。

「どうですか?」

「充分すぎる」

「それは良かったです」

「お前は……」

「何ですか?」

…たったそれだけか?

そうじるのは、ウォルトの態度があまりに自然すぎるから。事もなげに困難なことをこなす獣人。

世界における魔法は、それほど萬能ではない。緩やかに進化するもので、俺が知る限り大きな変化は起こっていないはず。

語に出てくるような、山を吹き飛ばしたり、壊れた城を一瞬で修復するような魔法とは違う。

未來では更に大きな発展を遂げ、魔法で埋め盡くされた世界に変化しているかもしれないが、この男は魔法の進化に一役買うような存在。

魔法の素人であっても、そう思えて仕方ない。

そして……腹立たしい。

「ウォルト…。お前に頼みがある」

「なんでしょう?」

「単なる俺の我が儘だが、お前と手合わせしてみたい」

「ボクとですか?いきなりですね。何故?」

「ただやってみたくなった」

このは何だ…?自分でもわからない。

「そうですか。ボクは構いません」

「言っておくが、俺は…お前に勝ったなら逮捕するぞ」

「なんであれ負けません」

ごちゃごちゃ考えるのは、一旦やめだ。

思わず口をついた通り行してみる。

手合わせということで、ウォルトから木剣を借りて打ち合うと、予想とは異なる展開に面食らう。

「ぐうぅっ…!」

木剣を構えたウォルトは、倒れた俺から目を離さない。隙も無ければ油斷もじない。

何て奴だ…。

ここまでの攻防に、魔法は一切使っていないことくらいわかる。『強化』すらもだ。純粋に剣の実力のみで叩き伏せられた。おそらく…魔法を使えない俺への配慮。

「もう充分では?」

「まだだ…。まだ終わっていない!!」

立ち上がり、ウォルトに向かって駆ける。剣技を繰り出すも、軽々捌かれて反撃される。

「シッ!」

「くぅっ…!!」

一太刀れるどころか、防されるとき以外は掠りもしない。剣士としてもかなりの腕前で、基礎もできていて強い。

予想とは裏腹に、冒険者だった頃に鍛えた剣がまったく通用しない。今でも怠けることなく腕を磨いているのに…だ。

コイツは並外れている…。何もかも…。

「はぁ… はぁ…」

「ボリスさん。しだけ嬉しいです」

「何がだ…?圧倒して、俺を虛仮にしてるのか…?」

「違います。貴方という人間の本質を見た気がします。言葉や理ではなく、で話せているような気がして」

「そうか…。だったら、もっと話を聞かせてやるっ!!ハァッ!!」

木剣を打ち合いながら、のままに訊く。

「ウォルト…!お前は……何故こんな所に住み続けているんだ?!」

「のんびり生きていたいからです。好きな人達も訪ねてくれますし」

たった…それだけの理由で…。

「それだけの…稀有な才能を持ちながら…誰にも知られず、靜かに一生を終えるつもりか!!」

「そのつもりです。人に誇れる才能は持ち合わせてません」

どの口がほざく!!

「…ふざけるなっ!!お前のような魔法使いが、他にいるかっ!!お前が本気を出せば…世界を変えるかもしれない!!」

俺はウォルトの魔法をほぼ知らない。それでもじるものがある。

絶対に只者じゃない。類を見ない化けなのに、コイツ自が何もじていないはずがない。

「ボクはいつも本気です」

「斷じて違うっ!お前を見てると…苛々する!己にできることを放棄し、森に引きこもって本気になることすらない!」

「仮にそうであったとしても、誰にも迷をかけてません。衛兵的にはそれでいいのでは?」

「今、衛兵の話はしてない!俺の…あくまで個人的なの話だ!!」

息を切らし、距離をとる。

「貴方は、一何に怒っているんですか?」

「中途半端な者にだ…。俺も…そしてお前もっ!!」

「ボクが半端者だということは認めますが、貴方もそうだと?」

「そうだ!!俺は…冒険者としてもそうだった…。如何に努力しようとBランクにすら上がれず、辭めて衛兵になっても末端の半端者だ!お前のように力を持つ奴が……妬ましい!!」

