《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》84話 マタニティ(リゲル視點)

翌日、的な再會が二件あった。リゲル自のことではないのだが、どちらも微笑ましい再會であった。

まず、一件目。

クレマンティ邸では、妊婦向けの指導が行われた。妊婦向けとは、簡単にいうと軽いストレッチと呼吸法、バレエのポージングなどである。産後の型崩れにも効果があるらしい。大広間にて參加するのはユマ、ディアナ、アンジェリーヌ夫人……

「はい! ここで息を吸って! ポーズ! 息を吐いてー……」

開腳し、腰をペタンと床についた姿勢で上半だけバレエのポージングをする。三人とも、ビスチェにパニエというほぼ下著のような格好だ。きやすい楽な格好でという指示で、こういうスタイルになったらしい。見學するリゲルは笑いをこらえるのに必死である。

お団子に眼鏡、レオタード姿の講師はヴィオラ。金髪は黒髪、青い瞳は茶に変わっているが、あの優のヴィオラだ。グリンデルの百日城から逃れたヴィオラは演劇集団デイコルンプナには帰らず、主國で生きることを選んだ。ヴィオラとダーラを連れて逃げたのはリゲルだ。

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しばらくアスター邸の厄介になっていたヴィオラは、カミーユ夫人の協力と自の人脈を駆使してダンスの講師になった。主國でも名を知られる大優だから噂はすぐに広まり、今では引く手あまての超人気講師だ。ダンス以外にも妊婦向けの指導や行儀作法、歌も教える。

「はい、また楽にしましょう。お腹に負擔をかけないように、手を前について……」

張りのあるよく通る聲だ。しかすれているのは酒と煙草のせいか。ちなみにイザベラは見學している。「しいプロポーションを常に維持しているわたしには、必要なくってよ」……とのこと。単にやりたくないだけかと思われる。大真面目な顔でアホなポーズを取らされるのは、罰ゲームに近い。

その一時間前、イザベラとヴィオラは涙の再會を果たしていた。

百日城では、互いに死んでいてもおかしくない狀況だった。生きて顔を合わせられたこと、それが嬉しかったのだろう。ヴィオラも柄になく泣き笑いをした。イザベラは號泣だ。イザベラにとってヴィオラは永遠に憧れの優。代役を任される時にもらったグリンデル水晶のブレスレットは寶だ。

「くくく……アタシはあれぐらいじゃ、へこたれないよ? もう、新しいパトロンも見つけたしね。ま、講師の仕事が軌道に乗ってっから、一人でも自活できるんだけど。今は人に教えるのがひたすら楽しいかな。でも、いつか自分の劇場と劇団を立ち上げるなんて野もちょっとあったり……」

こんなことを言って、ヴィオラは大口開けて笑うのだ。過去のことはまったく引きずっていない。この豪気なところにイザベラは惹かれるのだろう。紆余曲折あっても、落ち著くところに落ち著けた。ヴィオラも食えんじゃな、とリゲルは心のなかで笑う。それよりなにより、変な格好で変なポーズを取らされているディアナたちがおもしろ過ぎる。

「手を前に置いて腰を突き出し……顎を出して……狼のポーズ! 男を食べるようなイメージで……」

──なんじゃ!? 狼って!?

頬をプクッと膨らませ、笑いをこらえるリゲルにイザベラが追い打ちをかけた。

「あー、魔國でイアンがクリープとバレエをやっていたのを思い出すわ」

「なんじゃ、それ!? わしゃ、知らんぞ? めちゃクソ笑えるじゃないか?」

「あれね、ダモンが來るまえだったわね。その時は食糧調達で熊を狩って捌いたり、大忙しだったからムカついたけど、今冷靜に思い出してみると笑えるわね」

リゲルはとうとう吹き出してしまった。立派な先生となったヴィオラに鋭い視線を當てられ、うつむく。ヴィオラのキツい格は優時代と変わらない。仕事に対してはストイックなのだ。

