《愚者のフライングダンジョン》125 ダジストリ

『ピピピー♪ お疲れ様でした! はーい! お疲れ様でしたー! ほーら腕がパンパンですよー! いい筋トレができたんじゃないですかー!』

「ふぅー」

スマートフォンの畫面にれ、畫を止めたパンツ一丁の男。

この男はニートである。そうは言っても、遊んで暮らせるほどの資産があり、する妻もいる。

彼は天空神ダジストリ。次期主神の有力候補だ。しかし、神の力は失われた。変アイテムの使用のために、神の力を捧げたからだ。今や自重を支える程度の腕力しかない。その筋力も日に日に落ちる。弱っても魔法存在であるから、生活の中で怪我を負うことはない。ただ、これ以上何も失いたくないという焦りから、暇さえあれば筋トレの日々を過ごしていた。

「タオル、タオル」

汗を落としながら洗面所へ行き、濡れたをタオルで拭く。は臭いがシャワーは浴びない。アンカーネが帰ってくれば怒られるかもしれないが、出張でしばらく帰ってこないとわかっている。

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「シャワー浴びろです」

だしぬけに聲を掛けられ、ダジストリは咄嗟に構える。亜空間を開いてキワミバックルを取り出すと、そのままそれを腰に當てた。

「誰だ!?」

壁から姿を見せたのはジャージにメガネの。その手には白いノートを持っている。

「ホロステポスか。勝手に上がるな。インターホンを知らんのか」

攻撃の意思がないとわかると、ダジストリは腰に掛けた手を外した。

「頼みがあるます」

「なんだなんだ。藪から棒に。今までどこに居たのか説明しろ。ムカエルが探してたぞ」

「安全な場所に隠れてますた。今はムカエルの指示でいてるです。手を貸せです」

ホロステポスがこれ見よがしにノートを振ると、ノートから腐敗したミルクの臭いが撒き散らされた。

「くっさ。何だそれ」

「これが作戦の要になるます」

そのノートの表紙には、マジックペンで雑に『ソウルノート』と書かれていた。

空になったシャープペンシル芯の箱を放り投げ、ダジストリが呟いた。

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「いつまで続けりゃいいんだこの作業……」

ダジストリの向かいから、そっとが差し出される。新しいシャープペンシル芯の箱だ。

「つべこべ言わずに手をかすです」

その冷たい言葉にダジストリは苛立つ。びっしりと文字が書き込まれた一枚の紙を摑むと、投げるように提出した。そしたら真っ白な紙が無言で返ってきた。

「もう5時間もやってるんだ。そろそろ休ませろ」

「働けです」

力が落ちたのだ。睡眠も必要だ」

ダジストリの目から涙が溢れた。それを隠すように目をこすってあくびする。

「へなちょこますね」

「そろそろ教えろ。どうしてこんな作業をさせるのか」

長い時間黙々と作業を続けたからか、ホロステポスの口も軽くなっていた。

「このノートは余の友人がくれた怪王の切り札ます。神だろうと地獄に墮とす兇悪な武ます」

バラバラにされたソウルノートのページには、びっしりと『てんとうケー』の名が記されていた。それと沿うように『じごく』がある。あとは矢印を書き足すだけでソウルノートが発するように工夫されていた。

「あと何文字書けば発するのだ?」

「名前と行き先さえ書けば発するです」

「ならば一度でいいだろう。何回もやらせるな」

「そうもいかないです。友人に聞いたところによると、奴は冥界から自力で戻ってこられるそうます。作戦の邪魔をされないように、繰り返し書いて冥界に閉じ込めるです」

すると、ダジストリは考える素振りを見せた。

「奴が地獄のどこに飛ばされるかわかるか?」

「占えばわかるですが、いちいち占ってられないます」

「そうじゃなくてな。ほら、最初のページ。天國に人を飛ばしてるだろう。行き先を変えられるなら、場所も細かく設定できるのではないか?」

「仮にそうだとしても、わざわざ文字數増やせないます」

「その心配は無いかもしれない。これは妹に聞いた話だが、『冥府送り』で魂を飛ばす時、飛ばす場所をイメージしていたそうだ。このノートも同じ要領なら、飛ばす場所を決められるのではないか?」

