《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》65話 ホッとするやら、ヒヤヒヤするやら……(サチ視點)

サチが診療所でケガ人の手當てをしている時だった。

患者はエルフの年。村の外を歩いていたところ、オルクス人の兵士と接してしまったらしい。このオルクス人というのは古代の巨人族が死んでから蘇ったと言われており、凄く力が強い。年はちょっとれただけで數十キュビット吹っ飛ばされ、石に頭を打った。

サチは年を拘束し、傷口をった。簡単な手當ては任されている。

「よし、えらいぞ! よく耐えた!」

無事い終わると、譽めて甘いキャンディーをやる。そこまでい子でもないのに年は喜んだ。暴れないよう拘束していたから、そのお詫びとがんばったご褒だ。

「一日様子を見て気持ち悪くなって吐いたりするようだったら、また來るように。傷口が開いちゃうから、抜糸するまで風呂にはるなよ……」

抗菌薬と痛み止めを処方しようとしたところ、隣の病室で別の患者を診ていたメグがってきた。

「サチ、ここはあたしに任せて大至急、家に帰ってくんないかな? ザカリヤが呼んでる」

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「えっ!?」

「サチが探していた人たちが見つかったそうなんだよ。だから、急いで帰って……えっと、この子はお薬処方するだけでいいのね? 大丈夫、行って」

サチは混しつつも、診療所を飛び出した。見つかった……てことは生きてるのか、死んでるのか──

期待より不安のほうが大きい。

居間の扉を勢いよく開けた時、一番最初に見えたのがグラニエでよかったとサチは思う。

「ジャン!!」

奧のソファーにザカリヤが座っていて、その向かいに見慣れたグレーヘアーが見えた。

ゆっくり振り返ったグラニエと目が合い、微笑むまで時間はスローで流れる。極まって次の言葉を発するまえに、サチの視界は遮られた。

「サチ!! サチ!! 無事だったのね!!」

イザベラに抱きつかれたのだ。びっくりするやら安堵するやらで……気持ちが落ち著くまでしばらく時間がかかった。その後、イザベラの背後にいるイアンとエドに気づいた。號泣するイザベラをに抱きながら、サチは數ヶ月ぶりの再會を喜ぶことになったのである。

「エドもイアンも無事でよかった……」

エドは普段通りの無表だが、イアンは泣きそうになっている。先っぽを殘して赤い髪に戻っているのが時間の経過をじさせた。

「サチ、ごめんな……。ケガも治ってよかった……あの時、俺がユゼフのグリフォンをほしがったりしなければ……」

「イアンのせいじゃないよ。気にするな。イアンは大丈夫だと確信してたけど、ジャンとエドは死んだんじゃないかと思ってたから……ホッとしてる」

「クリープ(エド)は死にかけてたのを俺が助けたんだよ。な?」

「そうだったのか。鏃(やじり)が降ってくる寸前に突き飛ばしたんだけど、うまく逃れてくれたか確証が持てなかったんだ」

「サチが突き飛ばしてくれたおかげで即死せずに済んだ。その後、イアンさんに……これはあとで話す」

傍目から見れば無想なエドも喜んでいるのがサチにはわかった。その証拠にしだけ聲がうわずっている。眼鏡にヒビがったのは襲われた時か。大切な兄が生きていて顔を見せてくれた、それで充分だった。心の中に巣くっていた後悔や罪悪はすっかり消える。ため息と共に倒れそうなくらいサチは緩んだ。

ところがそんななか、唐突に始まるイアンズストーリー。

「俺がクリープにをやったんだよ。俺のおかげでクリープは生きてるっていうか。俺はクリープの命の恩人なんだけど、あ、剣の師匠でもあるな。そのうち、眷屬にしようと思ってる……聞いてくれよ、サチ。俺とクリープとイザベラの三人で暮らしてたんだけど、イザベラが魚を食いたいって言うから寒い中、釣りをしてたらさ、デッカい蟹がヨチヨチ歩いてきてな……」

──なにを言っているんだ?

