《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》33-4
33-4
俺は、夢を見た。
「やあ」
またいつかの、真っ白な、あるいは真っ黒な空間だ。辺りにはなんにもないし、なんでもある。ただ今回は、一人だけ確実に存在しているようだ。
「なんだよ……またあんたか」
「酷い言いようだな。ははは」
明るく笑う男。これまでも幾度となく出て來たっけか……勇者ファーストだ。しかし、今回は様子が違う。今までずっと、ぼんやりととりとめのない姿だったファーストだが、今回ははっきりその姿が見える。
「……意外と冴えない顔だな」
「……本當に、酷い言われようだ」
不機嫌そうに眉をひそめても、あまり迫力がない。サードほど地味ではないが、さりとてクラークのような絵に描いた勇者とは程遠い。おかしいな、あちこちで聞いた話を聞くに、とても立派な人だって伝わっているけど。
「私だって、君たちと同じと言う事さ。勇者だなんだと言われても、元をたどればただの年だった。ましてや、今は死んでしまったわけだし」
「ああ、それもそうか……ん?まてよ。今回、あんたの姿が妙にリアルなんだけど。まさかこれって、俺の夢じゃなくて、あの世ってことか……?」
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の気が引く。まさか、無理がたたって……?しかしファーストは、きょとんとした後に、ぷっとふき出した。
「ぷはははは!安心しろ、そうじゃない。ここは、君の夢の中だよ。ははは」
「な、なんだ……ええい、そんなに笑うなよ!あんたが紛らわしいことするからだぞ!」
ファーストはひとしきり気持ちよさそうに笑うと(こっちはたまったもんじゃない……)、ぱん、ぱんと二回手を打った。
「安心したまえ。これで最後になろうよ」
「そらなによりだぜ……で?それって、セカンドが倒れたからか?」
「ああ。まずは、君たちの健闘をたたえよう。おつかれ、よくやった」
ファーストが力強く拍手をする。伝説の勇者に褒めたたえられて、恐すればいいのか?けっ、今更だな。
「どうも。けどな、こっちはいい迷だぜ。こう何度も頭ん中押しかけられてさ。そんなにあいつを恨んでたのか?」
「そうだな……あの男のことが、ずっと気に掛かっていた」
ファーストは、遠くを見るような目をする。夢の世界じゃ、全てが真っ白のなので、その視線の先には何もない。
「あの男が許せなかったのも、もちろんある。だが、あいつへの恨みは、次第に薄れて行ったよ。そうなると、奴が何かしでかさないかが気がかりだった」
「恨みを、忘れたのか?」
俺がそう訊くと、ファーストはフッと笑う。
「いいや。忘れるものか……だが、マイナスなと言うのは、抱き続けるにはしんどいものさ。死んだ後は、とくにな」
そう言うものなんだろうか?俺は死んだことがないから分からない。
「何かできないかと模索した結果、幸運にも君の夢に繋がれたわけだが……しかし、結果的に私は何の役にも立てなかったな」
「ん、そうでもなかったよ。あんたの助言、役に立ったぜ。サンキューな」
いい機會だ、禮を言っておこう。この次はないようだから。
「それと、あんたの孫の活躍もな。結局あいつがとどめを刺したんだ。知ってるか?あいつ、ずうっと敵討ちに執著してたんだぞ」
「もちろんだとも……あの子には、私のせいで、々と辛い思いをさせているようだ。これでしは、彼の重荷が軽くなればいいのだが」
ふむ。あの世ってのは、意外と々な報が流れていくんだな。ならアルアの母親、ファーストの娘のことも知っているのだろうか?もし知っているのなら、責任の一端はこいつにあるんだ。死んだ人にとやかく言うのは筋違いかもしれないけど、せめてこれだけは言わせてもらう。
「なあファースト。やっぱりあんた、あの子に直接會ってやれよ。俺なんかより、よっぽどそっちのがいいって」
「……そうしたいのは、山々なんだけどね」
ファーストはため息をつくと、上を見上げた。俺の夢の中だから、頭上は真っ白なだけで、何もないけれど。前にも事があるとか言っていたが、どんな事だよ?
「……実は、私は以前一度、現世に呼び出されているんだ」
「え?確か……一度だけ、帰ってくることが許されるって、そういう話だったよな?」
予想外の答えに面食らう。人間関係の問題とかじゃなかったのかよ?
ファースト曰く、あの世に逝った人間は、一度だけこの世に戻ってくることができる。エラゼムの前にメアリーが現れ、俺の前にエラゼムが現れたのも、そのためだったはず。ならファーストは、これで二度目のコンタクトじゃないか?
