《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》51話 あの剣(サチ視點)
突然、姿を現したザカリヤはサチの反応に満足した様子だった。ニヤニヤして、からかう気満々だ。
「ダリウス、おまえ、行ったり來たり、何を悩んでる?」
「失せろ。おまえには関係のないことだ」
「助けてやってもいいぞ? の悩みか?」
サチは歩みを止めた。目の前の無神経な馬鹿を一発毆りたい。眼筋が千切れるんじゃないかと思うくらい、強い視線を投げた。
ザカリヤのほうはキョトンとしている。サチが怒っているのはわかっても、理由がわからないのだ。馬鹿ゆえに。
サチはいつもザカリヤを無視しているから、このように視線を合わせるのは珍しい。視線を向ければ、否が応にも飛び込んでくる造形。そのうえ、剣や魔人としての能力は格別だ。サチがいくら頑張ったところで到底太刀打ちできないだろう。
「ダリウス、いったいどうしたというのだ?……いや、ファルダード」
──名前を変えてきやがった
「もしかして思春期特有のあれか? 通がうまくいかないとか……」
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「死ね」
本當に死んでしまえばいいとサチは心の底から思った。こいつとののつながりを斷ってしまいたい。存在自をなかったことにして、この世から抹消してほしい。
ザカリヤは目を丸くしている。人から罵られることに慣れていないのだろう。きっと今まで譽められ、チヤホヤされるばかりの人生だったに違いない。だが、即座に立ち直った。
「よしよし。メグに謝るのが恥ずかしいのだな? 俺が代わりに言ってやろう。あの様子だと、メグもたいして怒ってないと思うぞ?」
「いい加減、俺を構おうとするのはやめてくれ。はっきり言って、うっとうしいんだよ。俺はあんたのことが大嫌いだし、仲良くする気もないから」
「ファルダード……」
これでやっと、おとなしくなった。舞臺の一幕を連想するショックのけ方をしているが、放っておいて大丈夫だろう。サチは前を向いて歩き始めた。固まるザカリヤを背に數十歩歩いたあと──
バサァ……
白い羽が舞う。サチの正面にザカリヤは舞い降りた。蕓家の命を捧げた彫刻よりしい顔は真顔だ。慈に満ちた天使フェイスやヘラヘラ顔はよく見るも、真剣な顔つきは珍しい。怒ったのかと思いきや……
「ファルダード、いいのか? 剣を教えなくても?」
「へ? 教えてくれるのか?」
そういえば、剣を教えてもらうためにサチは娼館で働いていたのだった。日々に追われ、すっかり忘れていたのである。そうとなれば、話は別だ。
人間のグラニエが負傷せずに倒せそうだったマリィ。そのマリィにすらサチは歯が立たなかった。自分の非力さを呪い、サウルの生まれ変わりとして恥ずかしくない強さを得たいと思ったのだ。
サチは期待に満ちた目で凝視していたのだろう。ザカリヤは聲を立てて笑った。
「いいぞ。まずはおまえに見合った剣を選ばなければな? 來い!」
下がっていた気分がたちまち上昇する。サチは飛翔するザカリヤを追って駆けた。瘴気にまみれた荒れ地も、靄が晴れたみたいに明るくじる。灰の地面や草もを帯びて見えた。
気のせいではなかった。サチが見上げると、どんよりした雲がまばらになり、青空が所々からのぞいていた。
──魔國でも、空が見えることってあるんだ
サチは清々しい気持ちで、空気を一杯に吸い込んだ。
駆けること數分。息が切れるまえに著いた。
目印は一本の枯れ木。魔國の植ではなく、人間の世界のものかと思われる。その証拠にほども邪悪をじない。もっとも瘴気にやられ、幹は真っ黒に変しており、なんの木か判別することはできなかったが。
ザカリヤが木の周りを舞った後、木を中心として半徑五十キュビット(二十五メートル)範囲に巨大な魔法陣が出現した。魔法陣は一瞬微を放ち、消えたと思ったら同じ場所に先の見えぬ螺旋階段が現れた。
