『妖魔山』の人間達が定めた『止區域』から、山の中腹に至るまでの數多くの『妖魔』達が、天狗族達の鬼人族の集落への大移を注視している狀況にあった。

かつての『三大妖魔』同士の戦が行われるかもしれないとあって、その注目度はこれまでに類を見ない程であり、その注視する者達はこれまでに何があったかの原因よりも、これから何が行われるかの期待に意識が向けられていた。

流石に『天狗族』の首領である『帝楽智ていらくち』がこの大移の指揮を執っているだけはあり、天狗達の統率力は凄まじく、まさに一糸れぬ大軍勢の大空の行軍であった。

空を飛べる他の種族の妖魔達も、流石にこの時ばかりは天狗達の邪魔にならぬように全く姿を見せてはおらず、まるでこの妖魔山の空の全てが天狗達のものであるかを示しているようでもあった。

――山の頂からは『妖魔神』の『神斗』に『九尾』の王琳。

『止區域』の至る場所から『鵺』や他の『妖狐』たちも中腹付近を飛ぶ天狗達の行軍を見屆けていた。

そして遂に『鬼人族』の縄張りの中心地、ソフィ達の居る鬼人族の『集落』に、全天狗を従えた『天魔』が到著するのだった。

鬼人族の集落を取り囲んだ天狗の総勢はここに居る鬼人族の數倍ではなく、數十倍にも上っているだろう。それもその筈、この『妖魔山』の中腹付近までを管理している天狗族が、一時的にその全ての機能を停止してまでもこの場に集結する事を優先としている事からも當然の事である。

そして何よりこの威圧的な數というよりも、この大勢の取り囲む天狗達の様子が前回とは大きく異なっている點があった。

――それは見るからに天狗達の表に余裕がない事にあった。

襲撃を掛けられている鬼人族たちが、今の取り囲む天狗達の表をしているのならば分かるが、襲撃を掛けている側である筈の天狗達が何かに追い立てられているかの如く、冷靜さを欠かされてこの場に立っている様子なのである。

そして天狗達のその冷靜さを欠くに至る理由の底にある部分、絶対に失敗は許されないという『張』が強いられている事で、余裕のなさが生み出す殺伐としたが彼らを支配しているように見けられた。

天狗達に普段通りの余裕さがなく、失敗は許されないという張の中で、更にはこれだけの數が居る事による圧力は、仲間である筈の天狗達同士で迫を生み出し続けていて、その矛先を鬼人族達に向けているために、必要以上に殺気立たせているようである。

當然にその殺気や殺意を直接向けられている鬼人族たちはたまったものではなく、集落に居る鬼人の子供たちは震え上がっていた。

――そしてそれを近で見ていたソフィは、言いようのない不快を抱かされていた。

そしてそんなソフィの様子など知らず、この場に現れた天狗の一が口を開いた。

「久しぶりじゃな、玉稿」

長壽の天狗にしては、年相応に老けて見えるその男の名は『華親かしん』。

一度は現役を退き、その立場を『座汀虛ざていこ』に譲り渡した天狗族の副首領は、一歩前に出てかつての舊知の仲にあった『鬼人族』の族長の名を呼ぶのであった。

「華親……！　確か貴様は『座汀虛』にその座を譲り、を晦ましたと聞いていたが、それも欺くための一つの策略だったという事か」

華親がこうして第一線で姿を見せていたのは、なくとも半世紀以上前の事であり、流石にそれだけ長い期間戦場でも姿を見せていなかった為に、玉稿もこうしてまた再び副首領の立場となって『帝楽智』の隣に立って姿を見せている事に、まんまと上手く騙されたと嘆くように口にしたのであった。

「ふん……。まぁ、それについては々とあったのだ。だが、それをお主に一から十まで説明する必要はあるまい」

し憂いだように見える華親の表に、玉稿はしだけ疑問を抱いたが、本人からはそれ以上の事を口にするつもりはないという事に気づき、それ以上深くは追求しなかった。

「それでお主や天魔殿は、一どういうつもりで我ら『鬼人族』の縄張りにり込んできたのか、しっかりと説明を行ってもらおうか？」

玉稿は代わりにこの場に大勢の天狗達を引き連れて現れた事に対して、言及をし始めるのだった。