「確かにそう言ったよ。けど私は、“呼び出された”と言ったんだ。自分の意志じゃないんだよ」
「は、はぁ?……そんなこと、可能なのか?」
「どうやらね。前の世界じゃ、イタコと呼ばれる人たちがいただろう?あの人たちは、死者を口寄せする。似たような人たちが、この世界にもいるんだ」
「な、なんじゃそりゃ……」
「呆れるのはいいが、君が言うか?だって君は、死霊師ネクロマンサーじゃないか」
おっと、そいつを言われると納得せざるを得ないか。ネクロマンサーがいるのなら、イタコやシャーマンだっているのかもしれない。
「私は過去に、そうやって強制的に呼び戻された。そのせいで私は、現世に姿を現すことができなくなってしまった。何とかできたのは、強いネクロマンスの力を持つ君の、夢に出てくるくらいだったんだ」
「うーん……でもじゃあ、あんたを呼び出した人って、一誰だよ?」
「……」
ファーストは言いたくなさそうだったが、ここまで話した以上、それを明かさずにはいられないと思ったらしい。決心した様子で、口を開く。
「……私たちの娘。アルアの母。プリメラだ」
「えっ!あいつか……」
あの人は、異様なほどファーストに執著していた。確かに、あの世から無理やり引っ張り出すくらいのことはしそうだな……けど彼はファーストを呼び出して、一何をしたのだろう?
「なあ、そん時のことって……」
「すまない、それは訊かないでくれないか。私たちの家のことだし、本人のいないところで話せる容じゃない」
「む、そういうことか……じゃああんたはもう、アルアやプリメラの前に出ることはできない?」
「無理だね。だから、君の夢に強引に繋がるしかなかったんだ。けど、この方法ももう二度と使えないだろう。だから正真正銘、これが最後だ……っとそうだ、一つ頼まれごとをしてくれないか」
「うん?」
「僕の……孫。アルアに、伝えてやってくれないか」
ファーストは真剣な顔で、俺を見る。
「君を誇りに思う、と。そしてできれば、彼を支えてやってしい」
「へ?……それって、俺に?」
「ああ。あの子はあんなだから、親しいと呼べる間柄の人間がほとんどいない。だが君なら、彼の事もよく分かっているだろう。だから頼む」
「んなこと言われてもな……大俺、あいつとそんなに仲良くないぜ?あんたに言うのもあれだけど」
「分かっている」
分かってんのかよ……とは、言わないでおくけども。
「けど、今の時點では、君が一番適任なんだ。そのうち余裕が出て來れば、あの子にもいいパートナーが見つかると思う。それまで、どうか頼むよ」
うーん……孫を思う祖父の、か?まあこいつには、助言の借りもあるしなぁ。俺は頬をぽりぽりかいた。
「……まあ、できる範囲でいいなら、意識しとくよ」
「すまない、ありがとう。君は彼の味方で居てやってくれ。本當は私が見ててやりたいが……もう、いかねば」
え……俺は、ファーストをまじまじと見つめる。
「あんた、それって……」
「うん。そのつもりだ。心殘りだったセカンドが居なくなった今、私が留まり続ける理由もなくなった。……おちおちしてると、奴がここに來てしまいそうだしな」
ファーストは苦いコーヒーを飲んだような顔で笑う。彼はもう死んでいるのだし、引き留める理由もないのだけれど……なんだか、寂しくじた。こうして何度も顔を合わせていたから、が移ったのかもしれない。
「……なあ、ファースト。最期に一個だけ、聞いていいかな」
「いいとも」
よし、そんなら……俺は一つ息をつくと、投げかける。
「あんたは……勇者になれて、よかったと思うか?」
「……」
ファーストの顔が、わずかにこわばる。これがセカンドとの會話と関係していると、分かっているのだろうか。
「……私には、ティロがいたからな」
「確か……あんたの人か」
「ああ。彼を通じて、私はこの世界をすることができた。だから、恨んではいないんだ。でも……故郷を、忘れたこともなかった」
故郷……の奧が、鈍く痛む。
「當時はなんとも思っていなかったのに、もう戻れないと意識するほど、懐かしくてしょうがなかった」
「だから……あの町を作った?」
「そう。でもな、この世界に呼び出されたこと、後悔してはいないんだ。そうじゃなかったら、“僕”は最のにも出會えていなかっただろうし、勇者として活躍することもできなかっただろう。でも、辛くないかと言われれば……」
セカンドはうつむくと、聞こえるか聞こえないかくらいの聲で、つぶやく。
「そこだけは、唯一、あの男と分かり合えたのかもしれないな……」
そう、なのかもしれないと、俺も思った。ファーストも、セカンドも。元をたどれば……そして、俺たちもまた。
「ん……そろそろ時間のようだ」
お。そう言われたら、確かに周囲がに染まってきつつある。夢の終わりが、近づいてきているようだ。
「最後に、改めて禮を言うよ。ありがとう。君は、立派な勇者だ」
なに?俺はぷっとふき出した。それを見て、ファーストが変な顔をする。
「ぷはは、冗談だろ。……俺は、勇者をやめたんだ」
ファーストは呆れた顔をすると、処置なしとばかりに首を振った。その口元は、確かに笑っていたと思う。
それ以降、ファーストが俺の夢に現れることは、もう二度となかった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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