《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》52話 クラウディア様のこと(サチ視點)

サチが帯剣していたチンクエディア。グラニエが今のサチに適していると、渡してくれた剣だ。

「この剣は俺の……襲われた時、持っていたにそっくりだ」

「なんと! そうだったのか……しかし、これは刃引きされてるし、戦う用ではないぞ。練習で使うには良いかもしれぬが……」

「ジャンが……ジャンは俺の家來なんだけど、俺にはこういうのが向いていると渡してくれたんだ。魔力を溜めて吐き出すには、ちょうど良い構造をしていると」

「ふむ。なるほどな。魔力を帯びさせるにはいいかもしれん。シュッとした剣だと、すぐに抜けていってしまうからな? 長さもチビのおまえにピッタリだ」

ザカリヤはチンクエディアを手にとって、一通り狀態を見てからサチに渡した。渡されたサチは、注意深く端から端まで剣を確認する。

間違いない。

凝った意匠、はめ込まれている寶石、に流し込まれた金……これはサチが持っていただ。銘はっていないし、細かい傷とか目印までは覚えていないとしても、作りは記憶にあるとおり。なにか意図がない限り、そっくり同じを作ることはないだろう。

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「これはクロチャンが持ってきたのか?」

「どうだろう? 俺が直接渡されたのは上半のおまえだけだ。亡骸かと思ったら、生きていて驚いたぞ? クロチャンはおまえを抱えていたし、高価だからとわざわざ剣を拾って屆けるかな? そんなセコい真似はしないと思うんだが。イツマデに襲われて、慌てて退卻したみたいだったし……」

「でも、これは俺のに間違いないよ」

「使い魔か、家來にしている魔が拾ってあとで屆けたのかもしれん。盜みはたいてい、使い魔とか底辺の妖族がやる……そうか! これを屆けた者が誰かわかれば、クロチャンの潛伏先がつかめる。武庫を管理しているドワーフにあとで聞いてみよう」

「ありがとう。助かる」

つい禮を言ってしまい、サチはハッとした。

ドゥルジの仕事をかすめ取るよう指示したのは、ここにいるクズ魔人だし、そのせいでサチは仲間と引き離されてしまった。こいつがクロチャンの行方を追うのは當然のことだ。責任がある。

「おお! ファルダード、禮が言えるようになったのだな? おまえが長してくれると、主の俺も嬉しいぞ」

ザカリヤは破顔して、サチの頭をガシガシでてきた。

「やめろ! 俺の頭を汚い手でさわるんじゃない! おまえのペットじゃないんだからな!」

「む? メグがやっても、怒らないじゃないか? なぜだ?」

「當然だろうが。俺にれるんじゃない。半徑十キュビット、近寄るな!」

「警戒心が強いのだな。おまえが地面に顔をこすりつけて懇願するから、助けてやったというのに……」

「あの時は殺されると思って……くそっ、思い出したらムカムカしてきた」

最初にザカリヤと出會った時、地面に伏して懇願すれば助けてやると言われ、サチはそのとおりにしたのだった。

今思い出すと屈辱的である。プライドを捨てるくらいなら、命を捨てたってよかった。このドクズに対して頭を下げてしまったとは。いや、頭を下げるレベルではない。土下座して命乞いまでしたのだ──思い出し、サチは恥と怒りで顔を上気させた。

はらわたが煮えくり返っているサチとは反対に、クズ魔人ザカリヤはヘラヘラしている。

「でも、おまえを殺さなくてよかった。もし殺してたら、クラウディア様が悲しんだからな。おまえ、本當に顔形がクラウディア様によく似ているんだから……クラウディア様もな、最初は俺を軽薄な男だと思われたのか拒絶されていた。馬上槍試合(ジョスト)のまえに花を渡しても無視されたし……この俺がだよ? ちょいと聲をかければ、振り向かぬなど皆無だ。それが、まったく相手にもされなかった。こんなことは初めてでな……最初は失禮ながら、クラウディア様のことをブスだと思っていたのが、次第に絶世のに思えてきて……」

