《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》34-5

34-5

その日の夜になって、俺はどうにかこうにか、自力で立ち上がれるくらいには回復することができた。

「お、おおお、おぉ……?」

「桜下、足がすごいことになってるよ……?」

ガクガク震える俺に、ライラが憐れみの目を向けてくる。うぅぅ……

立てるようにはなったものの、歩くのは正直かなりきつい。自分の足じゃないみたいだ。他人の足を無理やりくっ付けてかしているように、言うことを聞きゃしない。

「桜下さん、あまり無理しないほうが……」

心配のウィルが止めようとしてくるが、こればかりはダメだ。夜まで待つのだって、結構我慢したんだぞ。これ以上遅れるわけにはいかない。

の末に俺は、ライラに頼んで、風の魔法を足にかけてもらうことにした。以前、川をひとっ跳びした魔法だ。今のたらくでも、歩くぐらいならわけないはずだ。

「……あぁん、やっぱり見てられないの!ダーリン、そんなにするくらいなら、アタシが連れてくよ」

見かねてロウランが申し出てくれたが、俺は彼の助力を丁重に斷った。意地を張ったわけじゃないぞ。ただ、これから行くところを考えると……今回ばかりは、自分の足で歩いて行きたかったんだ。

Advertisement

「じゃ、ちょっと行ってくるな」

心配そうなみんなに聲を掛けると、俺は一人、部屋を後にする。

アニの明かりを頼りに、ヘルズニルの中を歩く。漆黒の壁や天井に青白いが反して、ほの暗い水面のようだ。やがて俺は、城の上へと続く塔を見つけた。壁に沿うように、階段が螺旋狀にびている。

「ふぅ……さて、行くか」

気合をれてから登っていく。普段ならともかく、今は相當の重労働だ。

階段は長くきつく、おまけに人間の足幅を考慮されていないので、一段が極端に高かったり低かったりする。ライラの魔法による強化があってもなお、俺は肩で息をし、汗のしずくをあごに滴らせながら、一段一段登っていく。

『……主様、大丈夫ですか?』

「……」

答える余裕もないので、俺は片手の親指を上に向ける。その段階で大丈夫ではないのは明白だが、アニはそれ以上とやかく言うことはしなかった。ありがたいぜ、いま口喧嘩をするパワーは微塵もない。

時間にして、三十分は確実にかかっただろう。本調子じゃないせいもあって、とにかく長くじたが……ようやっと、その場所に辿りついた。

Advertisement

ヘルズニルにある無數の塔の一つ、そのてっぺん。周りには他の塔が無く、空にひらけている。夜風が汗に濡れた顔に心地いい。確かに、彼が好きそうな場所だった。俺は塔に備えられた塀に沿って、彼の姿を探す。

見つけた。

「よう」

気配で気付いたのか、それとも足音を聞きつけたのか。彼はすでに、こちらに振り返っていた。

暗い夜空に、溶け込むような黒いマント。目深にかぶられたフードのせいで、顔は全く見えない。袖から覗く手は、真っ黒な骨だけだった。

「フラン。ちょっとぶり、だな」

フランは何も言わずに、こちらを見ていた。いや、見ている気がしているだけだ。顔が見えないし、そもそも瞳がない。だがそれでも、音は聞こえているし、俺の姿も見えているようだ。その辺の細かいところがどうなっているのかは、まだよく分からない。それだけ彼と、コミュニケーションが取れていないってことだ。

「なあ、フラン……」

俺が近寄ろうとすると、彼はびしっと、骨と鉤爪の手を突き出した。っと……止まれ、ってことらしい。

「フラン……いや、なのか?」

當然、返事は無い。だが、手を下ろそうともしない。なら、そういう事なのだろう。

「……わかった。お前がそう言うなら、これ以上そっちには行かないよ」

そう言って、塀にもたれる。今日は星がきれいだ。

「なあ、フラン」

俺はそっちを見ずに話す。聞いているか分からないけど、とにかく話す。

「見ろよ。星がすごいきれいだぜ。靜かだし、平和だ。こんな夜はさ、口笛でも吹きながら、なんも考えずに散歩すべきなんだよな。ポケットに手を突っ込みながらさ」

穏やかな夜って言うのは、俺の中でそういうイメージだ。

「誰かとくだらないおしゃべりをしてもいいかもしれない。ぐっすり眠るのも、それはそれでいいもんだけどな」

(まあ、いずれにしても)

