《社畜と哀しい令嬢》社畜じゃないと、幸福な令嬢
人と一緒に暮らしていると実するのは、意外にも一緒に行していない時の方が多い。
別の部屋にいても、別の事をしていても、人の気配がするだけで安心してしまうものだ。
祖父祖母両親弟妹と賑やかな家族の元で育った智子は、何気ない日常の気配が好きだった。
プライバシーが大事だからと獨りで生きる事を誓っていた智子だが、家族と暮らすのは嫌では無かった。
母が臺所に立って夕飯を作る姿や、弟と妹が騒いでいる聲、父が車を洗っている音、手を繋いで散歩に出かける祖父母の背中。
直接話しているわけでもないのに、誰かの気配をじるとなんとなく安心してしまう。
玲奈と暮らすなら、そんな風にお互い好き勝手しながらも寄り添えるように暮らしたかった。
誰かがいる安心をあげられたらいいと願っていた。
そんな風に思って、もうずっと一緒に暮らしてきた。
ーーーーーーーー
「10年ってあっという間だね」
「そうですね」
リビングに飾った大きなボードを智子と玲奈は見上げる。
そこには一緒に撮った寫真がたくさんられていた。
ご飯を作ったり、お出かけをしたり。
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高校に學して、卒業して、大學に學して、卒業して。
寫真を時系列に追っていけば、玲奈が長していく様子も、表が増えていく様子も見て取れる。
一つ一つ大事な思い出で、思い出すだけで智子はがいっぱいになった。
「うう……あー、もう……」
「智子さん、泣かないで。私も泣いちゃいます」
涙を流す智子に、玲奈は瞳を潤ませた。
智子は堪えようと目を指で拭って、橫に立つ玲奈を見つめる。
蕾だった花が開いていく瞬間は、まるで奇跡のようにしかった。
玲奈の長に関われた事が嬉しくもあったし、自分の手はもういらないのだと思えば、どこか寂しくもあった。
でも、守るべき花はもう十分に育った。
智子が守らなくても、守ってくれる人がいて、彼もまた誰かを守れるほどに強くなった。
しくかったは、強くしいに変化した。
そんな玲奈は今日、この家を出る。
大好きな人と生きるために、新しい家族と生きるために、ここから出ていく。
「う、やっぱダメ。泣く」
やっぱり無理!と智子がしゃくり上げると、玲奈はを強く結んで俯いた。
表は見えないが、細い肩が小刻みに震えている
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「玲奈ちゃん?」
涙を流しながら智子が玲奈の肩にれると、玲奈は智子に抱きついた。
「玲奈ちゃん…」
なかなか自分からは來ない玲奈の行に智子は目を見開いた。
玲奈の頭が乗っている肩口が濡れて、彼が涙を流している事を悟る。
智子は思わず笑って、玲奈の背中に腕を回した。
「ふふ…玲奈ちゃんが泣くの久しぶりだね。最近じゃ私の方が涙脆いのに」
「……もう、智子さん、の、せいです…!」
「ごめんごめん。でもしょうがないでしょ。大事な玲奈ちゃんの門出なんだもん」
宥めるように優しく玲奈の背中を叩くと、玲奈は抱きしめる腕に力を込めた。
「……大きくなったねえ」
智子はしみじみと呟いた。
初めて対面した時もある程度育っていたが、それでも智子の背には屆いていなかった。
それが今では、智子よりほんのし背が高い。
すらりとびた均整のとれた肢は、立派な大人ののものだ。
「玲奈ちゃんの長を見守れた私は幸せ者だなあ。ねえ玲奈ちゃん、一緒にいてくれて本當にありがとう。すごく、すっごく楽しかったよ」
智子が耳元で囁くと、玲奈は靜かに智子からを離した。
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智子を見つめる顔は涙でぐしゃぐしゃで、いつもの品の良いお嬢様には見えない。
まるで子のような無防備な表を浮かべていた。
「お、お禮を言うのは、私の、方です」
嗚咽を堪えながら玲奈は言葉を紡いだ。
「私を見つけてくれて、ありがとうございました。私とつながってくれて、ありがとうございました。私を助けたいと思ってくれて、助けてくれて、ありがとうございました」
