カイベルから這ほう這ほうの《てい》 ※で自の産み落とされた巣へと逃げ帰った漆黒アリ――

（※這ほう這ほうのてい：大変な目に合って、やっとのことで逃げる様子）

「クソッ！　クソッ！　クソッ！　何ダアノ生ハ！　亜人ナドニ！　コノ私ガ！　負ケルハズガ！　無インダ！　次ニ遭ッタ時ヲ覚エテイロヨ！　絶対ニ殺シテヤルカラナーーー！」

特殊個は人型に近くなった所為か、銀アリ、赤黒アリなどと同様にがかになる傾向があった。怒り易くなったのもその傾向の一つである。

憤慨し、怒りの行き場を探していたところ、自の肩から何かが落下。

「ン？　コ、コレハ……」

その直後に地面に転がったカイベルの左手に気付く。

「ハ…………ハハハハハハ！！　あいつノ左手カ！　私ノ空間転移ニ　巻キ込マレテ　切斷シタンダナ！？　ザマアミロ！」

切斷されたカイベルの左手を拾い上げ、

「フンッ、働きアリノ栄養分ニデモ　シテヤロウカ。イヤイヤ、無様ニ　切斷サレタ左手トシテ、私ノ部屋ニデモ　飾ッテ置イテヤル！」

この言葉は、亜人よりも遙かに上の能力を持っているはずと自負していたプライドを、カイベルによってズタズタに傷付けられたためその相手に深手を負わせたという事実を再確認することでプライドの回復を図ろうとして出た言葉だった。

が、拾い上げた左手がき出した。

「ウ、ウワァッ！！？　ナ、何ダコノ手ハ！？」

驚き、拾い上げた左手を再び投げ捨てる。

「ニ、人間トイウ種族ノ手ハ　我ラノ手ト同ジデ　切斷シテモクノカ！？」

その直後、漆黒アリの目の前に空間の裂け目が出現する。

そこから出現したのは……カイベルであった。

「巣へのご案ありがとうございます」

「ナ、ナナナナナ、何デ　オ前ガココニ！？　ク、空間魔法ハ　一度行ッタコトガアル場所ニシカ　行ケナインジャナイノカ！？」

自の能力を何度も試したのだろう、漆黒アリも『一度行ったことのある場所にしか行けない』という認識を得ていた。

もちろん、漆黒アリがカイベルを自の生まれた巣に案するはずがない。

しかし、彼はどういうわけか一度も行ったことがない巣にも関わらず空間転移魔法によって、いとも簡単に漆黒アリの居場所を突き止めてしまった。

一度は解放されたと思っていた死の影が再び自に降りかかり、漆黒アリは戦慄を覚える。

「ええ、ですから切斷された左手かられ出る魔力の殘滓ざんしを辿たどるために、左手を持って行ってもらったのです。逃げる時にはあなたが最も落ち著ける巣へ九十三パーセントの確率で逃げ帰ると思っていましたから」

「タ、辿タドッタ……ダト？」

手を切斷などせずとも、アルトラがやっていたように『魔力マーキング』をり付ければ追跡することはできるのだが、この方法には二つ欠點があった。

一つ目は、この『魔力マーキング』は位置を把握する空間魔法の一種であるため、同じ空間魔師である漆黒アリには気付かれて消されてしまう可能があること。そうなるともう魔力殘滓ざんしを辿たどることはできなくなる。

そして二つ目は、短い距離でしか効果が無いため、もし超長距離を空間転移されてしまえば追跡が不可能になることである。アルトレリアの海岸とアリの巣のある風の國との距離は數百キロから數千キロ離れているためこの條件を外れてしまう。

それら二つのことを考慮した結果、自の左手を切斷してその魔力殘滓ざんしを辿たどる方法を選んだのだ。これならば自のの一部が現地へ移しているため、【ゲート】の條件を満たすことができた。

カイベルが左手を拾い上げ、左腕の切斷面にくっ付けると、切斷された傷が瞬く間に塞がる。

その様を見た漆黒アリは、『コイツに傷を付けても瞬時に回復される』と誤認し、更なる恐怖を刻み付けられる。もはや逃げること以外考えられなくなってしまった。

「オオオ、オ前タチ！　あ、あいつヲ足止メシロ！　私ガ逃ゲル時間ヲ稼ゲ！」

巣に居た働きアリ多數がカイベルに襲い掛かるが、先ほど同様時間魔法を発させ、カイベルに屆く前に塵になって消えた。

働きアリたちをけしかけ、必死に逃げようとする漆黒アリだったが、カイベルとの會話によりまぎれていた恐怖心が、會話が途切れたことにより湧きあがり全が震えだす。もし亜人のであったのなら大量に冷や汗をかいていただろう。

「ク、クソッ！　ア、腳ガ震エテカン……グワッ！」

腳がもつれもちをつく漆黒アリ。

恐怖心で痙攣するのも、フォルムが人型に近くなり生態が亜人に近付いたために獲得した自己防衛機能であったが、事この場に至っては逃げることを邪魔する機能となってしまい獲得したことが裏目に出る。