エドがゾッとするほど冷たい視線をイアンに投げている。サチので泣きじゃくっていたイザベラが顔を上げた。

「だまれ」

低い聲を放つイザベラは強烈な殺気を放っている。たちまちイアンは靜かになった。力関係は、イザベラ>イアン。イザベラはやはり蛇に似ている。

──やれやれ……元気そうなのは何よりだが、相変わらずだな。何があったかは、ジャンとエドから聞こう

サチが視線をグラニエのほうへ戻すと、微笑むザカリヤと目が合った。

「ファルダード、おまえもこっちに來て座れ。ジャンの父上は俺の部下だったんだ。今、その話をしていた」

「こうやってお會いして、父の話ができるなんて栄です。ザカリヤ様にはずっと憧れておりましたから。年時代、遠目からチラッとお見かけすることはあっても、じかにお話しできるとは夢にも思いませんでした」

「グラニエは優秀な部下であり、かけがえのない戦友でもあった。アイオス陛下に忠誠を誓った同志でもある」

サチはザカリヤがいつもの半姿ではなく、ちゃんと服を著ていることにをなで下ろした。マーコールの角はそのままだが、翼を引っ込め武人らしいシンプルなダブレットを著ている。來客の知らせをけて、著替えてから応対したのだろう。はべらせているたちも今は下がらせている。

──いつものだらしない姿を見たら、ジャンも幻滅しただろう

サチはザカリヤの橫に腰掛け、エドはグラニエの橫に座る。イアンとイザベラはスツールや椅子を持ってきて、囲むように座った。

髭は依然としてツンと跳ね上がっているが、グラニエの目は若干赤い。

「こうやって並ばれますと、よく似ておられますね。お顔立ちもそうですが、面から滲み出るオーラのようなものが」

「そうかぁ? ファルダードはクラウディア様似だと思うのだが。最初、を半分くらいなくしてるし、別がわからなくて、クラウディア様が生き返ったのかと思った」

「ええ、ええ。クラウディア様にはよく似ておられます。サウル様……さきほど、サウル様の生まれ変わりということはお話ししましたが……サウル様がお父上であるザカリヤ様に助けられたのは、まさに運命でしょう。この広い魔國で離れ離れになっていた親子が巡り會えたのですから」

二人の會話の容から、もう話してしまったのだとわかった。サチがザカリヤの本當の息子だということは。

「ニュクス國王が主國へ帰って長らく不在だったため、クラウディア様の妊娠はおかしいと言われていました。死産と偽られたのは幸か不幸か。ナスターシャ王が、當時は王ですが……自分の子にしようとしたところを我々ガーディアンの一族が奪ったのです」

「俺に一言伝えてくれれば、力になったものを……あの方はいつも一人で抱え込もうとする」

ザカリヤのサチを見る目が、いつにも増して慈に満ちている。

知られてもいいとは思っていた。だが、こういう形ではなくサチは自分で話したかったのである。それにジャンとエドはだからいいとして、イアンやイザベラの前で暴はされたくなかった。とても居心地悪いし、恥ずかしい。

──ザカリヤが俺を助けた談になっているが、実際はまったく違うんだよな

ザカリヤはドゥルジの仕事をかすめ取って報酬を得ようとしていたのであり、サチを意図的に助けたのではない。そもそもサチたちはザカリヤの家來に襲われたのだ。この大きな勘違いをグラニエに伝えるか否かは悩むところであった。グラニエにとってザカリヤは年時代の憧れの英雄。そして主の父。尊敬する剣士。

超真面目で潔癖な僕(しもべ)に本當のことは言えまい。じつは闇の仕事で生計を立てている、ぐうたらなうえにのヒモなんてことは。

その後もザカリヤとグラニエは延々と昔話を懐かしんだ。ときおりエドに話を振ることはあっても、イアンとイザベラは部外者のため空気となる。イアンの顔を見ると、案の定……

──あああ……不機嫌そうだ

イアンが尖った八重歯を舐めているのは、苛ついている証拠だ。早くもザカリヤに敵愾心を持ち始めている。

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