こんな風に、一人で寂しく過ごすべきじゃない。せめて、一人でも楽しく過ごすべきだ。俺が見つけた時のフランは、小さく座り込んで、夜の闇に紛れようとしているかのようだった。どうして彼が、そんな目に遭わなくちゃいけない?そんな理由、どこにもない。

(だから今のフランを、放っておくわけにはいかないんだ)

「なあ、フラン」

反応がないので聞いているのか分からないが、ともかく続ける。

「今日はさ、いろんな人が會いに來たよ。みんな笑って、俺にありがとうって言ってくれた。嬉しかったよ。頑張った甲斐あったなって、そう思った」

俺は一人で話し続ける。相づちが無い會話と言うのは、なかなかに難しい。

「ライラはさ、俺がそうやって謝されるのが嬉しいんだっていうんだ。最初はよく分かんねって思ったけど、でも確かに、俺も仲間が褒められたら嬉しいもんな。きっとライラも、それとおんなじ気持ちだったんだ」

こうして今日を振り返ると、まあいつもの日常と比べたら、いい日だったと言えるんじゃないだろうか。みんなが笑顔だった。不格好でも、みんなを助けることができた。

でも。まだ今日という日は、終わっていない。まだ、俺が一番笑顔にしたい娘こが、笑っていない。

「フラン……まだ、お禮を言ってなかったよな。ありがとう。お前がいなかったら、俺たちは勝てなかった。ほんとは今日、お前も俺と同じくらい、謝をけるべきだったんだぜ」

みんなは俺に禮を言っていたが、本當は俺がしたことなんて、ほとんどないんだぜ。

クラーク、ペトラ、フランが、セカンドをギリギリまで弱らせた。俺もいちおう戦ったけど、そのほとんどが、仲間と融合してだったからなぁ。前半はウィルが、後半はエラゼムが力を貸してくれて。で、とどめを刺したのはアルア。その隙を作ったのはエドガーたち。ほら、振り返ってみるとさっぱりだろ?

「それに……できるなら、やっぱり仲間みんなで過ごしたかった。目が覚めた時、お前だけがいなくて……正直、寂しかったよ。ウィルから、ずっとここに一人でいるって聞いて、悲しくもあった」

となりでフランが、じろぎしたような気がした。當然だ、俺の口ぶりは恨み節にも聞こえるだろう。

「だけどな。俺、分かったんだ。お前の気持ち。痛いほど、よく分かったよ。だって……」

一人になりたい、フランの気持ち。マントですっぽりと全を隠す、彼の心が。

「俺とおんなじだ」

俺は片手を上げて、頭へと持っていく。

俺が、帽子を片時も外さなかったように。フランだって、見られたくなかったんだ。骨だけになってしまった、自分の姿を。そして、しだけうぬぼれていいなら……俺に、見られたくなかったんだ。

「ここに來るのも、迷ったよ。フランたちは、俺の帽子をがそうとはしなかったもんな。それなのに、俺がのぞき込むようなことしちゃ、裏切りじゃないか」

俺が來ることで、フランを傷つけるんじゃないか。そのことは何度も頭をよぎった。だが俺は結局、今夜、ここに來た。

「でも、考えたんだ。もしそうなら、俺はこの先、ずっとフランに會えなくなるってことだろ。フランを、視界にれないように過ごさなきゃならないってことだろ。そんなの、嫌だ」

