《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》34-3
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結局俺はその日一日、ベッドで寢て過ごすこととなってしまった。より正確に言うと、一ミリたりとも起き上がれなかった。不思議なくらい全に力がらなくって、がガスの抜けた風船になったようだった。これがウィルの言う所の、むちゃくちゃした代償らしい。
だが、俺がけなくても、あちらから訪れてくる客はあった。まず初めは、クラークの仲間、アドリアとミカエルだ。
「桜下!よかった、目が覚めたのだな」
俺の顔を見るなり、アドリアは満面の笑みを浮かべ、さらにベッドに近づいてきて、ぐっと手まで握ってきた。
「謝するぞ、桜下。この恩は一生忘れんからな!」
「え、あ、おう」
ぶんぶんと手を揺すられて、なんとかそう返すのがいっぱいだった。逆にミカエルは、自が何度も揺れている(ぺこぺこしているって意味だ)。
「本當に、本當に、ありがとうございました!」
「あはは。これで、あんたへの借りは返せたかな?」
「借りだなんて、そんな!桜下様がしてくださったことと比べたら、私がしたことなんて、その辺の石ころくらいのものです!」
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石ころって……俺を助けてくれたのは、石ころ程度の善行だったってことか?ミカエルは自分が何を言っているのか分かっていないのか、とにかくぶんぶんと頭を下げ続けている。そのうち脳震盪とうを起こしそうだ。
「まあ、何よりだよ。あんたらんとこのリーダーが元気になってさ」
「それもだが、お前が助けたのは、クラーク一人だけではない」
「へ?」
アドリアは得意げに笑う。
「お前はクラークを救うことで、コルルのことも救ったのだ。そして、あいつのお腹の子のこともな。実に三人分だ!私たち二人分の謝では、どれだけしても足りんくらいだよ」
ああ、そうか。確かにそれは、俺も嬉しい。もしクラークがあのままだったらと考えると……きっと、帰ることが怖くなっていたはずだ。凱旋どころじゃなかっただろう。
「すまんが、クラークもまだ起き上がれる狀態ではないのだ。今はひとまず、私達だけで勘弁してくれ」
「気にしないでくれ。ていうか、もう十分だよ」
「おっと、そうはいかない。國に帰るのを楽しみにしておけよ?この話を聞けば、コルルからも雨あられの謝が降り注ぐはずだ」
「……か、帰るの怖くなってきたかも」
俺の顔が本當に青くなったので、アドリアは大笑した。アドリアがこんなに楽しそうなところ、初めて見たかもしれない。ミカエルも口元にローブの袖を當てて、くすくすと笑っていた。
アドリアとミカエルが去ると、次に訪れたのは、ヘイズだった。
「よう。目、覚めたんだってな」
「ヘイズ。もう話が出回ってんのか?」
「なぁに、英雄様のニュースだからな。足も速いのさ」
な、なに?俺が顔を歪めたのを見て、ヘイズはくくくっと笑った。
「當たり前だろ。悪の魔王を倒したの剣士の話を、連合軍で知らないやつはいねーよ」
「お、おい!冗談も大概にしとけよ……!」
「おいおい、オレに怒るな。あれを見ないで済む方が難しいだろ。それにあれだ。人の口に閂かんぬきは掛けられん、ってな」
くうぅ!その誤った誤報を正すのに、一どれくらいの日數を要するだろうか?確か噂は、七十五日続くんだっけか……
「はははは。しかし、病み上がりの相手をからかい続けてもなんだ。これくらいにしとくよ。オレも長居はしねぇしな」
「ん、そうか」
「ああ。撤収準備もあるし、やることは山済みだ」
撤収、か。軽く言ったが、おそらく単なる片付けってだけではないだろう。この戦いでケガをしたり、犠牲になった人たちも多いはず。そう言うの全部ひっくるめての撤収だ。
「そんな忙しいのに、わざわざ來たってのか?別に気にしなくてよかったのに」
顔を見る為だけに、わざわざ労を要することもなかろうに。するとヘイズは、前髪をくしゃっとかいた。
