《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》76話 水晶玉の中、ユゼフは……(リゲル視點)

(リゲル)

ユゼフとティモールは魔界のり口に著いた。荒漠とした魔國で、先の見えぬ高い石柱が何本も立っている。古代跡のような外見だが、漂うのは神聖な空気ではなく邪悪な瘴気だろう。

ユゼフはシンプルな皮のダブレットにマントという裝い。ティムは肩、腰回りに甲冑をに付け、鉄靴を履いただけでこちらもフルアーマーではない。旅路というのもあるが、弱い人間とはちがい重裝備は不要だ。

ある邸宅の地下室で一人、リゲルはその様子を水晶玉で見ているのであった。

好きな男の姿を見ている時は、垂れ目がさらに下がってしまう。落ちつきなく金髪をかきあげ、分厚いを舐めたりするのは、彼の一挙一に見ってしまうからだ。

離れていて寂しい。無な主はリゲルを魔國へ調査に駆り出したあと、主國に戻らせた。そしてれ替わりに、ティモールを連れて魔國へ行ってしまったのである。

──ほんとに魔使いが荒いんじゃから。それにな、わしじゃなくてアホティムを連れて行ったのは、まだ良しとしよう。じゃが、戻れと命じて顔も見せずに行ってしまうとは、どういうことじゃ? ミリヤから聞いて知ってるんじゃからな? ディアナにはちゃんとお別れをしたんじゃろう? わしを末にするとどうなるか、覚えとけよ?

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リゲルはユゼフの態度に腹を立てていた。それでも、水晶玉をのぞかずにいられないのは、する(さが)といえよう。

小悪魔カッコゥの見たものを水晶玉に映し出すことができる。イアンの鳥のダモンと同じ仕組みだ。ただし、カッコゥの場合は本人の意志でつながりをシャットアウトされることもある。

巨大石柱が立ち並ぶ魔界のり口にて、まずユゼフは骸骨騎士たちの洗禮をけた。足を踏みれるなり、あちらこちらで土がボコボコ盛り上がり、甲冑をまとった骨人間が現れたのである。

「ティム! スケルトンだ! 數が多い! 注意しろ!」

「りょーかいっ!! 骨野郎が! かかってこいやーっ!」

張するユゼフに対し、アホとさかはいつもどおり。三日月型に加工した水牛の角を後頭部に裝著し、先っぽを耳の骨に當てると骨伝導で音が聞こえる。音れしないので、しんと靜まり返った地下室に響くのは、リゲルのもらす聲だけだ。

ユゼフはなんの変哲もない長剣を抜く。いまだに、そこらへんの兵士が持っているような長剣を使っているのだ。一方のティムは平べったい雙剣を振りかざした。

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二人の剣は鞘から放たれるや否や、闇をまとう。が、相手も闇屬。人間相手とはちがう。くわえて、痛みも恐怖もじず何度でも蘇る。そう、たやすくは──

足元からニョキッと出てきた髑髏(どくろ)をユゼフは斬り飛ばし、即座にうしろから來る刃をける。一瞬、引いて振り下ろしたかと思うと、骸骨は々に飛び散った。

「わっ!」

リゲルは頬を緩ませ、思わず聲を出してしまう。心配は杞憂に終わった。相手が不死の軍団だろうが、魔王の前では蟻の大群と変わらない。

ティムもなかなか、がんばっている。上下二段に構えた雙剣をカマイタチの速度で振り回し、骨を分斷していく。こちらも鮮やかな手並み。しかし、一瞬で々にするまでの力がないから、倒れた骸骨は起き上がったりする。それをティムはグシャリ、踏み潰してトドメをさす。または、両方の上腕骨から下を切斷してきを封じ、當たりしたり、大骨を切斷して移手段を奪ったりしていた。ティムのほうが運量が多い。

「ティムはどーでもいいんじゃ。カッコゥ、ユゼフのほうへ移しろ!」

水晶玉の畫像がく。リゲルの聲はカッコゥへ屆いたのか。いや、偶然だ。こちらから見ることはできても、意志を伝えることはできない。コウモリの翼を與えられた小悪魔カッコゥはユゼフのほうへ飛んでいった。カッコゥの翼は自由に出しれできる。

ユゼフは冷たい顔で淡々と、骸骨騎士を塵(ちり)にしていった。彼にとって雑魚との戦いは作業なのだろう。敵を追う暗い目元は憂鬱そうだ。薄いからしだけのぞく歯が気を出している。

