《社畜と哀しい令嬢》邂逅
「ウェーイただいまー」
我ながら飲み過ぎたと自覚して智子は自宅の玄関に倒れこんだ。
終電前には解散したものの、素面でなんかやってられねえ!と酒を煽り続けた結果、智子も富永も前後不覚寸前まで酔っ払った。
智子は玄関から寢室まで匍匐前進でずりずりと進む。
「シャワーめんどいなー明日の朝でいっかあー日曜だもんねえー」
酔っ払うと獨り言が増えてしまうが、酔っ払いなので気にしない。
「あっ玲奈ちゃん補充してないじゃん! 玲奈ちゃん分が足りない」
玲奈の世界と自分の世界が繋がっているという仮説は、酔った智子にはどうでも良かった。
とりあえず玲奈を観たいから観る。話はそれからだ。
なんとかベッド前までたどり著いて、ベッドの上に攜帯端末と腕だけをボスッと乗せる。
「オープンザストレンジティーヴィー」
覚束ない手つきで智子はストレンジTVを立ち上げた。そしていつものようにチャンネルをクリックする。
チャンネルを繋ぐと、そこには端末を見つめる玲奈の姿があった。
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あのクズ父の宣言通り、玲奈の攜帯端末は使えなくなっていた。
それでも玲奈は縋るように、過去の鷹司家とのやりとりを眺めていた。
哀しみに満ちた玲奈の様子に、智子も悲しくなってしまう。
「ううう…玲奈ちゃん……」
そう智子が呟いた瞬間だった。
唐突に智子の畫面にノイズが走る。
「ん? 接続不良!? やめてくれよー」
これじゃ玲奈ちゃんを見れない、と、智子が思わず端末を叩いた時だった。
「「え?」」
畫面いっぱいに、今までにない近距離で玲奈の顔が現れた。
『きゃああ!!』
しかしそれは一瞬の事だった。
玲奈は攜帯を放り投げたのだろう。今は天井が映っている。
酒の力で思考力が落ちている智子は、これもドラマの仕様なんだと心した。
「今まで遠くからのカットで、急に間近に玲奈ちゃんを寫すとか…やっぱり演出凝ってるのかな。それにしてもかわいいな玲奈ちゃん」
富永が言っていた仮説を忘れて智子は心する。
やはりこうしてドラマとして観てしまうと、あの話が荒唐無稽に思えるのだ。
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畫面から消えた玲奈が何に驚いたのかわからないが、まさか自分を見たからではないだろう。
そういう演出なだけだ。
「あーでもこれが私と繋がってたらなー! 玲奈ちゃんは頑張ってるって伝えれるのに! 憲人さまは絶対玲奈ちゃんを好きだって言えるのに!」
『憲人さま…!?』
何に反応したのか、再び玲奈が畫面に現れたのた。
こうして向き合う形になると、まるでテレビ電話をしているようだ。
へべれけの智子はすっかり楽しくなって、玲奈に向かって手を振った。
「やっほーい玲奈ちゃん! 私は日永智子でえーす! ふっはは!」
獨り言を言う自分がアホらしくて智子は笑った。はたから見れば単なる変人である。
『ひなが、さん…? 貴は誰ですか? どうして私を知っているんですか?』
不安げな表で玲奈は智子の苗字を口にした。
「えっなんの偶然!? 同じ苗字とかスゴイ!」
智子は目を見開いて思わずはしゃいだ。
自分の事を読んでもらえた気になって、ニヤニヤと笑う。
「あーでも智子さんって呼んでほしい。それかお姉さま」
我ながら変態のようだ、と思いながら智子は願を口にした。
『ともこ、さん…でよろしいのですか? 貴は誰なんでしょうか』
畫面の玲奈は不安なを押し殺して、屹然と智子を見據えた。
智子は名前を呼ばれた事で、さすがに単なる偶然だと笑えなくなる。
「え……?」
目の前に映る玲奈が口にしたのは、「ひながともこ」という名前だ。
そして玲奈は先程から、智子の言葉に反応していた。
「私が……見えてるの?」
『はい。見えてます。ひなが、ともこさん』
「うっそ……」
