「慌ただしくて、誠に申し訳ありません」

「いいえ、とんでもありませんわ！　また、お會いできるのを楽しみにしておりますわね！」

先れの帰還で、ランガン領への滯在を認められた旨を聞いて。

アレリラはカルダナ様に見送られながら、イースティリア様達と共に旅立った。

十分にシンズ領との距離が離れた空の旅の最中、イースティリア様に先日のことを尋ねる。

「シンズ伯爵夫人のお話のことですが」

「ああ」

「一、『語り部』というのは何者なのでしょう」

大公國のに詳しく、さらにライオネル王國の筆頭侯爵に関する報まで示唆する人。

それも、帝國部にいるシンズ伯爵夫人を通して、イースティリア様とアレリラにその報を伝えて來たのである。

並大抵の『腕』の長さではない。

夢を通して自由に世界を渡り歩く、というシンズ伯爵夫人の発言が真実であるなら、由々しき事態。

どれほど堅牢な防をしようとも、どんな方法で探索しようとも尾を摑めない『間者(スパイ)』が、自由に帝國を歩き回っているに等しいのである。

けれどイースティリア様は、意外なことを仰った。

「『語り部』という者については、一度置いておく」

「何故でしょう」

「現狀では、その正を探ったところで真意を摑めるようには思えないからだ」

難しい顔で言葉を重ねられた後、彼は目を閉じる。

「夢を渡るという力、あるいは魔に関して、心當たりがない。神干渉の一種と考えても、三國をぐ距離に屆かせる程なのであれば、その力は帝室のすら凌ぐ力だ」

「そうですね」

「その人の意図を探るには、まだ報が足りない。であれば、そこに繋がるだろう報に関して考える方が有意義だ」

「なるほど」

つまり、聞き及んだ報に関する検討を行うことで、正に関して摑んでいく、という話なのだろう。

「どれから検討致しますか？」

「『風公(ゼフィス)家が、火公(ロキシア)家を選ぶ』という意図について」

イースティリア様の返答は明快だった。

「水公(ハイドラ)家は腐っている……政治的な腐敗を指しているのでしょうか？」

「悪辣なことをしている、という噂は聞かない。政については他國のなので詳細な把握は出來ていないが、なくとも外上では堅実な対応をしている」

「そうですね。両港でも、不當な関稅の引き上げや、足元を見た渉等は行っていないように思われます。ですが、裏取引などが行われている可能はあります」

全として管理している部分……輸出を行う船舶の管理者の申告などは、當然領主が把握して報告を行っている。

その容に関する不備があれば、帝國行政側であるこちらが見逃しているとは思えなかった。

実との解離を調べる為には、個々の事業者の財産を改める必要があるけれど、そうした介は余程不自然な振る舞いをしていない限りは行わない。

「ここ數年で、特定の事業者が過剰に利益を得ていたり、稅を誤魔化している様子は見けられません」

大公國部の事は分からないけれど、なくとも四公家がお互いに爭っている形跡はないのだ。

イースティリア様は目を閉じたまま、小さく頷いた。

「事業や自國行政以外にも、腐敗と呼べる要素は存在する。……他國への政干渉などだ」

その言葉に、アレリラは心當たりがあった。

「以前起こった『神作の魔薬』の出所……魔導士がそちらの出というだけでなく、裏にいるのが水公(ハイドラ)であると？」

「土公(サンセマ)は諸島航路による東の大國や砂漠の國との易が主であり、こちらに干渉する益がない。魔導機関(エンジン)による技提攜を行っている火公(ロキシア)も同様だ。そして風公(ゼフィス)の立ち位置がシンズ伯爵夫人の口にした通りとするならば、を混させて得をする可能があるのは水公(ハイドラ)のみだ」

「しかしそれは、あくまでも、シンズ伯爵夫人の言を『真』とした場合、です」

アレリラは、イースティリア様の発言を疑っている訳ではなかった。

報の検討を行うディスカッションは、査の為である為、疑問點を潰していくのが目的なのである。

であれば、逆の思考をぶつけなければ意味がない。

「『神作の魔薬』の件について考慮するのであれば、シンズ伯爵夫人を通して、風公(ゼフィス)が水公(ハイドラ)に濡れを著せようとしている可能も考えられます。『語り部』の存在は偽りであり、報を撹しようとしている……真犯人は風公、という形の方が、わたくしとしては理が通るかと」

アレリラ自は、実際にそちらの方が可能が高いと考えていた。

『語り部』という人の存在を信じ切れない點もあり、『神作の魔薬』はライオネル王國にも波及していたからだ。

今は帝國との関係が良好な水公と、風公を比べた場合。

ライオネル王國=バルザム帝國間の関係を悪化させること、水公にその罪を被せることで一番得をするのがどこかと考えると。

ライオネルに隣接し、発展の面で後塵を拝している風公が、それぞれの力を削ぎに來ている……というのが、現狀の報では一番納得出來る。

すると、そんなアレリラを、イースティリア様は目を開いてジッと見つめた。

「明快な論理だ」

「ありがとうございます」

「が、『神作の魔薬』の件を考慮にれた場合に、君の論理には重大なが二つある」

「それは？」

「『神作の魔薬』に使われた技が、水を介としたものである點が一つ」

イースティリア様は、指を2本立てて言葉を重ねられた。

「もう一つは、注視するよう示唆されたオルミラージュ侯爵家で、かつて使われた【呪いの魔導】もまた……水公(ハイドラ)領付近の古式魔導陣を使って、開発されたものであるということだ」