《【書籍化決定】公衆の面前で婚約破棄された、無想な行き遅れお局令嬢は、実務能力を買われて冷徹宰相様のお飾り妻になります。~契約結婚に不満はございません。~》また、謎多い話を聞きました。
「足をお運びいただき、ありがとうございます」
シンズ夫人の私室に赴くと、彼はどことなく嬉しそうな笑顔でアレリラ達を出迎えた。
彼は先ほどとは違い、異國風の服裝をに纏っている。
に巻きつけてベルトで留めるタイプの貫頭。
資料で見覚えがある、大公國ゼフィス領辺りの民族裝である。
本來であれば、鮮やかな布を何枚か重ねてにつけたり、髪や腰元に玉飾りを幾つも下げるものである筈だけれど、そちらは禮裝なのかもしれない。
多分、室で過ごす為の楽な服裝なのだろう。
ドレスよりもきやすそうなその服裝は、快活で浮世離れした印象のシンズ夫人によく似合っていた。
こう見ると、引き締まった腕といい、彼の本質は遊牧の民であるのだということがよく分かる。
ーーーそんな人が、何故帝國貴族の妻に……?
アレリラが疑問を覚えていると、イースティリア様が問いかけられた。
「どのようなご用件でしょう?」
その問いかけに、彼はトントン、と耳を叩く。
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「風はどこにでもするりとり込むもの。耳がとても良いのですわ。そんな風の耳を持つ者もなくなってしまいましたけれど、今もなお、〝風〟の脈はその力を有しております」
この屋敷で、隠し事は出來ませんの、と言われて、アレリラは警戒を最大限に引き上げた。
ーーー會話を、聞かれていた?
お祖父様が陛下と連絡を取る為に行使した手段のようなものを、シンズ夫人も有しているのだろう。
「……盜み聞きは、あまり行儀の良い行いとは言えませんね」
「盜んではおりませんわ。ただ、聞こえるだけですの」
「確かに、失念しておりました」
イースティリア様は靜かに答えた。
「〝風〟の公爵の筋であらせられる方の近くにいるのでしたら、伝承や歴史を考慮にれるべきでしたね」
「あら、宰相閣下は〝風〟をご存じですのね」
「多は、です。かつて大公國を築かれる際に『〝風〟に気をつけろ』と言われるほど斥候に優れ、全知の耳目(じもく)でその役割を擔った一族であった、ということくらいは存じ上げております」
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アレリラは、イースティリア様の口調の変化に気づいた。
目の前にいるを、『帝國伯爵夫人』ではなく『大公國〝風〟の公爵族』として扱ってるのだ。
「我々の會話を耳にしてお招きいただいたのであれば。推測は當たっているのでしょうか」
「ええ、大方は」
シンズ伯爵夫人は、あっさりとそう答えた。
「違う點があるとすれば、ムゥラン・ムゥラン様の率いる〝風〟は……あるいは歴代公爵様は常に『外の敵』に目を向けている、というだけですわ」
ムゥラン・ゼフィス公爵に対して名前を重ねる呼び方もまた、〝風〟の伝統である、という知識を、アレリラは持っていた。
他者に対して最大限の敬意を表す呼びかけであるのと同時に、自の誇り高さを示す名乗りでもあるらしい。
アレリラは、〝風〟の公爵に敬意を払う彼の言葉から、推測を立てていく。
斥候を擔うという〝風〟が『外』に目を向けているのなら、つまり『』は大公國。
そして斥候というのは権力の総括が擔う役割ではなく、あくまでもその手足となる者が行うもの。
しかし、その斥候には『大將を自ら選ぶ』権利が與えられているのだ。
だからこそ、権力の頂點にならない代わりに、大公國という『』を守る為に相応しい者を、その時々で選ぶと。
ーーー非常に合理的ですね。
これが完全な民意であるのなら、判斷を間違う可能はある。
けれど、権力の座に興味がなく自國を守ろうとする者であり、また多くの報を手にし。
がない故に世界の向と権力者に対して、冷靜な判斷を下せる〝風〟であるならば。
なるほど、時期に相応しい者を選ぶことが出來るのだろう。
その後に権力者が間違えば、是正することもまた、〝風〟の役割なのだろうと思った。
「今代公爵であらせられるムゥラン・ムゥラン様は〝火〟を選ぶことを、わたくしにお伝え下さいました、今の〝水〟は腐ってしまっているのだそうです」
まるで何ということもないようにシンズ伯爵夫人の口になさった言葉に、アレリラは息を呑んだ。
それは、國の重要機である筈だ。
なのに、アレリラ達に簡単に明かした。
ーーーどのような意図が?
