《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》85話 ディアナとヘリオーティス(リゲル視點)

ずっと安穏としていられるわけでもなかった。クレマンティ邸にヘリオーティスが訪れることもある。

イザベラとミリヤの猛攻に抗い、リゲルは盜み聞きをしようとした。

「ちょっとぐらいいいじゃろうが。個人的な興味じゃ」

「信用できないわ。ミリヤ、謁見が終わるまでリゲルを縛っておきましょ」

「そうだな。ユゼフの命でここにいるわけだし、逐一報告するんだろう」

「ちゃんと報収集しないと、ここにいる意味がないんじゃ!」

「ほら、やっぱり」

「役に立てないと、ユゼフに嫌われてしまう。この乙心がわからんのか、おまえらには?」

「探って報告する気まんまんじゃないか」

「わしゃ、おまえらの師匠じゃぞ? 師匠に協力するのが筋じゃろうて」

「誰が偵の手伝いをするもんですか! ミリヤ、リゲルを押さえて!」

「わかった。リゲル、おとなしくしろ」

「よし! それなら、戦ってやる! 二人まとめてかかってこい!」

書斎の隣の部屋で、このようにやり合っていたところ、侍が呼びにきた。ディアナいわく、中にってもいいと。

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書斎でディアナとヘリオーティスは待っていた。

ヘリオーティスは金髪坊主の眼帯、主國本部長エッカルトとディアナにそっくりなグレースの二人。この二人とリゲルが対面するのは三度目である。一度目はユゼフが妹を人質にされ、襲われた時。二度目はローズ城が落城した時だ。リゲルは逃走中の彼らと遭遇した。斥候の役目を終えたイアンが、城に戻ろうとするのを止めている時だった。

「あらぁ……あの時の可い魔さんじゃぁない?」

「ああ、あん時のクソかぁ。嬲(なぶ)られに來たかぁ?」

青と緑、しいがゾッとする瞳を向けられ、リゲルは直した。いろいろなを見てきたリゲルでも、怖いものは怖い。彼らの持つ純粋な悪意は、悪魔に等しいものがある。

「私語は慎みなさい。リゲルを呼んだのは他でもない。協力してもらうためよ」

「協力? こんな亜人のクソぁ、信用できるんですぅ?」

「信用はしてないけど、利用できそうだったらさせてもらうわ」

機を挾んで向こうに座るディアナは余裕綽々(しゃくしゃく)だ。悪魔が相手でも、なら怖くないということか。

眼帯エッカルト、ローブ姿のグレースは機の真ん前に立ち、し下がったところにリゲルは立たされた。

グレースはいつもかぶっている麻袋をいでいる。片の首飾りからは腐臭が漂ってきそうだ。

リゲルの両脇にいるイザベラとミリヤは狀況を靜観するつもりだろう。同時に生唾を飲む音がした。蛇と鉄も、ヘリオーティスの前ではさすがに張するらしい。

口火を切ったディアナの聲は落ち著いていた。

「まず、ヘリオーティスの二人には今後の展を手短に説明するわね。とりあえず、シーマには逝ってもらうつもり。そのあとは、和解の方向に話を持っていくわ」

そこで、ディアナはヘリオーティスの顔をうかがった。リゲルからは彼らの背中しか見えない。ヘリオーティスは“和解”の言葉に驚いているのだろう。エッカルトは背中をピクンと痙攣させ、グレースは小さくのけぞった。

「すぐに納得できないのはわかるわ。エッカルトはアスターに右目を奪われているし、ユゼフに大火傷を負わされている。でも、おまえたちだって、ユゼフの妻を殺したし、ファットビーストの一件で騎士団を混させたでしょう?」

