《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》68話 ザカリヤ、イアンにキレる(サチ視點)

ザカリヤは話を遮った。

「どういうことだ?」

「俺がクロチャンという魔人を倒した。悪い奴だったからな」

イアンもイアンで、平然と答える。ザカリヤの顔がみるみるうちに変わっていった。

「クロチャンは勝手なところもあるが、俺の家來だ。を殺され、黙っているわけにはいかない」

「ふん。それを言うなら、俺もあのに仲間のゴブリンたちを殺されたんだが。俺はこう見えてゴブリンの王だからな。他にも食や蟹……カルキノスも家來だし、そのうちグリフォンも使役する予定……底辺魔人のくせにエラそうにすんなよ?」

イアンが優位を主張し始めた。絶対に負けたくないのであろう。見るからにモテモテで強そうなザカリヤには。一方のザカリヤはイアンが普通の人間ではないことに気づいた。

「さっきの腕の傷……臣従痕か? ファルダードの腕にも同じがあった。もしかして……」

「ファルダ……? 誰それ? 俺とサチは契約してるよ。契約上、サチは俺の家來ってことになるな」

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ガタッ……ザカリヤは立ち上がった。怒りで頬を紅させ、獣の目に変わった。息子を勝手に従屬させた不屆き者が目の前にいたら、そうなる。

イアンは好戦的な目つきで八重歯を見せた。ごくごく単純。最初からザカリヤのことが気に食わず、喧嘩をふっかけたまで。気に食わぬ理由は見た目、格、経歴……すべてだろう。

「不義の子とはいえ、ファルダードには誇り高きグリンデル王家のが流れている。どこの馬の骨ともわからぬ奴の家來になる謂われはない」

「どこの馬の骨? 落ちぶれた奴に家柄云々は言われたくねぇよ。元はといえば、あんたが不倫して王妃を孕ませたんじゃないか? そのせいでサチは苦労してきたんだよ。親の不実のせいでな? そんな奴がエラそーに王家のとか言うな!」

「馬の骨云々は事実だろうが。ファルダードは俺だけじゃなく、クラウディア様にとっても大切な息子だ。勝手に従屬させるんじゃない。クロチャンを殺した無頼漢め!」

「あのブス、最低だぞ? ゴブリンたちを食い散らかしてたし、俺たちみんな殺されかかったんだからな? あいつがあんたの家來なら、最初に詫びるのが筋だろうが?」

「クロチャンはブスではない。誤解はあったかもしれぬが、おまえたちは誰も死んでないではないか? クロチャンの命を奪うほどの……」

「奇跡的に助かったんだよ! 死んでもおかしくなかった。そうだろ、クリープ、グラニエさん?」

振られたグラニエは顔をこわばらせる。サチがイアンから聞いた話では、グラニエは一回死んでユゼフの力で戻ってきたそう。何も答えないグラニエを見て、ザカリヤは言い返せなくなった。イアンは追い討ちをかける。

「英雄だかなんだか知らないけど、あんた、ドゥルジとかいうクソ魔人と同じの狢(むじな)だよな? クロチャンをやっつけたのに対し、どうこう言われる筋合いはない」

「わかった。白黒つけようじゃないか? 外へ出ろ」

言い返せない時にアホ人種が取る選択肢は一択。実力行使。つまり戦う。ザカリヤも、もれなくそれを選んだ。

「ザカリヤ様、お座りください。イアン君も禮を欠いた言は慎みたまえ。ここはザカリヤ様のお屋敷です。接待される側の者が無禮を働いてはいけない」

グラニエが注意するも効果なし。イアンは戦う気満々だし、ザカリヤは臣従禮のことと、クロチャンを殺されたことで大激怒している。

しかし、イアンたちをなだめるために、グラニエはとんでもない話を投下してきた。

「イアン君、座りなさい。イアン君やイザベラ殿、サウル様には大事なお話があります。ザカリヤ様、始めに斷らせてください。この場をお借りすることを申し訳なく存じます。全員集まったら話すつもりでした。我々もここに長逗留しないでしょうし、話せる時にお伝えさせていただければと。ご理解いただけると幸いです──話はニーケ様のことです」

