《最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所屬してみました。》第1642話 大魔王ヌーの選択

最強の存在に期待を抱かれているなど知る由もない大魔王ヌーは、何とか自分が焦燥に呑まれている事をその存在に悟られないように大きく深呼吸をする。

それは傍から見れば何かを思い溜息を吐いているようにしか見えないだろう。更にヌーはそこから言葉にして繋げた。

「ソフィ、さっきも言ったが俺はいつまでもてめぇに前を歩かせ続けるつもりはねぇ。しかしいきなりお前を追い越す手立てなどこの世には存在しない事にようやく気づいた。だから追い越すのではなく、お前に追いつく事を優先する」

――大魔王ソフィと同じ景を見る為には、自分もまた同じ高みに至る必要がある。

言葉にすれば何て事のない陳腐ちんぷな考えに思えるが、存外にヌーの放ったこの言葉は奧深いモノがある。

大魔王ソフィに勝つためには、大魔王ソフィと同じ思いに辿り著き、大魔王ソフィの抱く思いを理解しなければならない。

この最強の存在を追い越す為には、大魔王ソフィの通ってきた道以外の道から前へ出る事は不可能だと、今は最強の存在がこれまで歩いてきた道を同じように辿っていき、後ろを歩いて行かなければならないのだと考えたのである。

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つまり、現時點においては大魔王ソフィの通ってきた道の遙か後方を歩いているのだと彼自が認めなければならず、この長い道のりを最短で駆け抜けて、大魔王ソフィの居る頂きを目指して肩を並べる事から始めなければならないのだと悟ったというわけであった。

――大魔王ヌーは大魔王ソフィのこれまでの道程を辿らなくては、大魔王ソフィを追い越せない。

それ以外にこの最強の大魔王を追い抜く事など出來はしない。

もしかするとこの考えに至る前のヌーが考えていたように、他にも道が存在している可能も否めないが、この大魔王ヌーの下した結論では、その方法を見いだせなかったという事である。

大魔王ソフィのこれまで選んできた選択肢を否定するのではなく、大魔王ソフィの選び抜いてきた道の全てを肯定する事から始めなくてはならない。

――これは、想像以上に長く険しい道のりとなるだろう。

何故ならばそれは『最強』という立場を『最強ではない存在』が、理解しようとその道を選ぶという事なのだから。

それも考えて選んできたわけでもない奔放的なソフィに対して、ヌーはソフィの選んで來た道を一つ一つ考えながら選び抜いて行かなくてはならないのだ。

たった一つ道を違えてしまえば遠回り――否、ある程度思想を理解しようと寄せて道を選んで行く以上、その一つの違えた道で前へと進む為の道は消失するだろう。

それはつまり、二度と大魔王ソフィに並び立つ事が困難になるという事。

しかしそれでも他の道から大魔王ソフィの前へ出る事が不可能だというのであれば、苦難の道と知りつつも大魔王ソフィの選んだ道を行くのが正著にして近道なのだろう。

それこそが、大魔王ヌーの選択した最強の存在と『並び立つ』為の最善の手立てなのだから。

「ほう? 全くの対極に居るとはいわぬが、我とお主はしばかり違う景を眺めながらここまで歩いてきた。だからこそ、お主は今の立場に居て、そんなお主に我は期待を寄せたわけだが、我と同じ景を見る為に今から道を戻る事は我の期待を裏切る事になるのではないか?」

ソフィのその言葉は、ヌーの選んだ選択に対して些か結論を急ぎ過ぎるのではないかと、懸念を伝えたつもりであった。

しかし返ってきた言葉は――。

「違うな。俺の選んできた道もまた、確かにお前が期待を寄せるだけの価値はあるのだろうが、殘念だがこのまま進んだ道の先は行き止まりだ。お前を追い越す為の道ではない」

ぴしゃりと言い放つヌーの目に迷いはじられない。現段階ではこの結論以外にり込む選択の余地はないと言いたげであった。

――これが単なる一介の『魔族』が発する言葉であれば、遠回りになる可能への懸念を伝えて結論はしっかりと考えてから出すようにと伝える事が出來ただろう。

だが、その言葉を発したのは大魔王ソフィの居る世界でNo.2まで上り詰めた『支配者』領域に君臨する『大魔王』であり、一介の魔族程度が到達出來る程の領域を遙かに越えた者が思案の末に下した結論なのである。

『魔神級』の大魔王として別世界であれば、彼こそが『最強の大魔王』と名乗っていたかもしれないのだ。そんな魔族が『この先に道がない』と結論を下している以上、アレルバレル最強の存在であっても簡単に結論を覆す言葉は持ち合わせてはいない。

――否、持ち合わせていようが、決してここで口に出してはならない。

そこで口に出してしまえば、彼自が大魔王ヌーに対して抱く『期待』そのものを否定する羽目になってしまうからだ。

大魔王ヌーの見出した可能を肯定する事こそが、この場面において『最強の大魔王』の示す全てに対しての正解といえるのである。

「そうか……」

ソフィはこの先に発言をする言葉の用意は出來ていたが、今のヌーの言葉を聴いて思い直したようで、その言葉は噤んだようであった。

「では、お主の選んだ道とやらが、今の我が抱いているお主に対する期待を上回る事を楽しみにしておこう」

「ああ。必ずお前に追いついてやるから覚えていろ」

「クックック、明日は『妖魔山』とやらに向かう大事な日だ。寢不足だけは避けるようにな?」

「ふんっ、そんな事は言われるまでもなく分かっている」

その言葉を最後にソフィは踵を返して先に部屋へと戻っていく。やがて部屋の扉が閉まったのを確認した後、再び廊下で一人となったヌーは窓の外に視線を向けた。

「まずはあの野郎以外の立ち塞がる全てを片付けられるような強さをにつけて、しっかりと証明してみせねぇとな……!」

ぽつりと靜かにそう呟いたヌーは、新たな目標を見つけたとばかりにその目をキラキラと輝かせていた。

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