《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》80話 リゲル×ミリヤ(リゲル視點)

「真剣勝負だ」とミリヤは言った。

──ちと、ニュアンスはちがうがな

リゲルは最初から負ける気でいた。だが、本気でかかってくるミリヤに、生半可な気持ちで相対するわけにはいかない。こちらも命がけだ。する男のため、すべてを懸ける。真剣勝負にはちがいなかろう。

「よっしゃ! 結界を張るぞ! 手伝え!」

屋敷の裏手は數人集まって球技ができるぐらい広い。とはいえ、建に衝撃波が當たることや隣家への影響は気になる。リゲルは屋敷側、ミリヤは塀側に魔法円を描いていった。力を持つ悪魔の言葉を書き連ね、円にする。

全部描き終えてから呪文を唱えた。高度な技を要する魔法は詠唱に時間がかかる。ある意味、贅沢な遊びといえよう。

結界が張られると、青い線が丸い球狀に張り巡らされた。る糸玉といったところか。その中で、リゲルとミリヤは対峙した。これで思う存分戦える。

リゲルのロッドは持ち手の先端に髑髏がついている。緑と赤に発する髑髏は裝飾ではなく、本の悪魔の頭蓋だ。ここで魔力を溜め、反対の先端から放出させる。長い詠唱が必要な魔も範囲を絞れば、すぐに出せる。リゲルは闇の力を使うことにした。ミリヤはと闇、両屬を持つがの屬が強い。

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ミリヤは腰を下げ、両手に持った短剣を差させる。獨特な構えだ。目がいい。獲を狩るときはじゃなくなる。いや、逆に本來のこっちの姿のほうがいいじゃないかと、リゲルは思う。男の支配というのは表裏一で、を満たしてくれるかわいいに実際は支配されていたりする。そう考えると、ミリヤに食われた男は幸福だ。捕食者の目がギラギラとリゲルを煽ってくる。

「じゃ、わしからいくぞ!」

タァーンッ! リゲルは地面を蹴った。けられるのは想定済み。橫にしたロッドの先端から青い炎を噴出させる。それをミリヤは魔法の盾で防しつつ、短剣で斬りつけてくる。刃の軌道がグルグル回転する車に見えるのは超高速だからだ。よけられ、リゲルもよける。ロッドから炎を打ち出すたび、パァン、パァン!と派手な音がした。空中を舞うキラキラした糸はリゲルの髪だ。ギリギリでよけるから、髪は逃げられない。

が飛んだ。どっちだ? 離れてからわかる。タラー……リゲルの頬を生ぬるいが這っていった。

「チッ……顔はの命じゃぞ? 痕が殘ったら、どーする?」

「人の顔に向けて炎を噴するに言われたくないな? どうせ死ぬなら、痕が殘ってもいいじゃないか?」

は死に顔にも気を使うんじゃ! いつ死んでもいいように、下著もこだわってるしな!」

「看取ってくれる男がいないくせに悲しいな?」

ミリヤは高笑いする。本當に格の悪いだ。

──ガキんころはオドオドして、どんくさかったがの。今もキャラとして、それを使ってるのか

リゲルは時のミリヤを思い出してみる。同時期、リゲルと流のあった天真爛漫なヴィナス王と比較し、卑屈で暗い子供だった。あるいは定められた自分の運命を呪っていたのかもしれない。ディアナを盲信することが、ミリヤにとって生きるよ(・)す(・)が(・)となる。ミリヤにあるのはそれだけだ。男は利用するだけのもの。は奪うだけ。本音で話せるのは、リゲルの他は同じ境遇のイザベラだけではないだろうか。

──哀れなじゃな

しかし、哀れんでもリゲルは容赦しない。ロッドを上段に構えた。今度はミリヤから向かってきたのでける。上段からの回し打ち。また炎を弾けさせるが、防される。リゲルは心ほくそ笑む。構わぬ、これはフェイクじゃ──ミリヤの刃が迫ってくる。リゲルはをかがめ、上からの攻撃を払いけると、ミリヤの腕にロッドの先端を向けた。ミリヤの盾は間に合わない。

