《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》81話 おしおき(リゲル視點)
退屈なお茶會が楽しくなった。リゲルは笑いをこらえるのに必死だ。
顔をひきつらせるディアナの前に立つのは、ドレスアップしたミリヤ。
そのドレスというのは妊娠前にディアナが著ていたもので、太って著られなくなったものだ。エデンに置いてあったものをわざわざ送り屆けてもらったらしい。エデンのエンゾはシーマ派になっているから、別の場所を経由して送ってもらったのだろう。そうまでして送ってもらうとは、相當気にっていたということである。
去年の流行で過度にスカートを膨らませ、レースをこれでもかと重ねている。甘いピンクの小花柄。
この乙ちっく、かつド派手なドレスを著せられたミリヤは、栗を塔のごとく大きなシニヨンにまとめ上げられている。さらには巨がビスチェにりきらず、の半分が溢れ出ている狀態。かろうじて首が隠れている。
「……ぷっ……くくくく」
たまらず聲をらすリゲルを、ディアナがオーガの形相でにらむ。うつむき加減のミリヤは、目にうっすら涙まで浮かべている。これは演技ではないだろう。その橫でイザベラは、座っているディアナを平然と見下ろしていた。
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「ディアナ様、ごきげんよう! ただいま戻りましたわ」
「相も変わらず、ふざけたね。ミリヤで著せ替えゴッコしてる暇があったら、もっと早く顔を見せられたでしょうに……」
「あっ……ああ、このダサいドレスです? これ、裳部屋で埃をかぶっているのを運よく見つけたんですよー! ミリヤに著せてるのは、ちょっとした罰ですの。だってこの人、人んちの裏庭でリゲルと喧嘩してるんだもの」
「ダサいドレス……」
「ええ! ディアナ様が太って著られなくなったやつです! 腰回りがらないのに、未練がましく取っておいたやつですよー。去年のデザインだし、型落ち品は侍にあげるものですよね? 再利用できてよかったわぁ!」
「いい加減にしなさいよ! 連絡もせず、勝手に留守にして! やっと帰ってきたと思ったら、不快な嫌がらせをする!」
ディアナに向かい合って座るユマがビクッと震えた。激するディアナを初めて見たのだろう。
「ごめんなさいね、ユマ。彼はイザベラ・クレマンティ。アンジェの娘よ……イザベラ、挨拶なさい」
イザベラは令嬢らしくユマに挨拶した。ユマも慌てて立ち上がり、スカートの裾をつまんでお辭儀する。
「ユマ・メアリー・ジョゼフィーヌ・アスター・フォン・ティベリアと申します。このお屋敷には二ヶ月ほどお世話になっております」
「は? アスター!? まさか、あのアスター!?」
「まさかのまさかじゃ」
喫驚するイザベラにリゲルは答える。イザベラは無遠慮にユマを凝視した。
「イザベラ、失禮よ? そんなにジロジロ見るのはやめなさいよ」
「でも、ディアナ様。この子、全然似てないじゃないですか?」
「そりゃ、似てたらかわいそうじゃない」
言ってしまってからマズかったと気づき、ディアナは口を押さえた。ユマはクスリと笑う。
「父とは縁を切りました。あの人がディアナ様にひどい言をしたのは、知っています。どうか、お気になさらないで。好きに言っていただいて構いません。本當にどうしようもないクズ親父なんですから」
「えっと……縁を切ったってことは家出してここに來てるってこと? 大丈夫なの? アスターはあなたのこと、捜してるでしょう?」
「イザベラ様……」
「ベラでいいわ」
「じゃあ、ベラ、正直に話しますね」
ユマは従者ダーラの子をごもったこと、アスターと大喧嘩して家を飛び出したことを話した。これはリゲルも知っているし、イザベラもイアンから聞いて知っている容だろう。