「この下が武庫になってる。下りるぞ」
サチはザカリヤに従い、階段を下りた。中へったとたん、頭上は地面に戻り、石英石の階段が優しいを発し始める。階段は広々としていたので、ザカリヤは行き止まりまで空した。
ぐるぐると果てしなく続く螺旋階段も魔人の飛翔力の前ではあっという間に終わる。行き止まりの扉の前、ザカリヤは得意そうな顔でサチを待っていた。いつもだったらイラッとする態度だ。だが、高揚が先立ち、サチは不思議なほど穏やかでいられた。
ザカリヤが重苦しいオークの扉に手をかざせば、スッと印章が浮かび上がる。それが瞬く間に消えると扉がけ、通れるようになった。
「さあ、おまえにピッタリの武を探そう」
鮮やかな手並みにサチは溜め息をもらしてしまった。同じ魔人なのに、どうしてこうも違うのか。
「どうした? ファルダード、らないのか?」
ザカリヤの無邪気な瞳は、薄暗がりの中だと黒く見える。変に獣じみていた。サチは拳を握り締め、答えた。
「同じ魔人なのにどうして俺は何もできないのかなって、思ってさ」
「気にすることないぞ。大人になれば、自然とできるようになるからな」
「……もう、大人なんだけど」
「十五、六はまだ子供だ。アルコールもほどほどにな。飲み過ぎると長がびなくなる。あと、重要なのは睡眠だ。だから、メグは寢ろと叱ったのだ」
「俺、二十四※……」
「噓をつくな。わかっているぞ。クラウディア様の子なのだろう? なんで魔人になったかは不明だが……さっき、兄がどうとか言ってたから、おおかたおまえは弟のランドル王子のほうだ」
「ちょっと待て。ランドルにしたって、十九歳だからな? 計算がおかしい」
「あ、そうだっけ? でも、おまえ、十九には見えないぞ? せいぜい十六か十七……」
「うるさい! さりげなく、長とか見た目を馬鹿にしてくるんじゃない!」
「まあ、いいじゃないか。いほうが何かと得するだろう。早く先へ進め」
見た目を馬鹿にされるサチの気持ちはザカリヤにわからないだろう。こういう気持ちは恵まれた人間には絶対わからない。サチは憤懣を抑えて一歩踏み出した。
非質となった扉を抜けたところ、壁のトーチが自で點燈する。目に飛び込んできたのは、數え切れないほどの刀剣や甲冑だった。
「すごい……」
「そうだろう? 剣だけでも、五百はある。くくく……どれも盜品だがな。家來のドワーフどもが手れしているから狀態も良い」
「すばらしい……」
短剣、長剣、大剣、細剣、槍、戦斧……何でもある。武はどれもよく研がれていて、鈍いを放っていた。見るサチに気を良くしたのだろう。ザカリヤは武の解説を始めた。
「戦斧のハルバードはよく知っているだろう? おまえのようなチビでも使い勝手がいい。甲冑を破壊しやすいしな。お勧めだ。モンゲンシュテルン※なんかも、いい。遠隔攻撃できるし、意外と軽いぞ。ほら、持ってみろ」※モンゲンシュテルン……モーニングスター。
「ほんとだ。生まれたての赤ん坊より軽い」
「打撃の威力は期待できる。人間なら容易に蹴散らせるだろう。扱いの習得もさほど難しくはない。そういやおまえ、ここに來るまえは何を裝備していた?」
「短剣に近い剣なんだけど……」
言いかけて、剣が並んで展示される壁に視線を這わせたところ、サチは「あっ」と息を呑んだ。
「ん、なにか見つけたのか?」
ザカリヤの問いには答えず、サチは奧へ歩を進めた。
驚いた。まさかこんな所で対面するとは。クロチャンに襲われた時、どこかへいってしまった剣……
それは、他の短剣や寶剣の類と一緒にあった。指がはまるようの掘られた寶剣、たくさんの寶石が埋め込まれた柄。その柄へ向けて広がる三角形は獨特だ──サチが帯剣していたチンクエディアがそこにあった。
※イアンやユゼフの同學年として生活していたが、サチの実年齢は二歳下。
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