息をつく。今日一日考えて出した結論を、いまから彼に話さなくては。

「結局いくら考えても、そこに行きついたんだ。お前のためだとか、みんなには借りがあるからとか、いくら並べ立てたって、嫌なもんは嫌なんだよ」

子どものような論理だ。だけど俺は、子どもなんだ。勇者でも英雄でもない。俺は、俺にしかなれない。

「だって俺……やっぱり俺、フランが好きだ」

口の中が乾く。フランもあの時、こんな気持ちだったんだろうか。だとしたら、なんて勇敢なんだろう。

「ごめんな。俺、こういうの全然わからなくって……いつも、フランやウィルに促されてばっかりで。だから、不安にさせちまってるんだよな。だから、隠れようとしてるんだよな……」

ああ、くそ。いまさらだが、泣きたくなってきた。俺が普段から、どれだけ彼を想っているのか伝えていたなら。俺がもっと、フランに気持ちを伝えられていたなら……今彼は、こんなところで寂しい思いをしなくて済んだかもしれないのに。

「ごめん……確かに俺、ちゃんと言えてなかったよな。俺、フランの綺麗な髪とか、赤い目とか、そういうのすごく好きだ。顔もかわいいし……シェオル島で、ドレスを著たお前を見た時、俺、本當に綺麗だって思って……そう言うことも、ちゃんと言えてなかった」

もっと早く、伝えていれば……人生は後悔の連続だって言う。まだ十四の俺ですらそうなら、この先はもっとたくさんの後悔が待っているんだろうか。けどここで怯んだら、俺はそれこそ一生後悔する。

「そういう、お前の見た目に惚れこんだのは、間違いじゃない。けど、けどな。じゃあ、今のお前を見て、嫌いになるわけないじゃないか」

骨だけになったフランは、正直怖い。元々ホラーが苦手な俺は、骸骨に対して、どう頑張っても好意的なを抱くことはできない。でも。

「お前が、こんな俺に何度も好きだって言うから……俺だって、好きになっちゃったんだ。お前の見た目とか、能力とかじゃなくて。フランのことが、好きになっちゃったんだよ」

いつかにウィルにした話。だけどあの時、俺は事の本質をまだ理解できていなかった。今分かった。たぶんそれが、人をするってことなんだ。

「頼む、フラン……お前に避けられると、俺が寂しいんだ……ごめん、結局の自分のことばかりで。でも、お願いだ。俺の側に、いてくれないか」

涙の滲む聲で、そう伝えた。これでダメなら、もう打つ手がない。もしフランが、俺をいらないと言うのならば……

とん。

「っ」

不意だったので、息をのんだ。俺の肩に、フランの頭が乗っている。

「フラン……っ!」

堪えきれなくなった俺は、くしゃくしゃになった顔を、膝の間にうずめた。フランの優しさが……フランの気持ちが……なによりも、嬉しかった。俺は嗚咽を堪えて、何とかこれだけ口にした。

「あり、がとう……」

「なあ、フラン」

俺とフランは、まだ塔の上にいた。何となく、まだ一緒にいたかったんだ。今は、フランと背中をくっつけて座っている。本當は、手でも握りたい気分なんだけど……毒の鉤爪がむき出しだからな。それをすると、手がなくなっちゃうから諦めた。

「俺さ、やっぱりフランを、元に戻してやりたい」

俺は星空を見上げながら言う。背中合わせのフランが、もぞりといたのが分かった。

「さっき言ったことは噓じゃないぜ。でも俺、やっぱりフランの聲が聞きたいよ」

骨だけのフランは、聲を出すことができない。フランの気持ちを疑うわけじゃないが、やっぱり言葉が聞けないのは寂しい。ああそれに、フランの笑った顔も見たいし、あのしい銀の髪も、赤い瞳も見たい。なんだ、こうしてみると、やっぱり深だな、俺。

「呪いだろうが何だろうが、破る方法を見つけてやる。だから、また一緒に、旅していこうな」

フランからの返事はない。けど、こん、と頭がぶつかった。ああ、それで十分だ。

星空の下で、約束しよう。俺たちはまた會って、笑いあうってな。

十八章へつづく

---------------------------------

1/9更新

十八章の投稿はしお時間を頂きたいと思います。

理由などは近況欄に書かせていただきましたので、

よろしければご一読ください。

    人が読んでいる<じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。>
      クローズメッセージ
      つづく...
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください