《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》74話 グラニエとエド(サチ視點)

サチは抜き取ったを診療所に保管していた。もしもの時のため、メグに預けていたのである。そのを使ってメグはイアンを癒やした。ザカリヤも、サチの腕から流れ落ちる新鮮なで翼以外は元通り。

ケガを癒やしてもらった二人は、牙を抜かれた子貓のごとく順になった。目も合わせず、勝敗を主張し合ったりもしない。ザカリヤは屋敷のほうへ歩き出し、イアンはサチに促されてそれを追った。

愚行──考えもなしに喧嘩をし、騒ぎを起こした。アホ族でも悪いことをしたら、反省する脳ぐらいは持ち合わせているようだ。

集まっていたオーディエンスも散っていき、無殘にひび割れ凹んだ大地だけが殘る。整地しなければならない使い魔たちが気の毒だ。そして、ザカリヤの數ない服はまみれのボロボロ狀態。これではサチでも直せない……

屋敷に著くと、ザカリヤはイアンも含めた皆を蒸し風呂へ案した。

力を見せつけたことで満足したのか。ザカリヤとイアンは、いやにさっぱりしていた。みどろの戦いのあと、爭うことなく普通に接する。事を深く考えない質ゆえだろう。

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風呂の中でザカリヤは、グラニエ相手に剣論を語り続けた。その間、イアンはダーラとユマの話をサチにした。すでにサチは聞いていたものの、気分は良くない。好きな人がいるからと、ユマには振られている。その好きな人がダーラだったのだから。

──もう終わったこととはいえ、負けた気持ちにはなるよな。

ユマが自分ではなく、ダーラを選んだのが悔しい。しかし、その後のイアンの話はなかなかおもしろかった。百日城での活躍……ナスターシャ王に顔を見られたりイアンはヘマをしているのだが、舞臺でヴァイオリンを披したことや優のヴィオラと仲良くなった自慢など──

風呂を出たあと、腹が減ったとイアンが騒ぐのでサチは廚房に立った。

早めの夕飯は餃子(ピロギ)にする。朝、あらかじめ皮を作って包んであるのだ。だねはトマト味、魚介をれたもの、シンプルに香菜や山椒、香辛料を利かせたもの、あとはチーズをれてみたり、かぼちゃペーストのデザート風味のものまで作った。工程は揚げる、スープに浮かべる、蒸す、焼くの四種。付けるソースも作ってある。今夜は餃子パーティー。

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火のれ方によって皮の食が全然変わる。モチモチとカリカリの両方を味わいたいなら“焼き”だが、香ばしさは“揚げ”が斷トツ。モチモチはやはり“蒸し”だろう。材の出が出たスープを啜るのも良し。

途中からエドも手伝いにきた。

「あっ、クリープ! どこにいやがったんだよ? 師匠の戦いぶりを見ないとは!」

イアンは鼻息荒く、エドを責めようとした。ザカリヤとの決闘を見てほしかったようだ。言い返せないエドにサチは助け船を出した。

「あんなにたくさんの亜人が集まってたんだ。エドは隠れていたほうがよかったよ。ドゥルジの家來も紛れている可能があるだろう?」

「あ、そっか」

イアンはすぐに引き下がった。だが、エドの腰の弱い所を突っついてみたり、膝カックンをしてきたり、暇さえあればしょうもないイタズラをする。エドの苦労がうかがえた。サチを探すために、イアンと數ヵ月共同生活をしていたというのは、なんとも気の毒。獻的な兄の橫顔を見ていると、サチは申しわけない気持ちで一杯になった。

「エド、食事の時にこれからのことを話すよ。今までのこともちゃんと謝りたい」

サチの囁きに、眼鏡の奧の瞳が揺れた。

†† †† ††

イアンとザカリヤが待てないので、メグの帰宅前に食べ始めた。大事な話をしたいと事前に言っておいたから、ザカリヤもたちを下がらせている。

「なにこれ? うんまっ!!」

イアンは凄い勢いで、餃子を(ピロギ)口に放り込んでいった。ザカリヤとの戦いで相當の熱量を消費したのだろう。食べている時は靜かだから助かる。

サチはワインを一口含んでから目を閉じ、舌に染みていくのを待った。數々の思い出が頭に浮かんでは消える。

ジャンと初めて會ったのはリンドバーグの城だった。養父母を亡くし屋敷も財産も奪われ、行き場をなくしたサチにジャンが最初に言った言葉。挨拶くらいはできるね? リンドバーグ様にちゃんと挨拶しなさい──と。

アオバズクの地下水路を通ってローズ川にたどり著いた時、サチはジャンと再會した。ジャンは謀反人の家來だったサチを逃がそうとしてくれた。剣大會もジャンがいなければ、止めることはできなかっただろう。あの時、「君は賢いのに愚か者だ」──そう言われた。

兵営の食堂で料理を振る舞った時、泣かれてしまったこと。自を決意したジャンが、地下のファットビーストに立ち向かったこともある……百日城ではサチの代わりに卑劣なアッヘンベルと戦った。