「ユゼフの妻はぁ、自殺です。我々はぁ、殺してませんん」

「でも、おまえたちがヴァルタン邸に押しったりしなければ、死ななかったわよね?」

「ユゼフにされたのはぁ、火傷程度じゃぁありませんんん。仲間を何人も殺されてるんですよぉ? あいつの正はぁ“ハウンド”です」

「確証はあるの?」

「それはぁ……」

「ディアナ様、ユゼフがエゼキエル王だというのは、もうご存知ですよね?」

グレースが、ディアナとエッカルトの言い合いに割ってった。ものすごいかすれ聲だ。ディアナは自分にそっくりなこのをどう思っているのか。涼しげな目で見據えている。

「我々ヘリオーティスは亜人の淘汰を目的としています。亜人との共存などあり得ないのですよ」

「だったら、私とも敵対することになるわね。私、ユゼフと結婚するつもりだもの」

この弾発言にヘリオーティスは閉口した。自分たちの奉る人間の王が、敵の大ボスと結婚しようというのだから無理もない。

「けっ……けっこんんん!?」

「ええ、そうよ。私たち相思相ですもの。彼は王配になってもらう」

「しっ……しかしぃ、アスターや周りの人間が納得するわけ……」

エッカルトは揺しまくりだ。グレースは衝撃をけ過ぎて、エッカルトに倒れかかっている。あの冷酷非なヘリオーティスが狼狽しているのである。容が別のものだったら小気味いいのだが、リゲルの思いは複雑だ。する主がディアナと結ばれてほしくない。

「アスターはね、うまく懐する方法があるわ。じつはこの家にアスターの娘がいるの。おまえたちが來るから、今は寢てもらってるんだけど……」

「人質ってぇ……ことですか?」

「まあ、言い方は悪いけどね。私から直接接しても、あの男、信用しないでしょう? だから、リゲルに橋渡ししてもらおうと思ってるの」

エッカルトとグレースは振り向いて、リゲルを殺意のこもった目で見てくる。リゲルは微笑で返した。こんなことでビビっていては、魔王のは務まらない。

「ユゼフがいない今、アスターを抱き込めば、シーマを殺すのは簡単よ」

「逆に人質を取られるってぇことは?」

「知恵の島にいる三男は、一時的に別の場所へ移させている。完全にあっち側のカオルには、アスターはなにもしないでしょう」

「ディアナ様、どうかぁ、考え直していただくことはぁ……」

「考え直さないわ。これは決定事項よ」

エッカルトの肩に寄りかかっていたグレースが顔を上げた。

「ユゼフのほうは納得してるんです? ユゼフがディアナ様のことを許すとは……」

「だからー、相思相って言ってるでしょ? ユゼフはね、シーマに対する義理だけでいてるの。シーマが死んだら、おしまい」

「ですが……」

「これで前世から続く不な爭いに、ようやく終止符を打つことができるわ。最初から私たち、結ばれるべきだったのよ。そうすれば、無駄なが流れずに済んだ」

ヘリオーティスからしたら、まったく勝手な言い分だろう。三百年前から王家に従ってきた伝統がある。彼らも相當な犠牲を払っているのだ。エッカルトに寄りかかるグレースのかすれ聲からは、怒りがじられた。

「我々はすぐにはれられません。考える時間をいただけませんか?」

「もちろんよ。アジトに戻って、よーく考えることね。どうしてもれられないなら、グリンデルの伯母様の所へ行けばいい。その場合、私とは決別することになるわね」

「はい……」

「その件については二、三日中に返事をちょうだい。ユゼフが臣従禮を解除したら、シーマが目覚めてしまうの。ローズが落ちちゃったから、兵員はおまえたちに頼るしかない。鋭で城にり、シーマの息のを止めてもらう。おまえたちが協力してくれないと、穏便に解決できるものもできなくなってしまうんだからね。よく考えるのよ?」

「いくらディアナ様のご意向であっても、同志全員の了承は得られないかと。分裂すると思います」

「それは仕方ないわ。解しましょう。あとね、アスターとの話し合いの場だけど、ヘリオーティス本部を使わせてちょうだい。あいつがノコノコ出てくるかは、リゲルにかかってるけど……」

アスター対策の打ち合わせをし、一方的な話し合いは終わった。ディアナはふんぞり返り、しょぼくれたヘリオーティスの二人は書斎を出て行く。連綿と続いてきた憎しみを斷ち切るのは難しいだろう。しかし、ディアナあっての彼らだ。

ヘリオーティスが去ってから、ディアナは文をしたため、ユマの髪留めをリゲルに持たせた。文の容は「娘の柄を預かっている。返してほしくば、話し合いに応じよ。ヘリオーティス本部に一つで來るがいい」。拐犯が書いたような容である。

「いい? アスターには必要なことだけ話しなさい。アスターさえ、うまく取り込められれば、ヘリオーティスの力はたいして必要ないわ。選択肢はできる限り多いほうがいい」

リゲルは素直にうなずき、クレマンティ邸をあとにした。

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