「ま、そうは言っても、けじめはつけんとな……禮を言いに來たのさ」
と、ヘイズはいきなりピシッと気を付けしたかと思うと、右手を上げて敬禮をした。
「謝する。お前がいなけりゃ、この戦いには勝てなかった」
「あ、お、おう……なんだ、えらく真面目だな」
「本來なら、エドガー隊長やロア様が直々に馳せ參ずるもんなんだがな。お前も、堅苦しいのは苦手だろ?今はごたついてもいるし、取り急ぎオレだけで來たってわけさ」
ふーん……さっきの口ぶりからするに、忙しい所をわざわざ來てくれたってことだろ?これがヘイズなりの、けじめのつけ方ってことか。
「正式な謝禮は、國に帰ってからになるだろう。今はロクに何もしてやれんが、まあ、なにか不自由があったら言ってくれ。できる限りのことはさせてもらう」
「今は特に、何もないよ。しいて言えば、撤収作業、頑張ってくれ。魔王の城に長居は無用だろ?」
「違いないな」
ヘイズはニヤッと笑うと、部屋を出て行った。
で、次にやって來たのは……
「コルト!」
おずおずとってきたのは、北の最果てで出會った年……のふりをした、コルトだった。トレードマークだった大きな帽子は、今はかぶっていない。コルトは俺を見ると、ぱっと目を輝かせて、それからすぐにもじもじと目を逸らした。
「え……っと。桜下、元気になったんだね。よかった」
「おう。お見舞いに來てくれたのか?」
「う、ん。でも、僕、邪魔なだけだよね。なにもできやしないし……」
「何言ってんだ、嬉しいよ。ありがとな」
お世辭じゃなく、素直にそう思う。アドリアとミカエル、それにヘイズも、親しくないとは言わないけど、友達かと言われると微妙な間柄だ。それに比べたら、コルトは友人としては初めての見舞客。嬉しくないはずがない。
「ほ、ほんとう?」
「もちろん」
俺がにこにこ答えると、コルトはようやく、笑顔を見せてくれた。
「へ、へへへ。そっか。嬉しいんだ……」
「ああ。それよりコルト、お前こそ大丈夫なのかよ?呪いの後癥とか、何にもないのか?」
コルトら攫われた人たちは、セカンドの闇の魔法によって、結晶に閉じ込められていた。いちおうあの狀態では、生命活の一切は停止し、いわゆるコールドスリープのようになると聞いたが……
「う、うん。いろいろ調べてもらったけど、なんにもないみたい。何日も石にされてたって聞いて、こっちが驚いちゃったくらいだよ」
「そっか。じゃ、よかった。お互い元気ってことだ」
「へへへ、そうだね。でも……」
でも?コルトはうつむくと、寒そうにぎゅっと、自分の腕を抱く。
「でも……あれに閉じ込められる瞬間のことは、今でもはっきり覚えてるんだ。自分のが、ちょっとずつ冷たくなって、かなくなって、何にもじなくなって……僕、これで死ぬんだって。怖くて、こわくて……」
「コルト……」
「だから……助け出されて、風の音や、空気の匂いをじた時。本當に、嬉しかったんだ。それが桜下たちのおかげだって聞いて、僕、やっぱり思ったよ。桜下は、僕のヒーローだって」
コルトは、ぽろぽろ涙をこぼしながらも、無理に微笑んだ。いちおう俺は、勇者をやめただが……さすがに今それを言うほど、野暮でもないさ。
「ありがとう、桜下。どうしても、それが言いたかったんだ」
「へへへ……どういたしまして、だ。友達を助けられて、俺も嬉しいよ」
鼻の頭をこすりながら言うと、コルトはにこりとほほ笑んだ。その拍子に、涙が瞳からこぼれて、つうと頬を伝う。
「うん!それで……あの。それでね、桜下……」
うん?コルトはまたもじもじしだした。それになんだか、ずいぶんと顔が赤く見えるが……
「どうした?」
「あっ……あの、やっぱり、なんでもない!おっ、お大事にね!」
早口にそれだけ言い殘すと、コルトはばびゅーんと、部屋から飛び出して行ってしまった。な、なんだなんだ?よく分からなかったけど、コルトが去って行った扉を、ウィルがひどく焦げ付くような目で見つめていたのが印象的だった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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