ずっと、守っていてくれたのだ。こんな不甲斐ない主を──

目を開けた時、サチはエドとジャン・グラニエをまっすぐに見た。

「ジャン、エド……今までありがとう」

「どうしたんですか? 急に改まって」

「俺はもう主國には帰らない。俺が何かしようとしても余計に拗(こじ)れるだけだ。二人には申しわけないけど、このまま父のもとにいようと思う」

サチは何か言おうとするイアンを手で制した。

「イアン、ごめんな。イアンとは、まだ共同作業が殘ってる。あとで詳しく話すよ。今はジャンとエドにちゃんと伝えたいんだ」

イアンはウンウンうなずき、餃子を頬張り続けた。代わりにザカリヤが口を開いた。

「……そういうことだから、ジャン、悪いが帰ってくれないか? エドアルド様もお願いします……ファルダードはもう、王家のゴタゴタには巻き込まれたくないのだ。父親の俺が責任持って預かるから、どうか引き下がってほしい」

ザカリヤはジャンとエドに頭を下げた。ザカリヤとしてはサチにいてほしい。最の人との間にできた大切な息子だ。下手(したて)に出ても、強い意志は滲み出ている。

グラニエが口を開くまで、サチは怖くて二人の顔を見れないでいた。さんざん迷をかけたあげく、自分勝手に戦線離するのだ。怒られると思った。

ところが、グラニエは貴公子らしい品のある笑みを浮かべた。

「承知いたしました。では、私たちはここにいても仕様がないので、明日にでも発ちましょう。エドアルド様、それでよろしいでしょうか? 共に主國へ帰りましょう」

あっさりとグラニエが承諾したので、サチは拍子抜けしてしまった。ザカリヤは張していたのだろう。ほぅっと息を吐いた。

緩んだ気を引き締めるのは、グラニエの言葉だ。

「誤解されないように。シャルル殿下はサウル様の生まれ変わり。私はその守人(ガーディアン)です。私はサウル様がアニュラスを統べるべきと考えておりますし、あきらめる気もございません。そのために生まれ変わったのですから」

「じゃ、なんで……」

「今、ここでサウル様を説得しようとしても、徒労に終わるでしょう。ザカリヤ様のお屋敷に滯在し続けてはご迷となりますし。ですから、サウル様がもうし経験を積まれ、考えを改めてくださるまで待つことにします。もちろん、定期的に様子をうかがいに參りますよ」

サチもザカリヤも苦笑するしかなかった。このジャン・グラニエという完璧人間は無駄を嫌う。ここにダラダラ滯在して説得を試みるより、いったん退くことを選んだのである。

「わかった。俺も気持ちを変える気はないけどな。エドはどうする? 財務部の席はまだ空いているかもしれない。アスターさんに文を書いてお願いすれば、戻るのも可能だが……」

エドが答えるまでには々間があった。眼鏡を押し上げ、相変わらずの無表で、

「僕はシーマ陛下に恩がある。あの方の力になりたいと思っている」

そう答えた。この返答はし寂しかった。サチはシーマのことが理解できない。どうしても好きになれないのだ。だが、エドはエドの道を進めばいいとも思った。

「うん。文を書くよ。また會おうな。ランドルのこともよろしく頼む。あ、イアンにも言っておかなくちゃな」

サチはイアンの保護した年ランディルが弟のランドル王子であり、転生したサウルの片割れであることを話した。まさか、自分の知っている哀れな年が王子とは思いもしないイアンは、餃子をに詰まらせそうになった。

魔國で討たれたことになっていたイアンは五年もの間、教會で神父の手伝いをしていた。気持ちを斷ち切れずローズの森を徘徊することがあり、その時、國境付近でランドルを保護したのである。

ドゥルジのもとから逃走したランドルは時間の壁を通ったため、々流された。逃げたのは王立歴三一五~一六年年の間。見つけたのは三ニ八年だ。王族ゆえ、に埋め込まれたグリンデル鉱石が彼を救った。それでも、で壁を通るのは酷である。渦を巻き、荒れ狂う時の粒子にを任せるのは、激流に飛び込むのと同じだった。なかなか前へ進めず長時間壁の中にいたため、ランドルの時計も々進んでいる。壁にった時、五歳だったのが、今は十歳ぐらいだろう。イアンとアスターが保護人となり、現在ランドルは知恵の島の寮にっている。

をドンドン叩き、ワインで餃子を流し込むイアンを見ながらサチは思う。ランドルはすべての記憶を失っている。なにも思い出さず、そのまま自分の人生を歩めばいい。

キメラとなったマリィは、グラニエに委ねることとした。グラニエは一言。「姉のことは自分できっちりケジメをつけます」と。ザカリヤがマリィの詳しい居場所を教えた。

その後、メグが帰ってきたので、食卓は砕けた雰囲気になった。皆よく食べるし話す。笑う。

イアンはエドが酔っ払った時の話をした。あとはイザベラが熊を狩った話やパン焼き釜を作った話、ローズ城に攻めった時の話など──イアンは斥候として潛した。クリムトとヘリオーティスのエッカルトに襲われ、危機に陥ったそう。そして、王城に帰城するなりユゼフと決闘した。イアンの話は盡きない。

サチたちは遅くまで飲んでしゃべって、別れていた間の空白を埋めた。

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