座り込んでいる漆黒アリの顔面に、ずいっと自の顔を近付けるカイベル。

「ヒ、ヒィィッ！！」

長はカイベルより頭二つほど高い漆黒アリ。先ほどはカイベルを見下ろしていたが、今は立場が逆転し、見下ろされる立場に。

もはや漆黒アリにとって、カイベルは恐怖の対象でしかない。相手が亜人であれば右手の一振りで首を飛ばせる距離に居るというのに抵抗する気力すら消え失せていた。

「さて、ここで一つあなたに選択肢を與えます」

「セセセ、選択肢！？」

「今ここで殺されるか、他の巣に案するか選んでください」

「ス、巣ニ！？　ソ、ソンナコトヲシタラ　王ニ殺サレル！」

「では、ここですぐさま殺します」

右手を構えるカイベル。

「マママ、待テ！　待ッテクレ！　ア、案スレバ　私ノコトダケハ　助ケテクレルノカ？」

「ええ、『助け』ます。さあ、連れて行ってください」

そう言いながら、震えて立てない漆黒アリを持ち上げ、強制的に立たせる。

◇

その後、空間転移魔法で三ヶ所の巣に案させ――

「ス、巣ハ　コレデ全部ダ」

「他にもありますよね？」

「エッ！？」

「まだ、あと二ヶ所主要なアリの卵を孵化させる場所があるはずです」

過去発生したジャイアントアントとは違い、今回発生したものの巣の中には、銀アリ、赤黒アリ、ゴムアリ、長アリなど特殊能力を持った個が育てられている巣が存在している。

そして、その特殊個の孵化を待つ卵はまだ殘っており、それを破壊しなければ再び災害級のアリが出現してしまう。

その特殊個が孵化する巣の場所をしゃべらずに黙っていたのである。

「シ、知ラナイナァ……」

シラを切り通そうとする漆黒アリだったが……

全ての巣の場所を把握しているカイベルに誤魔化しは効かない。

「そうですか、ではご案ご苦労様でした。ここで死んでもらいましょう」

「マママ、待テ！　ワ、ワカッタ！」

再び恐怖心を煽り、更に二ヶ所を案させる。

「コ、コレデ全部ダ。コレデ私ハ助ケテモラエルンダヨナ？」

「はい、ではお助けします――」

その直後、【次元斷ディメンション・キル】で漆黒アリを左肩から斜めに切り裂いた。

「ナ……何デ……『殺サナイ』ッテ　言ッタジャナイカ……」

「はい、『助ける』とは言いましたが、『殺さない』とは一言も言っておりません。私の獨自解釈で、あなたを『アリの“自由にならない生”から助ける』と解釈しました。それに先ほども申しましたが元々あなたは生かしておくつもりは頭ありません。ここで逃がせば間違い無く後々の世の災害になり得ますから」

「ク、クソ……キ、貴様ダケデモ道連ミチヅレニシテヤル……」

斜めに切斷された肩から下部分の方に殘された左手をかし、カイベルの背後から最期の空間の斷裂で攻撃するものの――

カイベルはそれを一瞥《いちべつ》 ※することすらなく回避。

（※一瞥いちべつ：ちらっと見ること）

「バ、化ケメ……貴様ニサエ遭ワナケレバ……モットモット亜人ヲ殺セタモノヲ……」

その一言を殘して事切れる。

「ここまで巣のご案に貢獻していただけたのでせめてあの世への道案をしてさしあげましょう。では良よい死後をお過ごしください。【昇天魔法リターン・ヘヴン】」

生命活を停止した漆黒アリに昇天魔法をかけ、魂を速やかにあの世へ送る。

「次は亜人に生まれ変わってヒトの生を楽しめるように私から閻魔様にお願いしておきます。王に縛られたジャイアントアントの生より余程楽しく生きられると思いますよ。もっとも……お願いを聞いて下さるかどうかは閻魔様次第ですが」

その後、漆黒アリに案させた五ヶ所の巣を全て破壊。特殊個を孕んだ卵も破壊した。

騙して案させる卑怯とも取れるカイベルの行だったが、彼はそれでも冷酷にこなす。

先述のように漆黒アリに案させずとも、カイベルには巣がどこにあるか分かっていたが、その巣一つ一つは離れた場所にあり、その距離は數百キロにも及ぶ。空間転移能力のある漆黒アリに案させた方が効率的と考えたために出した手段の一つに過ぎなかった。

「さて、後顧こうこの憂いは斷てましたし、次の行に移りましょうか……」

こうして風の國全域に分布していた巣はカイベルの暗躍によって破壊され、殘すは帝蟻とその周囲のみとなった。

なお、七大國の中で、氷の國だけ唯一今回のジャイアントアントの騒とは無関係だった。

これはカイベルが事前に予想した通り、低溫度下でアリの活が鈍ってしまうため、寒い方へ行かなかったからである。

ただし、火を克服した赤黒アリのようなものもいるため、今後帝蟻が氷に関する生を生み出せば、侵攻が無いとは言い切れない。

左手切斷して持って行ってもらうなんて方法は、生じゃないから可能なことですね。

次回は6月10日の20時から21時頃の投稿を予定しています。

第478話【首都ボレアース崖下に出現した特殊個】

次話は來週の月曜日投稿予定です。