──あああ……たまらんな。いい男すぎる。その冷酷さがたまらんのじゃ。戦う姿が一番心拍數上がるな。ディアナはこのユゼフの姿を知らんのじゃから、気の毒なこった

ユゼフは眉一つかさない。激しいきに反して、彼の心は冷めているのだ。ハウンドとしてヘリオーティスを殺す時もそう。敵には容赦ない。

ユゼフとティムの二人だけで、百頭いたと思われる骸骨騎士はただの軀(むくろ)となった。

──もう人間どもは相手にならんじゃろ。まあ、奴らは卑怯な手を使ってくるが

リゲルは嘆の溜め息をつきつつ、そんなことを思う。だが、戦いはこれで終わりではなかった。ユゼフは目を細めて見上げる。

「我が門衛を倒してくれるとは、なかなかやるではないか?」

空から聲が聞こえているのか。雑音を組み合わせたような、妙に反響する不安定な聲だ。

ユゼフからやや離れた所にあった石柱がズズズズ……と音を立てて下に沈み始めた。下が沈むと必然的に石柱の先端が下がってくる。なんだか、リゲルの攜帯しているロッドに似ていた。できるロッドは短くして、いつもスリングにしまっている。

土埃が水晶玉を曇らせる。音と土埃が靜まったあと、現れたのはたいそう偉そうな骸骨だった。

石柱の上に座るその骸骨は他より一回り大きかった。異彩を放つのは大きさだけではない。他の骸骨とは異なり、古びていても手れされた甲冑をまとっていた。それも、や肩に細かく裝飾が施されている。大きな角が生えた兜といい、見るからに大將首だ。

──おやおや、大が出てきたぞ? これまでのモブのようにはいかんじゃろう。さあユゼフ、どうする?

リゲルはワクワクして、水晶玉に顔を近づけた。

「我は魔界の門を守りし者、名も地位も捨てた暗黒の番人である。この門は魔に屬する者と、それに追隨する者しかれぬ。闇をまとう旅人よ、魔界に何用だ?」

「臣従禮を解除しに參りました。私のせいで主は気を吸い取られ、永遠に眠り続けます。解除することによって、主を自由にしたいのです」

「して、契約の保証をした悪魔の名は?」

「アドラメレクです」

契約時の悪魔の名はリゲルが調べて教えてやった。ゴクリ、リゲルは唾を飲む。番人のまとう空気が変わったのだ。厳粛でも穏やかだったのが迫する。それは水晶玉からも伝わってきた。

「アドラメレク、とな?」

「はい」

「おいおい、たかだか骨人間のくせにエラそうにすんなよ? ユゼフ様、ゴチャゴチャうるせーから、とっととやっつけましょーよ」

「ティム、だまれ」

空気を読まないティムが邪魔をした。骨の番人は無反応だ。ティムは黙らない。

「こんなクソ骨人間なんか、ユゼフ様の力なら圧勝でしょうよ? おい、聞けや骨野郎! ここにおられるユゼフ様は、エゼキエル魔王の生まれ変わりであらせられる! 貴様のようなショボい中ボス程度は屁でもねぇんだよ! そこらに転がってる殘骸みてぇになりたくなかったら、どっか行きやがれ!!」

「ティム、ヤメロ……」

これにはリゲルも笑ってしまった。ティムは主の言うことを聞かない。自由だ。しかしながら、リゲルも人のことは言えまい。新たに眷屬として加わったイアンに関してはまったく制不能だし、ユゼフが哀れになってくる。

骨人間……暗黒の番人は不協和音を組み合わせた聲を響かせる。それには若干、驚きのが含まれていた。

「魔王エゼキエル……? それは、まことか?」

「え、あ、はい……」

下を向いて答えるユゼフはティムとはちがい、自信なさげだ。戦っている時の堂々とした姿から一転、地味でおとなしい男に変わる。ユゼフのこの謙虛さも好きだが、リゲルはヤレヤレと肩をすくめてしまう。

骨の番人の表は骨ゆえに読み取れない。

「ならば、ここで魔力を解放してみよ。魔王と言うからにはそれなりの力があるはず」

「まっ、まだ、完全には目覚めてないので……」

ユゼフの瞳が蒼銀に輝く。短めの前髪がフワッと浮いたのを見て、リゲルは數ヶ月前に前髪を切ってやったのを思い出した。リゲルがグリンデルへイアンを助けに行く直前だから、かなりまえだ。今の髪はラセルタに切らせたのだろうか。リゲルのはキュッと締め付けられた。

エラそうな骨人間におどおどしつつも、ユゼフは力を解放した。

ユゼフの周りの土が円を描き、土煙が舞う。円は広がり、風が石柱の間を通り抜ける。やや間があったあと──

ドォーン、ドォーン、ドォーン……石柱が間抜けな音を立て、倒れていった。

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