７

凄まじい熱風に懐かしくも恐ろしい記憶を刺激され、絵は眉間の皺を一層深くする。

抵抗するのない者を脅して、あまつさえ殺害するという源の決定を聞かされた時から、その皺は刻まれ始めた。警察という唯一のキャリアから人生を組み立ててきた彼にとって、この提案はけれ難いものがあった。

罪を憎んで人を憎まず、の神で生きてきた絵の倫理観では人を殺めること自が罪だ。

だが、源とエリカ、そしてマライアの意見はまるで違った。

放っておいても、遠くないにあの男は処分されるだろうが、一口に処分といっても、殺害だけではない。脳核は外部記憶裝置にされ、臓はバラ売り、それ以外は撃訓練の的にでもされる。

「命が軽い世界じゃそんなもんだぜ」

「資材リソースは有効活用しなきゃな」

源とエリカが互に告げる絵の知らない世界の常識には眩暈がしたが、戦場を知らない絵が口を挾む余地はない。

更に言えば、２人が追って発言した容には説得力があった。

「アイツの組織はアイツを消すためなら何だってするだろぉよ。それこそ空すら視野にれてな。巻き込まれる人間はアイツが生き長らえるほど増えてく」

「人権だ何だを議論する対象に最初からってねえんだよ軍人やらアウトローは。生命削って生命奪い合って生きてる連中に何を言っても響かないよ」

ここから先の展開における危険も、この場面における倫理のあり方も、ここまで丁寧に説かれてしまっては、閉口するしかない。

だが、本的に納得出來たわけではない。煮湯を飲んで何とか胃に収めて耐えているような狀態だ。

「満足な結果は得れた？」

ヘルメットのようなを小脇に抱えて戻った源に問いかける。

出來るだけ不満を込めて発聲したはずだが、どうやらその意思は伝わらなかった。

「おぅ、こりゃ結構な収穫だぜ」

弾んだ聲にウインクまでつけて得意げにメットを振る源を見て、絵は思わずため息を吐いた。

「そう……それで？」

良かったわね、とはどうしても言えず、ぶっきらぼうに結論を急ぐ言葉しか出ない。

果を手に機嫌のいい相棒バディは、そんな葛藤は知らず、カポリとそれを被って何かを閲覧し始めた。

絵も、無理矢理意識をその中に向けることにする。敵勢の規模は？一どれだけの武裝を攜えて何人が來る？そうしてその……一何人が死ぬ？

『ああダメだ。確実によくない。ここにいちゃダメだ』「……亜金さんの様子見てくる」

「……悪ぃな、よろしく頼む」

閲覧データに夢中なのか、はたまた彼なりに絵の意思を汲んだのか、控えめな反応を背中に聞きながら、絵はユリアン邸に戻る。

その足取りは思いのほか重く、どうやっても速くならなかった。

それ故、なのだろうか。

「敵襲か？何人來やがっ……って何よアンタ、どうしたのよ？」

対電磁狙撃銃アンチマテリアルレールスナイパーライフルの発音に飛び起きたのだろう、戸口をってすぐの所まで詰めていた完全武裝の亜金に、思わず絵は抱きついていた。

ピリッとした殺気を放っていた賞金稼ぎは目を白黒させながら、絵の背中にそっと手を添える。

「ごめん亜金さん、ちょっとだけこのままいさせて」

「……何だかよくわんないけど、敵が來たわけじゃ」

「ないです。ホント、トラブルとかじゃないんです」

を強張らせ聲を震えさせる絵を前に、流石の亜金も強的な態度は取らなかった。どこか諦めたような溜息を吐いて、沿わせていた手でポンポンと背中を優しく叩く。

「いいよ付き合ってあげる……けど、取り敢えず一旦リビング行こうか」

「……はい」

ソファに腰掛けた絵の傍に蹲み込み、背中に添えていた手を膝に置き換えて、亜金は諭すように問いかけた。

「何があったの？私も現狀を把握したいし、何があったか教えてちょうだい」

普段目にする力強い賞金稼ぎとは違う、姉な友達のような口調に、絵の心が解れる。

「そうですよね、々説明出來てないですもんね」

ゆっくりと言葉を選びながら絵は説明をする。

紫姫音が攫われ、その行方を追うのに都合が悪いからこそ、源がT.T.S.を一時離したこと。

源の素を明かす報道がされたのが、薔薇乃棘エスピナス・デ・ロサスとはまた別の組織による妨害の可能が高いこと。

捜索には別のT.T.S.本隊が連攜していること。

亜金と源が捕らえた男が、敵対組織の末端である可能が高いこと。そして。

源がその男を拷問の末、始末したこと。

全てを話し終える頃には、亜金も絵の葛藤を察しているようだった。

「そっか、アンタなりに源のために々気を使ってくれてたのね。ありがとう」

でもそうね、と亜金は天井を見上げて一旦間を置く。

「日本で警察やってたアンタには、たとえ兇悪犯が相手であろうとも、人命を奪うことをけれ難いわけね」

「……はい」

そう、と一人ごちて、亜金はを乗り出した。

「それじゃあ、昔ながらのやり方で落とし所を著けるしかないでしょ」