山も谷も無い、平坦な人生だった。

好きで真面目に生きてるわけじゃない。「真面目だ」と言われる生活に慣れているだけ。

の滲むような努力をしても、平凡の壁を超えない者がいる。それが俺だ。人のためになる仕事がしたくて、誰にでもなれる冒険者を選び、われたのもあって衛兵になった。「真面目だな」と言われ続け、その度に納得してきた!」

「そうですか」

「仕事も…冒険もだ。俺は…真面目なんじゃない!いつだって特別な何者かになりたかった!そのために、死ぬほど努力した!それが、他人には真面目に映るだけだ!なんでもいい!皆から注目されるような、そんな男になりたかったんだ!」

「今から目指しても遅くないと思います」

簡単に言ってくれる。それができないからこうなったというのに…!

「俺はなれない!犯罪者になる以外ではな!だが…お前は違う!俺の知る中で、その筆頭だ!!」

何故、注目されようとしないのか、不思議でならない!

「自分を珍しい獣人の魔法使いだと自覚してますが、珍獣扱いされるのは免被ります」

「お前の覚は、絶対におかしい!どうすればそんな思考に達する?!謙虛ですらなく、もはや卑屈だ!!」

怒りにまかせて剣を打ち込んでも、やはり捌かれてしまう。疲れた様子もない。コイツは、どんな修練を積んでいるんだ?

「謙虛でも卑屈でもないですよ。貴方は、気が済むまで特別を目指せばいいと思います。あと、ボクは既に特別です」

「はぁ…はぁ…。どういう意味だ…?」

「森に獨りで生きる者が、普通だと思いますか?相當な変わり者…いわゆる特別なはずです」

「屁理屈を言うな!今のお前は…特別ではなく世間から逃げているだけだ!」

「隠れてますが、逃げてはいません。そのつもりなら、貴方に會うことも無い。心外です」

「堂々巡りだな…。お前とは、やはり相容れないっ!!ハァァッ!!」

の一撃を打ち込む。

「ぐふっ…!」

上手く捌きながらを打たれ、思わず膝をついた。

「また、貴方を理解できた気がします。手合わせは終了でいいですか?」

「あぁ…。俺の負けだ…」

腹の痛みで、冷靜さを取り戻す。

ウォルトが歩み寄って『治癒』をかけてくれる。見事な無詠唱の治癒魔法。冒険者時代にも見たことがない。

やはりモノが違うな…。息をするように魔法をる。

「お前は、もっと上に行くべき魔法使い。こんな場所で燻っていていいわけがない。王都やフクーベで魔法を磨くべきだ」

「逆です。森に住んでいるから、緩やかでも長できてます。街に住むなら仕事もする必要があって、修練する時間がなくなる。ボクの魔法は、磨かなければ直ぐに錆び付いてしまいます。今でこそたまに街を訪れますが、人に會うこと以外で良い面があるとは思いません」

「…そんな場所に連れ出すのは愚策か」

「ボクは、貴方のみ通り、逮捕されるまで此処にいますよ」

「そうか…」

本気を出させるための狂言なんだがな。

「ボクが凄い魔導師になれるような口振りでしたが、萬が一そうなれば、獣人の魔導師を逮捕した特別な衛兵になるのはどうですか?犯罪を犯しても、貴方以外には捕まらないよう努力します」

「ふっ…。ははははっ!…そうする。誰にも捕まるな」

実にふざけた提案だが…これ以上は無駄だな。

今日は、言いたいことを言って気が済んだ。劣等を他人に暴したのは初めてで、笑ったのも隨分と久しぶり。

気分は晴れて、ウォルトが言う「気が済む」というのが、こういうなんだと初めて理解した。

結果がどうであれ、自分の気が晴れたなら次に進む気力が湧く。己のに正直になれば、もっといい仕事や會話ができそうだ。しは格の捩れが矯正できたのだろうか。

結局、ウォルトには報酬として金を渡す。魔力付與は立派な需要と供給であり、け取ってもらわなければ一方的な供與をけたということになる。

それは、まさしく違法だからな。

忠告の禮に、メリルの奴にも何か渡したいが、アイツには何がいいか…。

リリムに訊きに行くのもいいが、には花を贈ると喜ばれると聞く。買って行ってみるとしよう。

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      つづく...
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