「パゴメノス!」

ピキピキ音を立て、ミリヤの右手は凍りついた。ポトッと短剣が地面に落ちる。

「クソッ……」

「けけけ……片手はもう使えんなぁ? どうする? まだやるか?」

「やめるわけないだろ? あんたこそ、息が上がってるじゃん? 範囲絞って単発でも、燃焼系は魔力を消耗する。きが鈍くなってんぞ?」

「減らず口を叩くは嫌われるぞ? 負け惜しみは負けてから言おうな?」

「あいにく、落とせなかった男はいないんでね。あんたのユゼフもチョロかったし」

神攻撃か。リゲルはこめかみをひくつかせた。こういう攻撃をするのは切羽詰まったからだ。そうわかっていても気分は悪い。

リゲルは無言でロッドを突き出した。風の魔法で、ミリヤはややうしろに下がる。風は空中に浮かぶ盾で防される。

「そろそろ燃料切れか。呼気がれてる。男のことを言われたからか? 愚鈍で優不斷、頼りない優男にずいぶんれ込んでるんだな?」

「だまれ。寂しいおまえにはわかるまい」

「そうだ! リゲル、知ってるか? ユゼフの肩の傷、子供んころ、イアン・ローズにやられたそうだが……あれな、帯だぞ……」

クックッと笑い聲を立てるミリヤにリゲルはキレた。ロッドを片手に持ち、先端から風を出しつつ突撃する。盾で直撃を免れても、突風はミリヤのバランスを崩す。リゲルはガラ空きとなったミリヤの肩に、掌打を打ち込んだ。

「怒(シーモス)!!」

邪悪な青い炎がミリヤの右肩を燃やす。丈ほどもある火柱が瞬間的に立ち上った。予想以上のヒットにリゲルは戦慄する。

──やば……負けるつもりが、殺してしまう

ミリヤのほうは水魔法でなんとか火を消した。だが、ダメージは相當なものだ。かろうじて立ってはいるが、膝がカクカクしている。

「まだ、やるか!? クソめ!」

「そっちこそ、もう魔法は使えないだろ!」

ミリヤの言うとおりだ。魔力が無限大に湧いてくる主がいれば、リゲルはもっと戦える。だが、する主は魔國で骨人間と修行中である。

「立つのもやっとなクセして、なにを言うか?」

ロッドの髑髏がる。これで最後の魔法だ。突進してくるミリヤにリゲルはロッドの先を向けた。

「萬を燃やせ! イクリクシー!!」

最後の力を振り絞って発した破壊魔法をミリヤは寸前でよけた。同じバースト系魔を発させ、風の威力を緩和させたのだ。次にミリヤが選んだのは理攻撃。リゲルの首に強烈な蹴りを叩き込んだ。リゲルの手からロッドが離れる。青く絡まり合う線、結界がスッと消えた。

を最後まで持っていたのは、ミリヤのほうだった。首元に刃を突きつけられたリゲルは観念する。

「くっ……わしの負けじゃ」

じつは、最後の魔法がよけられるのはわかっていた。ギリギリでミリヤに勝たせてやったのである。

ミリヤはリゲルの思に気づいているのか、いないのか、ホッと息を吐いた。

張り詰めた空気はここまで。間の抜けた聲が世界を分斷する。

「やだ!? なにやってるの、二人とも?? わたしんちの裏庭で、なんなのよ、もう!!」

うねる黒髪に黒水晶の瞳。昂然とをそらす。えらそうなのは平常運転だ。このなかで一番最強かもしれない。現れたのはイザベラだった。

「やっと帰ってきたか? 蛇め」

「イザベラ、ディアナ様に顔を見せたのか? カンカンだぞ?」

非難するリゲルたちに対し、イザベラはツンと顎を上げる。この尊大な娘はディアナにすら、頭を下げようとしない。

「あなたたち、わたしの心配より自分の心配をしたら? そのボロボロの姿で家の中にるつもり? お母様が仰天して倒れてしまうかもしれないわ。わたしにお願いすることがあるでしょうよ?」

「回復魔法を頼む。あと、服を……」

「わしゃ、ユゼフのがあるから大丈夫じゃ。ローブはあらかじめいどったしな」

「リゲルは準備いいのね。どうせ、戦いにったのもリゲルのほうでしょうよ。ミリヤ、傷は癒やしてやるわ。でも、罰として……」

イザベラは意地の悪い笑みを浮かべる。ミリヤはウッと一歩退いた。

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