ボロボロと溢れる涙を拭いもせずに玲奈は続ける。
「私に居場所をくれて、家族になってくれて、ありがとうございました」
玲奈は懸命に笑顔を作って智子に気持ちを伝えた。
智子は包み込むように玲奈の頬に両手を當てた。
「私、あげられたかな。玲奈ちゃんに、いろんなもの、あげられたかな。なんか私ばっかり貰っちゃったなあってさ」
「そんなこと、ありません。私は、私の大事なもの、たくさんもらいました。ほんとに、たくさん、數えきれないくらい、謝なんて伝えきれないくらい、たくさん」
「そっか」
安堵して、智子は息をついた。
別にこれが今生の別れというわけじゃない。
これからだって家族だし、なんなら來週にも會う予定はある。
この家を出たからといって、離れ離れになるわけではない。
だから、こんな風に、泣くものではない。
それでも、寂しかった。
守るものを手放す寂しさも、巣立つ寂しさも、堪えようもなく寂しかった。
それでも智子も玲奈も知っている。
二人が繋がったのは、信じられないような奇跡だった。
けれど、もう奇跡が無くたって二人はどこにいても繋がっている。
繋いだ手が離れても、心が離れることは無い。
智子は玲奈の頬を離して、よしよしと頭をでた。
すると玲奈は甘えるように頭をすり寄せる。
そうして恥ずかしそうにはにかんだ。
「……大人になったと思っても、やっぱり私は智子さんにはどうしても甘えてしまいます」
し拗ねたような玲奈の聲に、智子は思わず笑った。
「あはは! 仕方ないよ。だって私にとって玲奈ちゃんは、いつまでも可い守るべき子供なんだから」
「もっともっと大人になって、早く智子さんみたいに素敵な人になりたいです」
「玲奈ちゃん、私を基準にしちゃうとむしろマイナスになるからやめとき。たぶん今の玲奈ちゃんの方が一億倍奧ゆかしくて賢くて謙虛で可くて天使だからね」
「もう、智子さんはすぐにそんな風に言うんですから。言っておきますが、智子さんは私が知る中で一番素敵なです!」
怒ったように言い切る玲奈に智子は冷や汗をかいた。
覗き込んだ玲奈の瞳は眩しいくらい純粋だ。
だがどう考えても鷹司家の玲子様の方が素敵なだろう。
親バカの自覚はあったけれど、玲奈もまた子バカなのかもしれない。
「嬉しいけど他所で言ったらダメだよ。私のハードル上げるの止」
「えー…智子さんが私を他所で褒めるのやめたらやめます」
「それは無理。死ぬ」
「じゃあ私もダメです」
つん、とそっぽを向いた玲奈はどこまでもらしい。
こんな風に智子に反論するなんて、暮らし始めた當初では考えられない事だった。
失う怖さに自分を抑えていた頃の玲奈はもういない。
それは智子を家族として信頼しているからだろう。
智子は緩む頬を抑えながら「玲奈ちゃんは困った子だわ」とため息をついた。
「でもいつまでもこうしてられないね。もうすぐしの君が迎えに來るし」
智子の言葉に玲奈は顔を赤らめた。
「相変わらず甘々のラブラブだよね二人は。出會った頃から新婚夫婦みたいだったし」
「もう智子さん!揶揄わないでください!」
「それも無理!!」
じゃれあうように言い合っていると、インターフォンが鳴った。
「あ、しの君がきた」
「智子さん!!」
「まあまあ、ほら行こう。荷はもう無いんだしさ!忘れあってもすぐに取りに來れるしね!」
誤魔化すように智子が玲奈の背中を叩いて玄関へ促した。
智子さんはすぐに誤魔化すんだから、とむくれる玲奈と共にエレベーターを降りれば、長された麗しくも高貴なオーラを纏う青年が笑顔で歩いてきた。
「お待たせしました、憲人さま」
「しも待ってないよ」
玲奈が嬉しそうに駆け寄ると、憲人はとろけるような笑みを浮かべた。
輝くようなしさの玲奈と、年の雰囲気を殘した麗しの青年の憲人の組み合わせは、相変わらず映畫のワンシーンのように綺麗だ。
「私が地縛霊だったら仏しちゃう眩しさ…」
智子が半目で呟くと、憲人が智子に視線を向けた。
憲人はするりと玲奈の肩に手を回して並ぶと、智子と向かい合う。
「智子さん。改めて、ありがとうございました」
突然頭を下げた憲人に智子は慌てた。
