《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》78話 番人との戦い②(リゲル視點)

髑髏の眼窩がった時、鋼同士の打撃音が変わった。一直線に向かっていった骨の番人は、正面から打ってくるユゼフをヒラリけ流す。反対側から刃を叩きつけた。け流して反撃する時點で、やろうと思えばユゼフに致命傷を負わせられたはずである。ユゼフは甲冑など著ていないし、魔力を奪われた狀態。簡単にも骨も斷てただろう。あえて刃に打ちつけたのは、手加減している証明でもあった。

ユゼフの安っぽい長剣は呆気なく折れた。元からポッキリならまだわかる。刃の真ん中が々に割れてしまったのだから、かなりの剛力だったということだ。

「け、剣が……」

狼狽するユゼフにティムが駆け寄ろうとする。観戦中、ティムはブツブツ野次を飛ばしていたのだが、カッコゥが離れていてくれたため、リゲルのもとに雑音はあまり屆かなかった。

そこで、骨の番人が初めて聲を荒げた。

「家來を下がらせよ!! まだ、戦いは終わっておらぬ!!」

獨特な複合音聲であっても、は伝わるものだ。すさまじい気迫にユゼフは折れた。ユゼフには珍しく、ティムを怒鳴りつける。ユゼフが怒らないからああなだけで、普通に怒ればティムはおとなしくなる。アホとさかを下がらせると、骨の番人の聲音は落ち著いた。

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「ユゼフ、そんな小者の剣ではなく、おまえにピッタリの剣がある。そのままで待て」

骨の番人は倒れた柱の所へ行き、地面に手骨をかざした。最初に番人が座っていた柱の辺りだ。

ボコボコ土が盛り上がり、今度はスケルトンではなく、鞘にった立派な長剣がニョッキリ生えてきた。

走り寄ったユゼフは目をパチクリさせている。

「こっ……この剣は……」

「これを使えばいい。おまえなら使いこなせるはずだ」

剣をけ取ったユゼフはすぐに中を確認しようとせず、ついた土を念りに落とした。汚れているものの、細かい意匠が施されているようだ。紋のようなデザインがチラッと見えた。水晶玉に映る像だけでは、細かい柄まで見えにくい。リゲルは目を細めた。

「ユゼフ様、どうしたんすか?」

「この剣……この剣は………うーん」

不信満載のティムは置いといて、ユゼフは剣を注意深く確認し抜刀した。魔の剣だから気味が悪いのは當然だ。しかし、ユゼフは過度にビクビクしている。映像を見るリゲルには細かい作がわかりにくいが、雰囲気くらいは伝わる。

青いを帯びる長剣は子の丈ほどもあった。高長のユゼフでも、腰に差したら引きずってしまうほどだ。長いだけでなく重量もある。元の持ち主は巨軀だったのだろう。剣が輝いて見えるのは手れされているからである。古代人の使っていた緑青だらけのや、さっきの骸骨騎士たちの錆び付いたナマクラとは違う。

「やはり……これは父の……亡くなった父エステル・ヴァルタンの剣です」

「さよう。今のおまえなら、父の剣をけ継ぐ資格がある」

「しかし、番人はこれをどこで手にれたんです? 父は謀反人に討ち取られました。その後、反政府軍のもとにあった父の剣は紛失したと聞いています。いったい、どうして……?」

「我が眷屬が持ってきてくれた。本來持つべき者の手に返ってきたのだから、よいではないか」

「本來持つべき者……私にその資格があるとは思えません」

「どうして、卑屈になる?」

「私生児の私だけ、勇猛なけ継ぐことができませんでした。父は騎士としての素養を持たぬ私に落膽し、神と王家に仕える別の道を用意しました。その父の剣をけ取ることなどできません」

ユゼフは自分を卑下する。魔王の生まれ変わりで、今や一國の宰相。眠り続ける王の代わりに國をかしているというのに、年期に植え付けられた劣等を拭い去れないでいるのだ。ユゼフのこういうところ、けない部分にリゲルは保護心を抱いてしまう。見捨てられない。