彼もまた、おそらくはアレリラとは違う理屈でいている人だ。
多分、大公國から帝國への間者としての役割を擔っている。
なのに、帝國に利するのは何故なのか。
その報一つで、帝國がより権力を強固にする方向にくことを……理解していない筈がないのに。
「揺るがぬ帝國の礎(いしずえ)、國を守る塞(さい)の者であるあなた方を、お選びになった方がいらっしゃいます」
シンズ夫人は、會話する意図があるのかないのか、淡々と言葉を重ねた。
「ムゥラン公爵ですか?」
「いいえ。また別の方ですわ。ふふ、あの方の仰る通りの質問を致しますのね」
彼は小さく笑い、先ほどのアレリラの心に応えるように、言葉を口にする。
「わたくしは夫を好きになっただけですわ。大公國の間者でもなく、また帝國を裏切るわけでもございません。ムゥラン様は嫁ぐのをお許し下さり、あの方もまた、たまたまわたくしが丁度良かったから、伝言を預けられただけですの」
「……よく、意図が分かりませんね。あの方、とは?」
「〝風〟が自由であるように、夢の中で自由である方ですわ。『語り部』と、名乗っておられました」
その人は、人の夢にり込み、話をすることが出來る人なのだという。
お祖父様の件からこっち、ボンボリーノといい、アレリラの……あるいは人知の及ばぬ存在がいることを、知ることが多いと、アレリラは思った。
「『語り部』は言いました。『イースティリア侯爵に、『大公選定の儀』までの間、エイデス・オルミラージュ侯爵に注視するように伝えてしい』と。そして『〝風〟が〝火〟を選んだことをその対価に』と」
「……なるほど」
エイデス・オルミラージュ侯爵。
海を挾んだ南の隣國、ライオネル王國の筆頭侯爵であり、イースティリア様に婚姻を申し込まれた『神作の魔薬』の件で渉なさった方。
魔導に通し、帝國の蟲害による食糧危機の解決に盡力して下さった、仁義に厚い方である。
帝國宰相書として、幾度か対応したことがあった。
イースティリア様によく似た銀髪と、青みがかった紫の瞳を持つ、恐ろしいほどの貌を持つ無表な男である。
先日、ライオネル永世公爵の筋であるウェルミィ・リロウド伯爵令嬢とのご婚約を発表なさっていた。
「彼に、何が?」
「〝水〟と大公國の行く末に関わることである、と、『語り部』は仰ってましたわ。それ以上は何も。もう二つ、伝言をお預かりしただけですの」
「それは?」
「おそらくは私信になりますけれど。彼の生母は、侯爵を産み落とした後、大公國〝土〟の地に赴かれたそうですわ。その後、ライオネル王國に戻られたそうです」
「……」
「オルミラージュ侯爵には『侯爵位に在るのをむ故に、手放しました。していなかった訳ではありません。ウェルミィ・エルネストを頼みます』と。またリロウド伯爵令嬢に『婆やはいつでも、お嬢様方の幸せを願っていますよ』と、機會があれば伝えてしいとのことでしたわ」
イースティリア様は、珍しく考え込んでいるようだった。
アレリラには、もう現狀では言われたこと以上に、その『語り部』の意図は全く読めない。
そもそも、夢を自由に渡り歩くという、聞いたこともない魔を基とした話であるが故に、一度整理しないと飲み下すことが出來そうになかった。
けれど、イースティリア様はそうではない。
「……〝風〟の向と『大公選定の儀』に関しては、非常に有益な報でした。謝致します。殘りに関しても、なるべく意に沿うように努めましょう」
「良かったですわ。帝國とあなた方の未來が、幸多きものでありますように」
シンズ夫人の話は、それで終わりのようだった。
場を辭したイースティリア様と共に歩く間に、彼がポツリと呟く。
「謎は多い。が、この領を出るまで話は置いておく」
夫人に聞かれるからだろう、とアレリラは理解して、靜かに頷いた。
「畏まりました」
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