「待って待って、憲人さま。お禮を言われるような事はしてませんよ!顔上げてください!」
憲人は慌てる智子に苦笑しながら顔を上げる。
「そろそろ様づけはやめてほしいのですが」
「ごめんなさいね、無理。高貴すぎて呼び捨てもくんづけも無理」
幾度も懇願されているが、こればかりは絶対に譲れない。
10年付き合いを深めても彼らの天上人としての立ち位置は変わらない。
智子は富永からの教えを守り、鉄壁の守りを貫いている。
「慣れましたけどね。そろそろ心を開いてほしいです。これから智子さんも僕の家族同然なんですし。両親も言ってましたよ。智子さんの心の壁は鉄壁だって」
「そんな…!仲良くしてるじゃないですか!無いですよ心の壁なんて!」
「未だに富永さんを挾んでおいて何を言ってるんですか」
「それとこれとは話が別ですし」
「別じゃないですよ。まあ、今回は見逃します。今日はそんな日じゃ無いので」
「ありがとうございます。これからも見逃して頂けますと幸いです」
ただ、こんな風に本音をえて話せる程度には仲良くなったので進歩と言えよう。
心を隠そうともせず智子がペコリと頭を下げると、玲奈も憲人も苦笑して、それからふわりとらかい笑みを浮かべた。
「智子さん、こと玲奈さんに関しては、一生あなたに葉う気がしません」
唐突な言葉に智子は目をパチクリと開いて瞬いた。
「こんなに素敵なですから、玲奈さんに思いを寄せる男はなくありません。ですが僕には彼らより彼を幸せにできる自信があるので不安を抱いた事はありません」
顔を真っ赤にして俯いた玲奈の手を握って憲人は続けた。
「ですが智子さん相手だと、いつも負けた気持ちになってしまいます。僕にとって智子さんはライバルみたいなものなので」
突然のカミングアウトに智子は吹き出した。
「なにそれ!ライバルなんて事は無いでしょう」
「いいえ、ライバルです。もし智子さんが玲奈さんに一言行かないで、と言ったら彼はここに止まるでしょう。それくらい玲奈さんにとってあなたは大事な人です。そしてあなたにとっても」
憲人は困ったように笑って、また頭を下げた。
「僕がなんの力も持たない時に彼を救って頂きありがとうございました。今日まで玲奈さんと僕を見守ってくださり、本當にありがとうございました」
憲人の聲が人気のないエントランスに響く。
「これからは僕が必ず彼を守ります」
「ーーはい。玲奈をよろしくお願いします」
真剣な憲人の言葉に、智子も頭を下げた。
「二人とも、ズルいです」
そんな智子と憲人に、玲奈は顔をくしゃくしゃにして智子に抱きついた。
「幸せになるんだよ」
「はい。智子さん、大好きです」
「私も玲奈ちゃんが、大好き」
ギュッ、と力を込めてから智子は憲人に預けるように玲奈を離した。
泣きじゃくる玲奈を支えるように歩く憲人の背中に頼もしさをじる。
外に橫付けされた黒塗りの高級車まで見送ると、車の窓を開けて玲奈が手を振った。
智子は答えるようにブンブンと手を振り返す。
そこには、哀しみをたたえたはもういない。
彼を待つのは、きっと幸福に満ちた未來だ。
それが嬉しくて、寂しくて、智子は玲奈の姿が見えなくなっても手を振り続けた。
ーーーーーーーーーー
「フン、これデあのオンナも満足ダロ」
そんな彼らを見ていた生きは呟いた。
「俺のチョイスは天才的だったってことダナ」
一人のが願った小さな奇跡は、最高の結果をもたらした。
幸福の行く末などどうでもよいが、自分がいい仕事をしたと思うと気分は悪くない。
あのの願いを、彼らはこれからも知ることは無いだろう。
だから仕方ないから自分だけは覚えといてやろう。
気まぐれな生きは、なんとなくそう考えた。
「サテ、甘イ不幸を吸いに戻るカナ」
最高の仕事の後には、最高の不幸のご褒が相応しい。
口元を緩ませた生きは、悪どい笑みを浮かべてふわりと消えて、なくなった。
完結まで時間がかかりましたが、ここまでお読み頂きありがとうございました。
未定ではありますが、たまにおふざけ小話など更新できたらと思います。
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