「はぁっ、はぁっ、はぁっ！！」

本來であればこんな距離を走ったくらいで息切れをするような、弱なをしていない鬼人の殿鬼だが、恐怖に支配されて、無茶苦茶な呼吸を起こしながら全力疾走をしたせいか、その場に崩れるように壁に背を預けると、り口の方を必死に睨みつけるのだった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……！！　た、た、助かった……？」

いつもの堂々としている姿はどこへやら、鬼人の殿鬼は震える聲を上げながら、誰もってこないかとのり口の方に、おっかなびっくりと視線を向けるのだった。

數秒程、じっと息を殺してかずに視線だけを外へと向けていた殿鬼だが、そこでようやく一呼吸つくと同時にゆっくりと手を地面について、這うようにこっそりとの外へと顔を出す。

「ひっ！？」

しかし次の瞬間、自分が走ってきた方向とは別方向から戦闘の音が響いてきた事で、殿鬼はその場で立ち上がって慌てての奧へと駆け始める。

「ひ、ひぎゃあっ！？」

しかしそこで何やら顔に當たると、カサカサという音が耳にってきた事で、殿鬼はその場ですっ転ぶのだった。

「いっ、つぅっ……！　な、何だよこりゃ！！」

そして地面に散らばっている紙・で・出・來・た・札・の・よ・う・な・モ・ノ・を殿鬼は手に取ると、驚きの聲をあげる。どうやら先程の顔に當たったのモノは、この紙の札のようであった。

殿鬼は手に取った札をまじまじと眺めていたが、ふと視界の先の天井付近にも手に持っているモノと同じ紙の札が、びっしりと糸で繋がれて括られているのが見えた。

「こいつは、いったい……？」

札には何やら文字が書かれてあるが、何を書かれているのかまでは分からない。しかし何処かで見た事があるような気もして、しだけ殿鬼は恐怖心を和らげるように頭で思案する。

「あぁ！　何処かで見た事があると思えば、こりゃ人間共がよく使う札じゃねぇか」

どうやらそれは『妖魔召士』達が契約をわした妖魔達に用いる時に使う『式札』と、何やら瓜二つだったようである。

「何でこんなとこに、こんなモンをびっしりと吊るしてやがんだ？」

殿鬼はを起こして立ち上がると、自分がぶつかった事による衝撃で外れた札を手に持ったまま、ふいにの奧に視線を向けるのだった。

「え・っ・――？」

しかし急にの奧を見ている目が霞み、ぼやけて何も見えなくなってしまう。

慌てて殿鬼は札を持っていない方の左手で目をり、そしてふと顔を上げると目の前に真っ黒の影のような存在が、自分を見下ろしているのが見えた。

「なっ！？」

鬼人の中でも背が高い方の殿鬼だが、そんな彼が見上げる程にその黒い影は背が高かった。

「な、なんだっ、てめっ……――、ぇっ！？」

その黒い影の顔が笑ったかのように見えた瞬間、聲を出そうとした殿鬼の口の中に、その黒い影がり込んでくるのだった。

「！！」

不気味な黒い影が自分の口から侵してくる事による恐怖心をじた後、その何者かに臓を突かれているような奇妙な覚を覚えて、最後には激しい激痛と共に殿鬼は気を失ってしまうのだった。

…………

の中であまりの激痛に耐えきれずに白目を剝いて倒れた殿鬼だったが、やがて虛ろな目を浮かべながらを起こして立ち上がり始める。

「くっ、くひひひっっ！！　やったぞっ……！　俺はようやく自由を手にしたのだ！」

鬼人の殿鬼であったにり込んだ影は、吊ってある札を見ながら邪悪な笑みを浮かべながらそう一言告げると、そのままゆっくりと札の『結界』から逃れるようにのり口へと歩き始めていった。

そしてその影はを出て外に出ると、ゆっくりとした足取りのままで森を出る。そして殿鬼が逃げ出したシギンの場所のある方角を一瞥すると再び獨り言ちる。

「先程まであの辺で戦闘を起こしていたようだな。この『魔』の殘滓には覚えがある。人間の妖魔召士のものだな……？　というよりこれは『卜部兵衛うらべかんべえ』のものか……？」

殿鬼に乗り移った影は、シギンの居た場所から『魔力』の殘滓をじ取ったようであるが、その口からはシギンとは違う別の妖魔召士の名が出るのであった。

「いや、まだ私にはこのの整調が必要だ。再び忌々しい卜部の奴に見つかり封印をされては面倒な事になる。ひとまずは先程のに戻り、代用を作る事から始めようか」

殿鬼に乗り移った影はそう獨り言ちると、再び踵を返して森の中へと戻って行くのであった。

……

……

……