「以前から、父とは仲が悪かったんです。家を出ようとした時、あの人……わたしではなく、彼のほうを引き留めました。彼にいなくなられたら困るって。だから、わたしのことは捜してないと思います。兄が死んだ時だってそう。見栄で兄を戦地へ駆り出したのは父です。あの人にとって、わたしたち家族はただの駒なんですよ」
ユマの暴は事実にちがいないだろうが、理に欠けるとリゲルは思った。アスターはそのとおり強クズ親父だが、に弱いところもある。長男と長を失い、たった一人殘った娘をそうやすやすと手放すだろうか。
──アスターが的なのは、クリムトやジェームスの件を見ればわかるじゃろう。最後まで部下を信じて、かばったのじゃからな。殘念ながら救えなかったが
しかし、ユマの言葉にじり、碧眼を潤ませるのはディアナ。
「つらかったでしょう……これからは私が支えになるわ。お腹の子もみんなで育てましょう。もう、苦しまなくていい。私も継母と伯母、王とその一派に命を狙われてるだけど、今こうしてやっていけてるんですもの。互いに支え合って生きていきましょう。ここにあなたを傷つける人はいないわ」
ユマもボロボロ涙をこぼし、
「ディアナ……様……わたし、ほんとうに……ディアナ様に會えて……よかった……」
完全に手懐けられている。ディアナは立ち上がってユマのもとへ行くと、両手を握り締めた。
「ユマ、私もよ? 私もあなたに助けられてる。私たち似た者同士よね? 道としていいように利用されたあげく、捨てられた。不義の子をごもり、後ろ指差されても自分らしくいたいって思うの。私は自分の國を取り戻したい。あなたは子供と二人で生きていくために自立したい。學匠になりたいのでしょう? 私もできうる限り協力する。私たち、今はまだ無力だけど、絶対に葉えましょうね?」
何度も首肯するユマには、ディアナが神にでも見えてるのだろうか。
──おいおい、の友か? あくびが出そうじゃな
口を大きく開けたところで、リゲルはミリヤに小突かれた。お姫様スタイルの鉄が視界にると、また笑いそうになる。
「しかし、だけだからいいが、男の所にこの癡を投下したら、大変なことになるぞ?」
「だまれ。陛下の前だ。私語をするんじゃない」
「けけけ……ドレス姿がかわいくて似合っとるから、譽めてるんじゃよ。それで、ディアナの付き添いで夜會に行ったら、どっちが姫様かわからんじゃろな? ナンパされまくりじゃろうて」
友ゴッコ真っ最中のディアナにも、リゲルの嫌味は屆いた。
「それはどうかしらね? 男はちょっと隙があったり、気が弱そう、自分が主導権を握れそうなには気構えないものよ。高嶺の花にはやすやすと聲をかけられないけど、自分でも落とせそうなのほうが聲をかけやすい」
こんな負け惜しみを言う。ディアナも心の奧底では、ミリヤの貌を妬ましく思っているのだろう。
──立場や分を抜きにして、純粋にとしての魅力で勝負したら、ここにいる誰もミリヤには敵わんじゃろうなぁ
リゲルもドレスアップしたミリヤを見て思う。本人は著飾った自分が嫌でしょうがないのだろうが、見とれてしまうぐらいかわいいのは事実だ。これが男だったら魂を抜き取られる。
イザベラもそれをわかっていて、ディアナの憤怒をそらすためにミリヤを使っているのだ。気にっていたドレスをミリヤが著て、それが自分より似合っている。自尊心を傷つけられ、嫉妬心を燃え上がらせるディアナの怒りはミリヤへと向かう。
涼しい顔のイザベラは場を支配できたことにご満悅だ。ただ、ディアナとユマの茶番に飽き飽きしていたのは、リゲルと同じだった。
「ディアナ様、母に顔を見せただけで、まだ話してもいませんの。家の中に戻ってもよろしくって? ディアナ様もお友達との流で忙しそうですし、魔國の報告はまたあとでいたしますね! ちなみに、ミリヤは今日一日この格好で過ごしますから、よろしく!」
さっさと引き上げたかったと思われる。イザベラはを翻し、ディアナに背を向けて屋敷のほうへ行ってしまった。ディアナたちが口を半開きにして、マヌケ顔をさらしている隙に、リゲルはイザベラを追った。
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