「は? ニーケ?」

ニーケと聞いてイアンはバカ面に戻った。ここでニーケの話がなぜ出てくるのか。次に不安が襲ってくる。サチたちの心の準備ができるまえに、グラニエは無な言葉を吐いた。

「ニーケ様はお亡くなりになりました」

一気に場は凍りつく。イアンは呆け、サチは呼吸を忘れた。目に、すべてのが失われる。滯留する空気は化したみたいに重くなる。突然、悪夢の中へってしまったかのようだ。

を出さないエドとグラニエだけが落ち著いていた。

「ウソでしょ……」

つぶやくイザベラのが震えている。サチは言葉すら発せず、それを目で追うことしかできなかった。

「噓ではありません。ユゼフ殿は自分から話すと言っていましたが、とても不安そうでした。私が代わりにと言ったらうなずいてくれたので、今こうしてお話しした次第です」

グラニエが淡々と話せるのが、サチには理解できなかった。百日城で一緒に生活していたニーケが……ニーケは六年前からあの城にいるし、主國王家の直系唯一の男子(イアンとカオルの存在は知られていない)、大切なカードだ。ナスターシャ王がまさか、殺すはずはないと──

「ユゼフ殿がディアナ様を助け出しました。そのことで、ナスターシャ王はディアナ様が主國側なのだと考えたのです。ディアナ様との関係が切れてしまえば、他國の相続に口出しはできますまい。ニーケ様がいくら直系の男子だからといって、ご本人はまだお子様ですし、なんの力も持ちません。そもそも、ディアナ様が持ち出した言書にはディアナ様ご自が王位を継承するようにと書かれてありました。ニーケ様の存在は不要とナスターシャ王は判斷したのです」

グラニエの言葉は耳のを通り過ぎるだけ。サチもイアンと同じように呆けていた。六年前、シーマに狙われるニーケを連れて魔國へ逃げた。二ヶ月もの間、黒曜石の城でサチ、イアン、イザベラ、ニーケの四人は兄弟のように暮らしていたのである。そして、魔國を出たあとはイザベラがニーケを百日城に殘した。シーマの魔の手から守るためだった。

「ウソよ……ウソ、ウソ……わたしたち、なんのためにニーケ様を連れて逃げたの? これじゃあ……」

イザベラは聲を震わせる。ポタリ、ポタリ、雫が落ちた。

「ナスターシャ王は、夜明けの城に匿われているディアナ様に揺さぶりをかけようとしました……これも、いずれ知られてしまうことなので申しますね。ナスターシャ王は何日もかけて、ニーケ様のおしずつ切り刻んで、ユゼフ殿の所へ送りつけたのですよ。ディアナ様をこちらへ返せと。サウル様の行方がわからないので、探りをれたいのもあったのかもしれません」

ヒュッとイザベラが息を飲む音がした。ザカリヤは著席し、メグも食べるのをやめて下を向いている。

「ナスターシャ王はニーケ様の母上であられるミリアム太后陛下にも、挑発するような文を送りつけてきました。錯された太后陛下がディアナ様を百日城へ送り返そうとしたので、今ディアナ様はイザベラ殿の実家で保護されています」

イザベラは顔を両手で覆い、嗚咽している。イアンは両目を開け、呆けた狀態のまま涙を流していた。完全に戦意を喪失したこの狀態を見て、ザカリヤは著席したのだろう。

「ここで誰かを責めたり、爭うのはくだらないことです。私たちがすべきなのは、判斷の甘さや危機管理の仕方を反省することではないでしょうか。これは私たちの未さが生んだ悲劇です」

──ジャンの言うとおりだ。ニーケは俺たち……いや、俺のせいで死んだんだ

サチが逃げ出さなければ、ナスターシャはニーケを殺さなかった。ニーケはサチの代わりになったのである。

──俺は自分だけ逃げて、ニーケを犠牲にしたんだ。

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