「それは出來ぬ。王琳おうりん様の命令は主らを山の麓へ送り屆けろとの事じゃった」

「然り。妾達はあくまで主の命令でお主らをこうして守っているに過ぎぬのじゃ。主らは黙ってわ・っ・ち・ら・に従っておればよい」

コウエンの同志である妖魔召士達が、再びコウエン達の居た場所に案してくれと『妖狐』である五立楡ごりゆと六阿狐むあこに頼んだのだが、返答は否定の言葉であった。

どうやらこうして丁寧に山の麓まで案してくれている妖狐達だが、それは別にここに居る彼らに向けての親切心ではなく、あくまで彼達の主である『九尾』の『王琳おうりん』の命令があったからこそのようであった。

「頼む！　お主らもワシらとコウエン殿の最後にわした會話を聴いておったのじゃろう！？　ワシらはコウエン殿に託されたこの呪・符・をエ・イ・ジ・に渡さなくてはならんのだ」

「その通りだ！　ワシらはもう組織には戻れぬ。コウエン殿に託されたものを渡すには、直接エイジに取次が行える幹部以上の者に頼む他ないのだ。お主らがじた高い『魔力』を持つ人間とは十中八九、妖魔召士で間違いない。後生ごしょうだ！　ワシらを妖魔召士達の元に案してしい……！」

彼らの言う通り、このまま山を下りて妖魔召士の居る里に向かったところで待ちけるのは牢獄行きか、たとえそうはならずとも々が門前払いだろう。

すでに前時代の守舊派の妖魔召士達が組織から離れてしまっている以上、彼ら守舊派の話を聞いて、コウエンから呪符をけ取っているから渡してしいと頼み事をされたところで、そんな怪しい代を何も疑わずにほいほいとけ取るような愚か者はいないだろう。

この山にる事の出來る程の幹部であれば、そんな守舊派との繋がりもまだ殘している可能が高く、もしかすると暫定とはいっても長を務めている筈の『ゲンロク』が直接この山に居る可能もある。

前時代ではゲンロクを呼び捨てに出來たこの同志達であれば、直接ゲンロクに事を話してコウエンから預かっている大事な呪符をエイジに渡してもらう事も高確率で出來ると考えられる。

この機を逃す手はないと鬼気迫る表を浮かべながら、彼らは自分達より格上である妖狐達を臆せず思いの丈をぶつけるのであった。

「仕方がない奴らじゃな……、分かった。しだけ考えてやるから、そこで待っていなさい」

「「お、おお！　こ、心得た……！」」

…………

二の妖狐は人間達にそう言い殘すと、しだけ距離を取って妖狐同士で會話を始める。

「ね・、ど・う・す・る・？　ど・う・す・る・？」

「う、うーん。このまま山の麓に置いていっても、こやつらは勝手にまた山を登ってきそうね。もし私達がそれを無視して勝手に山の中で死なれたら、あとでその事が王琳様に伝わったら妾達は相當叱られちゃうかも……」

妖狐達は二人だけの會話になると、自信満々であった表とそれまでの人間達に向けていた言葉遣いとは別なものに変わり始めるのだった。

どうやら今の言葉遣いが素で、威厳を出す為に言葉を意識的に変えている様子であった。

「そ、それだけは絶対に駄目よ！　せっかくここまで王琳様に気にられる為に努力してきたのに、こんなところで評価を下げるような事をすれば、私達は他の妖狐達に後れをとっちゃう！」

「特に七耶咫なやた様なんか、絶対私達がミスをすればこれまで以上にマウントを取ってくる筈よ！　それに七耶咫様だけじゃなくて八尾の『耶王やおうび』様や、他の王琳様を慕う狐めぎつね達にも隙を見せる事になってしまう！」

「これはもう仕方ないんじゃないかしら……。そ、それに私達が人間の頼みを渋々聞いてあげたと王琳様に伝われば、もしかしたら人間を好ましく思う王琳様の私達の評価が上がるかも！？」

「そ、それは良い考えかも！　二・重・マ・ル・よ・、五立楡ごりゆ！　普段は王琳様の命令に背いたことがない私達が、人間の頼みをきいてあいつらに謝されるところを直接見て頂けたら、私達の評価も・上・が・り・して、も、もしかしたら側近にもしてもらえるかもしれないわよ！」

「そ、側近に！？　な、七耶咫なやた様みたいな！？」

「ええ！　きっと何処へ行くときも同行を許してもらえるわよ！　そ、それにそれだけじゃなくて……！　ね、閨ねやにも呼んでもらえるかも！！」

「き・ゃ・ー・！」

六阿狐むあこはツヤのある長い髪を手櫛で整えた後に、赤らめた頬を隠すように両手で顔を覆いながらそう言うと、その言葉に想像を浮かべた五立楡ごりゆも顔を真っ赤にして黃い聲を上げるのだった。

…………

多・・は・離・れ・た・と・は・い・っ・て・も・、そんな風にヒートアップしていく會話に甲高い聲まで上げれば、妖魔召士の二人の耳にも屆いてくる。

どうやら妖狐達は自分達の會話に夢中で、彼ら人間達が傍に居る事を忘れてしまっている様子であった。

「ど、どうやら妖狐達にも々とあるようじゃな……？」

「う、うむ……。ま、まぁ、先程のように頭ごなしに否定をされるような事はなくなりそうで何よりだ。我々はコウエン殿の最後の想いを無礙にする事だけはしてはならぬ。これはエイジに必ず渡さなくてはならぬ……」

「然りだな。それにエイジはヒュウガとの一件があってからは、ゲンロクと共に行をしておるようじゃし、もしかすると守舊派の種がまた組織に芽吹く事になるかもしれぬ。そうなればワシらが居なくなったとて、いずれはワシらの意志を継ぐ者が組織に再臨し、再びシギン様が居た頃の守舊派が盛り返すかもしれぬ！」

決して彼らは妖魔召士組織自を憎んでいたわけではない。

反旗を翻して同志達と謀り事を考えていたのも『妖魔召士』組織を『彼らの考える正當な道』へと戻そうと考えていただけなのである。

その『正當』な道が守舊派と改革派では認識が異なり、こうして袂を分かつ事となってしまっているが、元は同じ妖魔召士組織に屬する同胞達であり、彼らが許容する組織に戻るのであれば、こうして組織には求められていなかった活にも多大な意味があったのだと納得する事が出來る。

今ではコウエンの最後の頼みであったエイジに呪符を渡す事。それこそが彼ら同志達の、いや、守舊派としての最終目標に掲げられる事となったようであった。

……

……

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