《【書籍化決定】公衆の面前で婚約破棄された、無想な行き遅れお局令嬢は、実務能力を買われて冷徹宰相様のお飾り妻になります。~契約結婚に不満はございません。~》新婚旅行の終わりに。
「オルミラージュ侯爵の母親……」
ズミアーノ様は首を傾げた後、またし愉しげなを瞳に浮かべる。
「父上は教えてくれなかったけど、何でそんなことを知りたいのかなー?」
「知る必要がある、と判斷した。生母を名乗る人に関する報を、我々は得ている。……そしてその人は、火事で亡くなられたというオルミラージュ侯爵夫人ではない、と私は考えた。その正誤を判斷したい」
シンズ伯爵夫人から教えられた『伝言』の件である。
『捨てた訳ではない』というその容から、オルミラージュ侯爵の出自は前オルミラージュ侯爵夫妻とは別にあるのでは、という疑が浮上しているのだ。
もし出生が正統直系であるのなら、逆にシンズ伯爵夫人に伝言を預けた『語り部』の言葉が、ということになる。
「一応関係ありそうな話は知ってるけど、あの辺りの話は、流石に生まれる前だから流石にねー」
「何でも構わない。どのような話か、お教えいただいても?」
「大したことじゃないけどねー。オルミラージュ侯爵家はさー、もう一人死んじゃってるじゃない?」
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そう問われて、アレリラはチラリとイースティリア様の橫顔に目を向けた。
ーーーもう一人?
誰の話をしているのだろう、という意味だったけれど、彼は分かっているようで、靜かに頷いた。
「前オルミラージュ侯爵の、弟君の話だな」
「そう。アレってさー、確か魔導卿が生まれるちょっと前の話なんだよねー。奧さんがいた筈だけど、オレは姿を見たことないしさー」
「奧方の死亡記録はない、と?」
「そう。どこに行ったのかも分からないんだよねー」
また、新しい謎だ。
「弟君の死因は」
「確か、視察に行って土砂崩れに巻き込まれたんだったと思うよー」
「なるほど」
前オルミラージュ侯爵の弟の死と、妻の行方。
もしエイデス・オルミラージュ侯爵がその夫妻の子であり、腹に宿している時に夫が亡くなったとしたら。
ーーー前侯爵が、彼を引き取った可能はありますね。
奧方のご年齢にもよるが、若くして夫を亡くした貴族が、逆に妻を亡くした貴族當主の後妻としてるのはあり得る話である。
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その際に、子の処遇が問題になる、というのもまた、あり得る話なのだ。
もしそうなら『捨てた訳ではない』という伝言の意味も通る。
何らかの止むに止まれぬ事で手放したとするのなら。
「報に謝する」
「別に良いよー。それよりオレ、宰相閣下のこと気にったから、もう一つ教えとくけどー、結構皆、最近大公國のことを気にしてるよー」
「大公國……『大公選定の儀』に関して、という話か?」
「それだけじゃなくて、オルミラージュ侯爵家の火事の原因も大公國の魔導らしいしー、オレの馴染みが魔導卿とミィに贈った魔寶玉の片割れも、大公國由來らしいんだよねー」
そこでズミアーノ様は、軽く片眉を上げる。
「魔薬もねー。怪しいよねー?」
ーーー元兇。
ズミアーノ様の言葉に、パズルのピースが繋がるように個々の出來事が重なっていく。
ノーブレン大公國から仕掛けられた、バルザム帝國とライオネル王國に対する攻撃であると仮定するのなら。
オルミラージュ侯爵家の過去の一連の事件もまた、それに関わっているのであれば。
そして『語り部』が伝言を預けたシンズ伯爵夫人もまた、大公國の出であるという事実も。
ーーーオルミラージュ侯爵の生母を名乗る人は……彼を産んだ後、大公國に向かったのでしょうか?