『私は貴を知りません。會ったこともありません。なのに何故、私を知っているのですか?』
玲奈は睨むように智子に問いかける。
しかし言葉と表の裏に恐怖と疑問がけて見える。
それはそうだろう。
繋がらないはずの端末に突然見知らぬのアップが現れて、あまつさえ自分の名前を呼んで手を振っているのだ。
ホラー映畫にもほどがある。
一気に酔いが醒めた智子は、冷靜に狀況を振り返った。
智子にしても訳がわからないのだ。
ドラマの主人公だったはずの玲奈と、こうして端末を通して対峙する。
そんなの誰が予想できるというのだ。
「……玲奈ちゃん」
『はい』
「先に言わせてほしいんだけど、私は怪しい者じゃないわ。いや……どう考えても怪しいよね。ええと……変態とか、幽霊とか、犯罪者とかじゃないのは間違いないわ。それだけ信じてほしいの」
『はあ……』
智子の言葉に、玲奈は怪訝な表を浮かべていた。しかし智子だって、何が何やらちっともわからないのだ。
それにひとつ、確かめなければならない事がある。
「あー……私の事を話す前に、一つ変な事を聞いてもいい?」
『……はい』
「貴は、宮森玲奈を演じている子役、とかでは無いのよね?」
『え?』
「私と話しているあなたは、ドラマの登場人なんかじゃない。それであってる?」
智子は真剣に問いかけた。
頭のどこかでこれが壯大なドッキリなのではないか、という疑いが消えない。
問われた玲奈は戸ったように智子を見つめて、小さく頷いた。
『わ、私は、ドラマの登場人なんかじゃありません。何を仰っているのかわかりません』
「そう……」
玲奈の返答に、やはりと思いながらも智子は言葉を選ぶ。
正直この狀況をけれたとして、玲奈にどう伝えたらよいのかわからない。
しかしこれは願っても無いチャンスだと智子は気付いた。
誰か、誰でもいい。
このを助けてあげて。
いっそ、自分が。
何度そう思ったかわからない。
もし、この世界が繋がっているのなら。
同じ空の下で生きているのなら。
「玲奈ちゃん。気味が悪いかもしれないけれど、私はあなたをしだけ知ってるの。あなたがどれだけ頑張り屋で強くて優しいか、あなたがどれだけ踏み躙られてきたのか」
『なにを……』
玲奈の言葉を遮って智子は言葉を続けた。
「私なんかじゃできる事はないかもしれないけど、私は玲奈ちゃんの力になりたい。でもすぐに私の事を信じろなんて言えない」
智子だって見知らぬ人間が訳知り顔で近寄れば警戒する。疎ましくすら思うだろう。
けれど諦められなかった。
助けるなんて傲慢な事は考えていない。
けれど大人である自分が、子供を子供として守りたいと思う事は間違っていないはずだ。
玲奈に與えられているのは乗り越えられる試練なんかじゃない。理不盡な差別だ。
「だから玲奈ちゃんにも私を知ってほしいの」
智子の言葉に玲奈は明らかに戸っていた。しかし戸いながらも、智子から視線を外さない。
何度も見ていた強い瞳だ。
こうして向き合えば黒の瞳は眩いを帯びている。
その煌めきの、なんとしいことだろう。
「繋がらないはずの端末になぜかこうして繋がったんだもの。奇妙な巡り合わせだと思って、しだけ付き合ってくれないかな?」
智子は悪戯っぽく問いかけたが、心はドキドキしていた。
玲奈が拒否すればこの不思議な奇跡はここで終わる。
嫌がる相手の人生に土足で踏み込む趣味はない。それでも可能があるならかけてみたい。
もし玲奈の人生にしでも関われたなら。
その思いが屆いたのかはわからない。
しばらく黙り込んでいた玲奈は、意を決したように智子を見據えた。
『あなたが誰かわかりません。正直、怪しいと思っています。でも不思議と嫌じゃないんです』
「玲奈ちゃん……」
『私に、あなたの事を教えてください』
こうして、日永智子と、宮森玲奈の人生は繋がった。
次から玲奈視點に切り替わります。
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