《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》66話 イアンの話(サチ視點)
ザカリヤはにワインを持ってこさせ、だいぶ寛(くつろ)いだ雰囲気になってきた。グラニエとの報換はまだ終わりそうもない。
「剣の指導をザカリヤ様がじかに?」
「ああ、ジャンの指導は厳しかったと聞いている。すっかり、自信をなくしていたので、最初は教えづらかった」
「申し訳ないです。剣に関しては甘えたところがあったので、厳しくしてしまいました。尊大な態度を取ることもあり、神面で長していただきたかったのもあります」
「たしかにエラそうな時はあるな……」
「損をするのはご自ですし。毎度、叱るのもよくないなと思いつつ……」
──なんだこの……保護者と先生の意見換は……
サチはうんざりしてきた。イアンもイラついているようだし、さっさと切り上げたい。外していいか尋ねようとしたところで、
「しかし、こんな綺麗な人がいるなんて聞いてなかった。やるな、ファルダード!」
ザカリヤが話を振ってきた。“綺麗な人”とはイザベラのことだ。イザベラは顔を真っ赤にしている。
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「綺麗だなんて……ザカリヤ様はたくさん綺麗な人をご存知でしょう? わたくしにはもったいない褒め言葉ですわ」
「ふふ……本當に綺麗だと思ったのだ。それに、とてもかわいらしい」
「そんな……恥ずかしいです」
イザベラは男裝姿ではなく、デコルテのあいたガウン姿だ。頬から、うなじ、の辺りまで赤くなっているのがわかる。しらけた顔をするのはイアンとエド。そりゃそうだろうとサチは思った。イアンたちに対する態度とは雲泥の差だ。イザベラまで恥じらい深き乙にしてしまうとは、ザカリヤ恐るべし──
ちょうどよく會話が途切れたので、サチは口を挾むことができた。
「父上、外してもよろしいでしょうか? イアンとエドから、離れていた間のことを聞きたいのです」
「お、おう……」
サチが改まった口調なのは、グラニエの前だからだ。いつものように呼び捨て、あんた呼ばわりだとグラニエが眉をひそめると思ったのである。ザカリヤは目をキョロつかせて、サチの豹変ぶりに戸っている。
サチは微笑し、イアンとエドを連れて居間を出た。イザベラは放っておいてもいいだろう。ザカリヤのイケメン面でも眺めて、溜め息を吐いていればいい。
居間を出るなり、イアンが耳打ちしてきた。
「あいつ、アホだろ?」
「そうだよ。よくわかったな」
イアンの勘の良さに、サチは苦笑した。
「わかるさ。人の父親を悪く言うのは気が引けるけど……」
「遠慮しなくていいよ。本當のことなんだから。あいつ、外面はいいんだよな、外面は。ちなみに今のあの狀態はかなり作っている」
「苦労するな。本當に強いのか? 疑わしい」
「強いのは間違いない、とは思う。でも、イアンから見たらどうかな? ジャンにはまだ黙っておいてほしいんだけど、俺たちを襲ってきたのはあいつの家來だよ……ああ、それはわかっているのか。でもそれ以外にもいろいろと……隠しても、しようがないから、俺の部屋に移してから話す」
サチは自トーチの古びた廊下を通った。來たばかりのころとちがい、埃は積もっておらず清潔にしてある。古臭く思った剝き出しの煉瓦も、灑落て見えてくるのは不思議だ。格子のった窓から差し込む弱いがまだ晝間だと教えてくれる。
自分の部屋にイアンとエドを通すと、サチはこれまでの顛末を打ち明けた。
ドゥルジの仕事をかすめ取っていたザカリヤがクロチャンを仕向けたこと。サチのことを息子とは知らず、気まぐれで殺すのをやめたこと。普段のザカリヤはのヒモで何もしないぐうたら……
「エドやイアンたちのことが心配で、クロチャンの行方を探してもらっていたんだが、死んだと聞いて手詰まりだったんだ。本當によかった」
「無事でもなかったけどな。クリープと嫌味ヒゲ(グラニエ)は死にかけてたし……あ、そうそう。クロチャンは俺が倒したんだよ」