母親と父親のなり染めを聞いていると、形容しがたいが湧いてくる。興味はあるものの、サチは気恥ずかしかった。

「ほら、グリンデルでは見ない顔立ちだろう? 平べったいし、子供みたいな顔でさ。他のが皆同じような顔をしているのに対し、彼だけ特別だった。もちろん、惚れてしまったのは、お顔立ちだけじゃないさ。あんな清らかなお人は他にいない。人間が元來持っているやら煩悩やら、いっさい持たぬ人だったのだ。あの方の優しさはただ純粋で、ゆえに人の世をいつも憂いておられた」

クラウディアの話をするザカリヤは浮ついて赤面したり、かと思えば気難しい顔になったり、目を潤ませたりと、表がコロコロ変わった。どんなにぐうたらでにだらしなくても、彼に対するだけは本だったのだ。

チンクエディアを腰に差し、サチはザカリヤと螺旋階段を上り始めた。

ザカリヤは行きのように飛ばず、サチと並んだ。橫に並ぶと頭一つ分の長差があるから、見上げる形になる。綺麗な形の鼻のとシャープな顎を見つつ、サチは思う。母も同じ角度からこの男を見ていたのかと。

ザカリヤは延々とクラウディアとの思い出話を続けた。

戦地から戻った時、人目もはばからず、抱きつかれたこと。馬上槍試合(ジョスト)の際、刺繍りのハンケチを渡してくれるようになったこと。互いの肖像畫のったロケットを換し合ったこと。駆け落ちをした時は──

分を捨てても、一緒になると約束してくださった。二人だけの結婚式をしてさ、二ヶ月間、本當の夫婦みたいに……」

ザカリヤは言葉を詰まらせ、涙した。しばし、濡れた呼吸音だけになる。しかし、拭った顔を上げ、話を再開させた時には聲音が変化していた。甘ったれた聲から、大人の男の聲へと。

「クラウディア様がニュクスとのない結婚したのは、民のためだ。アニュラス東南戦爭の真っ最中に、父王アイオス陛下が臨終を迎えられたから……クラウディア様は俺を捨てて帰國され、陛下の言に従うこととなったのだ。主國王家との結び付きを強めるためにも、ガーデンブルグとの婚姻が必要だった、と。でも俺は間違いだったと思っている」

ここで一息。今のザカリヤがまとうのは、悲しみではなく怒りだ。

「他國から迎えた無能な男ではなく、クラウディア様が王として即位するべきだった。それだけの才覚を持つお方だったのだ。それを、敵國のゴミみたいな男に……」

ザカリヤのニュクス前國王に対する憎悪はかなりのものと思われた。歯をギリギリ噛み締めて、管を浮き上がらせた拳を握り締める。サチでも引いてしまうぐらいの“怒”であった。

ナスターシャ王については何も言及していないが、クラウディアを陥れたナスターシャより、悪を信じたニュクス國王への怒りのほうが強いのかもしれない。

ニュクスは後ほどナスターシャ王に毒殺されたと噂されている。さんざん利用されたあげく、殺されたのだ。

「俺はアイオス陛下に忠誠を誓っていたが、ニュクスには仕える気がなかった。姫君を拐した罪で追放されなくたって、そうしたさ。あんな無能な木偶(でく)の坊に仕えるぐらいなら、死んだほうがまし。クラウディア様を死に追いやったのは、一切合切あの腑抜けのせいだ。死のうがあいつの罪は報われぬ。魂まで燃やし盡くさないことには……」

そこまで言って、ようやくザカリヤはサチの視線に気づいたようだった。ふっと息を吐き、表を和らげる。

「すまぬな。おまえからしたら、ニュクスは父親なのに。だが、許すわけにはいかぬのだ、絶対に」

「ニュクスは父親じゃない」

サチはうっかり、もらしてしまった。だが、ザカリヤは気づかず、笑い飛ばした。

「何を言うか。父として認めたくないのはわかるがな。あいつのせいで、クラウディア様は非業の最期を遂げられたのだから」

サチは本當のことを言うべきか迷ったが、やはり言わないことにした。いくら、母をしていたからといって、まだこの男を認めたくはないのだ。

「」の間、行空けするのをやめました。読みにくかったら、おっしゃってください。

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