何らかの、止むに止まれぬ事があったとするのなら。
それがオルミラージュ侯爵家の事件に関わりがあるのなら。
「重ね重ね、謝する。有意義な會談だった」
「なら良かったよー。話は終わりで良いかなー? オレはニニーナと二人きりでデートしたいから、もういいー?」
「ああ。ご多幸を」
「じゃーねー。また屋敷でねー」
そう言って、ズミアーノ様はニニーナ様を連れて去っていった。
※※※
十分に距離が離れたところで、ニニーナはいつもいつも自分をハラハラさせる婚約者に問いかけた。
「……ねぇ、ズミアーノ」
「何ー?」
「何で、噓をついたの?」
彼が見せた腕。
アレによるズミアーノの支配権は、既にニニーナに移されている。
もしオルミラージュ侯爵家に関する報をきちんと話しても、彼の命が奪われることはなかっただろう。
けれど、ズミアーノは笑みを浮かべたまま、軽く肩を竦めた。
「魔導卿もミィも、友達だし、恩もあるからねー。宰相閣下は面白いけど、敵になる可能もある人でしょー? 曖昧にしといた方が良いことって、あるよねー」
「……詳しい話は全然分からないけど、大事なこと?」
「そうなんじゃないかなー? イオーラが『誰かにお會いするのなら、重要なことであるようにじます』って言ってたから、多分魔導卿やミィにとっても大事なことなんだよねー」
イオーラは、レオニール王太子殿下の婚約者である。
そしてオルミラージュ侯爵の婚約者、ウェルミィ・リロウド嬢の義姉でもあった。
「たださー、全く話さないとか全部話すとかだと、せっかくの仕掛け(・・・)が無駄になっちゃうからねー」
「仕掛けって……ま、また何かしたの!?」
「してないよー。昔のやつだよー」
ズミアーノは、本當に頭が良い。
頭が良いのに、全然それを『良いこと』に使おうとしないので、ニニーナは気が休まらないのだ。
「何をやったのか、話して!」
「大したことじゃないよー。『神作の魔薬』の件で利用した汚職文がいるんだけどさー。オレがやったことをそいつが全部やったように見せかけて、ライオネルから帝國に『貸し』作れるようにしただけー」
「は!?」
「でも、宰相閣下見抜いてたしー。それを今すぐどうにかしようとしてないしー、魔導卿の話出てきたしさー。どっかで直接話すんじゃないかなー? あの件で直接宰相閣下と渉したの、魔導卿だからねー」
ズミアーノは、ニニーナに噓がつけないので、あっさり全部暴したけれど。
ーーー聞かなければ良かったわ……!!
國家間の関係に亀裂をれるような謀略に、関わっているどころか主犯がズミアーノらしい。
言葉が出てこないニニーナに、ズミアーノはヘラリと笑った。
「心配しなくても、悪いことにはならないよー」
「な、何でそう言い切れるのよ!?」
ようやく言葉を発すると、彼はキョトンとした。
「え? だって魔導卿と宰相閣下だよー? あの二人、戦爭とか嫌いそうだしー。それに……多分その、人間同士でそんなことしてる暇がないようなことも起こるしさー」
「……【災厄】のこと?」
「そー。ニニーナは賢いねー」
「混ぜっ返さないでよ!」
頭をでられて、思わずその手を跳ね除ける。
けれどズミアーノは、気にした様子もなく肩を竦めた。
「その為に皆いてるんだよー? もちろん、オレもねー。だから、悪いことにはならないんだよー」
※※※
「全ては、大公國の謀略……ということなのでしょうか」
周りに人の姿がないことを確認して、遊歩道をズミアーノ様らと反対方向に向けて歩きながら、アレリラが口にすると。
「どうだろうな。人の思、というのは、無數に絡んでいる。我々とてその思を持っていている」
と、イースティリア様は答えた。
「手のひらの上という訳ではない。仕掛けてきているのが大公國である可能は高いだろうが、その件がオルミラージュ侯爵やその生母らしき人と関わっている、と判斷するのは早計だ」
「では、どうなさいますか?」
「いずれ、『大公選定の儀』で顔を合わせることになる。事実を詳(つまび)らかにするのは、その時までで構わない」
「畏まりました」
どうせ帝都に戻らなければけない。
そして戻ったら、新婚旅行の最中に知った事実に関する、様々な資料の査や計畫立案、その実踐という膨大な仕事が待っているのである。
「それに、アル。我々の主題はあくまでも〝常ならぬ【災厄】〟を起こさせないことにある。誰が何を企んでいようとも、それを防げば良い。幸い【複製(レプリカ)】に関する渉は済んだ」
「はい」
「後は戻って、全てをただ為す。いつも通りだろう?」
イースティリア様は、そこで小さく笑った。
「頼りにしている。筆頭宰相補佐、アレリラ・ウェグムンド」
「ご期待に添えるように全力を盡くします、イースティリア・ウェグムンド宰相閣下」
アレリラも、そうして彼に笑みを返し。
ーーーそれから數日で、易に関する資料の合意を行い、殘りの観を終えて、帝都への帰路についた。
新婚旅行編終了です。
『大公國編』含むアフターストーリーを幾つか書く予定がありますが、その辺りはぼちぼちになると思いますー。
その前に、『お局令嬢と朱夏の季節』エンディングをれるので、數日お付き合い下さいませー。
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