「え!? そうだったのか!?……すごいな! 五人いて全然歯が立たなかったのに……」
「いや、あの時は罠を張られていたからで……あのブス、俺の仲間のゴブリンたちをいじめてたからな、退治してやった」
「仲間のゴブリンたち??」
「あーー、俺はゴブリンの王様なんだよ。道案もしてくれるし、家を作ってくれたりと、気のいい奴らなんだ」
イアンの話がぶっ飛び過ぎて、サチはついて行けなかった。サチの肩に手を置くクリープが代わりに説明してくれる。
「イアンさんは魔人なんだ。六年前に魔國で死にかけた時、魔王エゼキエル……ユゼフさんので魔人になったらしい」
「えぇっ! そうだったのか!?」
それなら、魔國で平然としていられるのも納得いく。蓬萊山での人間離れした活躍を見て、なぜ気づかなかったのかとサチは歯噛みした。イアンが強いのは妖族の王であるシーマの息子だし、サチと魔族の臣従禮をした影響だと思っていたのだ。
「イアンはもともと並外れて強いもんな。しかし、クロチャンを倒すとは……ん? ユゼフのっていうことは、イアンはユゼフの眷屬になるのか?」
「ちげぇよ。ぺぺは俺に命令なんかできないし。でも、居場所はわかるみたいだな。カッコゥとリゲルを使って、こそこそ監視しやがって……ダモンが來てから、気配はなくなったが。あ、ダモンは屋敷の外で待機させてる。うるさいからな」
ダモンの目が監視役の代わりになっているのだろう。ダモンが見たものはリゲルの水晶玉に映し出される。サチは知っていたが、スルーした。
──イアンだってゴブリンを使役しているのに、俺は何もできないんだよな。魔人になっても役立たずだ
サチは卑屈な心に蓋をした。醜い心は最近生まれたものだ。
今度はイアンがエドに補足されつつ、話してくれた。クロチャンに攻撃されたあと──
死にかけたエドにイアンがを與えて助けた。それから、すぐにクロチャンを追って魔國へ向かったのだという。しかし、クロチャンの足取りはつかめず。この數ヶ月、イアン、エド、イザベラの三人はサチを探しながら、黒曜石の城跡で共同生活をしていたのだった。
「俺を探すために……すまないな」
「謝るなよ。友達なら當然のことだ」
とくにエドはキツかったのではないか。イアンとイザベラに挾まれて生活するのは。思い出してみれば六年前、サチがエゼキエルにを乗っ取られた時も、この三人とニーケは一緒に暮らしていた。
イアンの赤く戻った髪を見れば、あれからだいぶ経ったのだと改めて認識させられる。変わったのは髪だけではないだろう。サチの視線に気づいたイアンは照れ笑いした。
「元だけ赤く戻っておかしいだろう? もうちょっと長くなったら切るつもりなんだ。それはそうと、サチも金髪でニーケみたいになってる!」
「うう……やっぱりニーケか……別に嫌じゃないんだけど……ちなみに店で接客する時はこれに獣耳を付けてる」
「店??」
「そ、父親が経営してる店なんだけど……まあ、これはあとで話す。それより、俺はイアンたちのことがもっと知りたいよ」
娼館で働いている話はイアンには刺激が強すぎる。サチはひとまず、話の続きを聞くことにした。
クロチャンから得た報により、とりあえずイアンたちはザカリヤを探すことにしたそう。
イアンが結界を破って勝手に出歩き、迷子になったことでイザベラは大激怒。さらにはサチの手がかりを知るクロチャンの息のまで止めてしまったので、イアンはイザベラに殺されかかった。
結局、ザカリヤとつながりのあるドゥルジの家來を捕まえて尋問しようと話していたところ、良いタイミングでグラニエが現れたのだった。
クロチャンの攻撃で死んだはずのグラニエを助けたのはユゼフだ。リゲルの調査でザカリヤの居所はわかっているので、皆で向かおうということになり、今に至る。
「そうそう、ぺぺも來るぞ。もうしばらくしたら」
「ユゼフが!?」
「なんでも、シーマとした魔の臣従禮を解除したいらしい」
この知らせは、果たして喜ばしいのか。臣従禮を解除したら、シーマは目覚めてしまうではないか。
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