偉そうな骨の番人は、そんなユゼフを諭そうとした。

「ならば、その剣にふさわしくなるよう戦えばいい。いずれにしても、おまえに選択肢はない。代わりの剣はそれしかないのだからな」

ユゼフは父親の剣に恐し、煮え切らない態度だ。元來の鈍重さが全面に出ている。

気を取り直して果敢に挑みはするも、攻撃はすべて避けられる。剣の重さがに馴染まぬのか、ユゼフのきは悪くなっている。どんなにがんばっても、かすりもしない。それでも一矢報いたいのか、懸命に打ち込む。休みなしに一刃、一刃、力をこめる。ひたむきな姿にリゲルはを打たれた。

骸骨を追うユゼフの暗い目は一途だ。白いをツツツと流れる汗や、ときおり下を舐める舌にリゲルはゾクッとする。だが、ずっと見とれてもいられなかった。

気づいた時には、人魂がランタンの代わりとなってユゼフたちを照らしていた。夜しか鳴かない鳥の鳴き聲が夜更けを知らせてくれる。リゲルのいる半地下の窓からも、月が差し込んだ。

──ふわぁぁぁ……そろそろ寢ないとな。一生懸命なユゼフの顔を見ていたいが、これ、全然終わらんじゃろ?

常に上から目線の骨の番人は、ユゼフを導こうとしているかに見える。今のけ方は良かった、この角度から攻める時はこのようにけられるから、切り返しを覚えよ……だとか、モロに指導している。師匠と弟子? これでは立ち合いではなく稽古だ。

──ユゼフもユゼフじゃな。敵に稽古をつけてもらうとは、けないというかなんというか……いや、かわいいな

惚れた弱みで、どんな姿もリゲルにはおしく映る。はた目から見て格好悪くても、リゲルの母本能は刺激される。

とうとう、ヘロヘロになるまで戦わされたユゼフは膝をついた。力盡きるまで、剣戟を続けていたのである。けなくなったユゼフを冷たい髑髏が見下ろす。こちらは疲労していないようだ。最後まできに翳(かげ)りが見えなかった。

番人にはユゼフを殺す気がない。殺意があったら、最初の時點でユゼフは死んでいた。この骨はひたすらユゼフを教育しようとしているのだ。冷たい骨から慈じるとは、なんとも奇妙な話である。

「これまでか。今日はゆっくり休むがいい。明日もある」

骨の番人は土から數頭の骨人間を出し、天幕を設営させた。今度の骨人間は騎士タイプではなく、人夫タイプである。骨がカチャカチャ音を立て杭を打ち、幕を張る様は稽でもありシニカルだ。を持つのか否か。何を思って、見た目は人間のユゼフのため天幕を張るのか、彼らにしかわからない。

ユゼフは慇懃に頭を下げる。

「泊まる所まで用意してくださるとは恐です」

番人は答えず──いや、うなずいたのかもしれないが、水晶玉上ではよくわからなかった。番人は靄のごとく薄くなったかと思うと、瞬く間に姿を消した。

「ゲゲッ……ここに泊まって、明日もこれ続けるんすか!?」

ティムの素っ頓狂な聲を最後に聞き、リゲルは水牛の角を置いた。一番可哀想なのはティムかもしれない。この稽古の間中、立って見學、有無を言わせず野宿とは。しかしながら、ティムに足りない“忍耐”を學ぶには良い機會だろう。學べるかどうかは置いて。

リゲルの今日の偵察はここまで。水晶玉をのぞく時間は限られている。リゲルはある任務の真っ最中だ。晝間にはうんざりするほど退屈なお姫様を監視するのだから、眠らなければ。

リゲルはクルクル巻きのエミリーちゃんを抱き、ベッドにった。エミリーちゃんの頬はひび割れ、額は黒ずんでいる。超時空移裝置の破から、リゲルはこの人形を守った。いまだにエミリーちゃんがないと寢られないのだ。そんなリゲルをユゼフは笑って抱きしめてくれる。

──おやすみ、パパ……ユゼフ

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