リゲルはイザベラと廊下に避難した。話はまだ途中だ。

「わたしが熊を狩って帰ってきたら、木に張ったロープの上、片足で立ってバレエのポージングをしてるわけよ。パッセ!とかアラベスク!とか言って……」

「……ちょっと待て。熊を狩って……ってなんじゃ? その時點でもう腹筋が崩壊しそうじゃ……」

「イアン、食事係なのにサボってばっかだったのよ。パン焼き窯を作って、それを偉大な功績みたいにアピールしてきてウザかったし……サチの捜索にくわえて、食糧調達までわたしがしてたんだから」

「イアンは結局なにしてたんじゃ?」

「あのバカ! 初日から迷子になったのよ!? 信じられる? わたしとクリープはあいつの捜索に一日を費やすことになったの! 見つけた時は巨大蟻食いの巣に落ちて、食べられるところだったわ。そのまま食われてしまえばよかったんだけど、クリープが助けましょうって言うから助けたのよね。その後、拠點に結界を張ってイアンだけ出られなくした」

「イアンらしいエピソードじゃな。結局、イアンのおかげでサチがザカリヤの所にいると、わかったんじゃけど」

「納得いかないわ。何日も命削りながら、捜索してたわたしとクリープの努力はいったいなんだったのよ?」

「まあ、言うな。それがイアンのイアンたるゆえんじゃ」

「意味わかんない。あいつ、二回も迷子になったんだからね! こっちは明け方近くに帰ってきて眠いのに、朝っぱらから騒がしいし……役に立たないから帰れって、何度言っても聞かないし……」

「存在を忘れがちじゃが、イアンに付き合わされるクリープもかわいそうじゃったな」

「まあね、クリープは酔わせるとなかなかおもしろいわよ? ププ……めちゃくちゃ酒癖わるいの。イアンのこと、猿人間て怒鳴りつけたんだから。大笑だったわ」

「それも、ダモンがそっちへ行くまえか。クリープは王城の財務部に戻ったんじゃったな」

「イアンの奴、わたしが帰るまでに魚釣っとけって言ったのに、縄跳びして遊んでることもあったわね。帰ってきたら、クリープとグリンデル國歌を熱唱しながら縄跳びしてるのよ? なにごとかと思ったわ」

「バカじゃな」

イアンの話は盡きない。ユゼフはイアンたちと合流しただろうか。昨晩、リゲルが水晶玉をのぞいた時、ユゼフはまだ骨人間と修行中だった。痺れを切らしたティムが、イアンのもとへこっそり文を送ったのをリゲルは見ている。イアン&サチが來れば、前進するだろう。骨人間をとっとと倒して、魔界へ行けばいい。ユゼフは遠慮し過ぎるのだ。

──そこがいいんじゃがな

イザベラからひととおりイアンの愚癡を聞いて、リゲルたちは広間に戻った。

ヴィオラのレッスンもちょうど終わったところで、著替え始めている。そのあとヴィオラをえてのお茶會となり、イザベラとヴィオラは思い出話に花を咲かせた。

二件目の再會は夜。

リゲルが夜の散歩に行こうとしていた折、獣の気配をじた。窓から壁を伝い、屋に上がったところだったので、敵と思いギョッとしたのだ。相手は屋と塀を移に使っていたようだ。驚いたのはお互いさまだった。

「ダーラか?」

「リゲル??」

黃金の髪が月のを反する。同じの瞳の輝きは人外のものだ。

アスター邸に帰ったダーラは、以前と同じくアスターの従者という分に収まった。カミーユ夫人から聞いて、ユマを訪ねに來たのだろう。

「なんじゃ、夜這いか?」

「ユマに會いに來たんだ」

「コソコソせずに正面から訪ねればいいじゃろうが」

「アスター様はユマの居場所をまだ知らない。おいらとユマのことも認めてないから、おおっぴらにはできないんだ」

「なるほど。大変じゃな、おまえも」

ダーラはユマの部屋の出窓からった。ユマはすんなりれたようだ。この二人の関係は微笑ましくも切ない。

リゲルが散歩から戻ったあとも、ダーラの気配は消えていなかった。

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