「余は地獄を知らないます」

「吾輩はつい最近妹に會いに行ったばかりだ」

「地獄に奴を封じる場所があるですか?」

「いいや。そこまではわからないが」

ホロステポスはため息を吐いた。

「無駄話はこの辺にして、とっとと寢ろです」

「地獄の門があるのは知ってるな?」

「知ってるですが。行ったことは無います」

「奴を地獄の門に飛ばしてくれ。そこへ吾輩が出向き、奴を倒す」

ケーを地獄の門へ送るには、書き手がその場所をイメージして発しなければならない。しかし、ホロステポスは行ったことの無い場所をイメージできない。

「余に地獄の門へ行けと言うますか」

「今からここにお前の名前を書く。すぐに戻すから覚えろ」

「嫌ます!」

「許可を取ったつもりはない」

ソウルノートには、既にホロステポスの名前が記されていた。

「あとで殺すです」

しばらく経ったらソウルノートの名前を消すつもりだったが、突如襲ってきた便意に堪えきれず、ダジストリはトイレに篭った。それがいけなかったのかもしれない。長時間便意と格闘したあと、今度は睡魔に襲われ、そのまま寢室へ向かってしまった。

起床後、ダジストリはソウルノートの記述を慌てて取り消したが、カンカンに怒ったホロステポスに殺されかけたのは言うまでもない。

◆▼▲▼◆▼▲▼◆▼▲▼◆▼▲▼◆

サーベラスのは心配だが、それよりも金ピカ鎧の來訪者が気になる。

地獄の門はそんなしょっちゅう開閉される門じゃない。門が設置されているのはマナガスの中でも環境最悪な場所であり、一般人は門に手をかけることすらできない。なんとか到達しても余程の実力が無ければ開けられないため、門を利用するのは大抵がマナガス神だ。

しかし、わざわざ地獄旅行しにくる好きなマナガス神はいない。冥界を訪れる者といえば、現世に飽き飽きした者か迫害された者。あるいは、用事がある者くらいだ。

か? 集団か?

來訪者は何のために來た?

鎧を著用しているということは、なくともを守る準備は済ませている。戦いに來た線が濃厚だ。マナガス神は事前に鎧を著るなんて不恰好な真似はしない。だとすると、明確な敵が存在すると考えられる。

つまり、俺か。敵の目的は。

「ねぇ〜。これからどこ行くの天道様〜」

キガルがうるさい。ベタベタしてくる。

「いいから、おめぇはヤミーを手伝え」

「やーだー」

邪魔すぎる。誰か、ワガママな神のしつけ方を教えてくれ。

「ん?」

急に空気が乾いた。お祭りであったまっていた空気がさらに熱を増した気がする。オーディエンスが沸かした熱気というよりは、気候変による気溫の上昇に近い。

近くの火山が噴火したならすぐにわかる。となれば、小規模かつ高エネルギーなが突然現れたと考えるのが妥當だ。何者かが近くで魔法を使った可能が高い。

顔だけ発し、熱源の方をしっかりめにサーチする。

見つけた。金ピカ鎧だ。人混みを割りながら歩いている。真っ直ぐとこちらへ向かっているようだ。行手に屋臺あれば飛び越えていた。

金ピカ鎧が來た方角に地獄の門があることから、おそらく連絡用のゴーレムを追ってきたのだろう。

「おい、おめぇら。今から俺の敵が來る。巻き込まれないように離れとけ」

「敵? スマイル・ダーク?」

そうだ。と言うのは簡単だが、噓を重ねて良いことはない。

「いや。別の奴だ。だが強い」

「キガルが一緒に戦ってあげる!」

「キミが強いのは知ってるけど、あんまりボクらを舐めないでしいな」

うん。言うこと聞かないよね。わかってた。でも、敵の姿を見たら気が変わるだろう。逃げる隙だけ作ってやるか。

近い。そろそろ二人にも見えるだろう。

「おめぇらに死なれたら困るっち言ゅーとるやろうが。いいから『舞雲』を用意しとけ」

こんなに近いのだから俺の言葉は屆いたはずだ。なのに、二人は『舞雲』どころか武を取り出した。キガルは包丁みたいな短剣を、ヤミーは金屬でできた扇子を構えている。いい加減にしろ。

「おめぇら、死んだら一生許さんぞ」

語気に圧を足し、オーラを出して靜かに怒る。

今度こそちゃんとビビってくれたみたいだ。でも、武を手放してくれない。この程度じゃ二人の戦意を削げないらしい。

聲が屆く距離まで近づかれた。二人を人質にされると面倒だからこれ以上忠告もできない。

來た。大勢の野次馬を引き連れて、金ピカ鎧がメイン會場にやってきた。金ピカ鎧を見る野次馬たちの目はキラキラしている。冥界神を見る目とは全く違うじだ。特に男たちの眼差しが熱い。

顔には出さないが、俺も彼らと同じ気持ちだ。金ピカ鎧の造形は、変ベルトでお馴染みの特撮ヒーローに似通っている。ベルトには如何にもな変形ギミックが付いていて、おもちゃ売り場に置いていそうな印象をけた。もしかしたら、本當に変したのかもしれない。

ただ、全のディテールが子ども向けヒーローと異なる。マスクには鋼鉄の獅子みたいな牙があって妙にリアルだし、甲には一本角の馬の頭骨が付いている。切れ味高そうな鋭いパーツと筋を模したパーツが多く、兵的でありながら生らしさもあるデザインに思えた。

そして、何よりも、鎧の放つ輝きがしい。まるで俺自を見ているかのようだ。

金ピカ鎧が俺の方を見て、ゆっくりと歩いてきた。

「追撃に來たぞ。怪王」

若い男の聲がした。マスク越しなのによく通る。

やはり目的は俺だったようだ。『追撃』と言ったことから、金ピカ鎧はオリジナルソウルノートの現所有者。否、その協力者だと考えられる。

地獄に封じるだけでも充分な妨害だというのに、わざわざこんな所にまで來て喧嘩を売ってくるとは良い度だ。

どんな言葉を返してやろうか悩んでいると、先にキガルが反応した。

「全魔法金屬!? なにそれ! 反則よ!」

さっきまでの勢いが噓のように、キガルはビビり散らかしていた。

ちなみに俺も同じ想だ。魔法金屬は、大きな功績を殘した者に極娯楽神が授けるであり、どれだけ頑張っても武一本分程度しか貰えない。主神のムカエルですらビキニアーマーが一杯で、全鎧を持つマナガス神は天使の記録にも無かった。

突然、ヤミーが無言で倒れた。両目を開けたまま気絶している。おそらく、金ピカ鎧に『業眼』を使ったのだろう。そんでもって、鎧になんらかの防衛機能が働き、ヤミーに反撃したと。

俺の知る限り、『業眼』は最高レベルの神攻撃だ。それが通じないとなると、手持ちの神系スキルは全て役に立たないかもしれない。

「おい。邪魔やから、そのゴミを連れてとっとと失せろ」

関係を悟られないように、暴な口調でキガルに最後の命令を下す。これで従わないならもう知らん。

「そんな言い方しなくたって良いじゃないのよ!」

そう言って、キガルはヤミーを抱えて舞雲に乗り込んだ。

俺の配慮に全く気づいていない様子で、し殘念な気持ちになったが、これで彼たちを戦いに巻き込む心配は消えた。

「ずいぶんと景気の良い場所に居座っているな。地獄にツテでもあるのか?」

追撃に來たと言うわりにはのんびりとした口調だった。

「雑談しに來たんなら帰ってくれや」

「すまない。自分でも気づかないうちに舞い上がっていたようだ。お前と會う日をずっと待ちんでいたからな」

「気悪っ。変質者かよ」

さて、キガルたちも居なくなったことだし、俺も逃げるか。

亜空間から『冥府送り』を取り出し、移の準備を整える。別荘からここまで來るのに時間が掛かったようだし、天國に行けばもう追って來れないだろう。

「じゃあな。金ピカ、ここまでご苦労さん」

俺が槍を出した途端、急に金ピカ鎧の雰囲気が変わった。がピリつくほど強いプレッシャーが飛んでくる。

「返せよ……。それは妹の武だッッ!!」

妹の武? ははーん。

金ピカ鎧の正がわかったぞ。こいつ、天空神ダジストリだ。

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